第7話 聖女様の真相

 住み慣れた屋敷の扉を開けると、ミュウの気配がしない。

 いつもならば、パタパタと駆け寄ってくることもなかった。


 いや当然だ。なぜならば屋敷の明かりが灯っていないのだから。


「くっそ……ミュウ!いないのかっ!」


 食卓——いない。

 洗面台——いない。

 庭園——いない。


 どこだ?

 残りは2階だけだ。

 

 俺の寝室にはいるわけがない。

 なんせ魔法で厳重にロックをかけている。

 入れるはずがないからな。


 となると……ミュウ自身の寝室か。


 もしも魔力切れで死にかけているのだとしたら——マズイ。


「ミュウ……すまないが入らせてもらうからな」


 少し重たい扉を開けると、甘い匂いが流れてきた。

 室内は暗闇に包まれていた。

 いやカーテンの隙間からわずかに青白い月明かりが差し込んでいる。

 

 薄暗い室内を進むと、天蓋のベッドが置かれている。

 ベッドに近づくと——ガシッと腕を掴まれた。


「——っ!?」

「やっと帰ってきたんですね……?」


 桃色の大きな瞳が俺を覗き込んでいる。

 色白い頬はわずかに朱色に染まっている。


 小さな桜色の唇がゆっくりと動いた。


「どうして勝手に部屋に入ってきたんですか?」

「それはお前が——」

「ううん、本当はわかっているんです」

「……?」

「エニシダくんも私のことを求めているんですよね?」

「何言っているんだよ。腕を離してくれ」

「——いや」

「は?いいから離せって——」


 強引に腕を引き剥がそうとした——ができなかった。

 身体に力が入らない。


 あれ、視界が揺れている。

 いや違う。

 俺はベッドに倒れ込むように沈んだ。


 そうか、今わかった。

 室内を充満する甘い香り……これはホレホレ草だ。

 国際指定されている危険な薬草だ。


 確かこの薬草は理性を崩壊させるほどの快楽を与えるとされる薬物だ。

 だからこそ希少価値が高く、そんなに簡単に手に入るものじゃない。


 実際に嗅いだことがあるのは今回で2回目だ。

 訓練の時に一度だけ嗅いで以来だ。

 くっそ……滑稽だな。訓練なんて意味なかった。


 何がハニートラップのかわし方だ。

 ちっとも役に立たないじゃないか。


 いや、それよりも……どうやら俺は騙されていたようだ。


「ミュウ……お前もしかして――」

「ふふふ、どうかしましたか……?」


 濁った瞳が俺を捉えた。

 口元に笑みを浮かべて、ミュウはうっとりしている。


 いつからだ。

 いつからミュウはリリスにかけられた呪いを解除していたのか。


「はじめから嘘をついていたのか?」

「ふふふ、ワタシ、一応こう見えても聖女なんですよ?たかだか魔王ごときの呪いなんて簡単に治せるんですよ。そんなことも忘れちゃったんですか……ふふふ」


 ミュウは俺の身体をゆっくりとベッドの中央に動かした。

 そしてミュウのしなやかな身体が俺の腰の上に乗っかった。

 

 だめだ……身体が動かない。

 魔法への耐性はあるが、流石に希少価値のある薬草への完全な耐性は持っていないぞ。

 

 それに先ほどから魔力が勝手に流れ出している感覚がする。


 いつだったかリリスにかけられた呪いのようではないか。

 いやまさか……呪いが急激に進行しているのか?


 ミュウは桃色の長い髪をかきあげて、意味深に微笑んだ。


「ふふ、実はワタシ……呪いも使えるんですよ」

「なにを言っているんだ……?」

「ねえ、エニシダさん。知っていましたか?」

 

 ミュウの瞳が俺を覗き込む。

 ひどく真っ青な顔をした青年がミュウの瞳に写っていることだろう。


 桜色の小さな唇がゆっくりと動いた。


「ラビット族はパートナーがいないと寂しくて死んじゃうって言われているんですよ」

「だから何だって言うんだよ?」

「ふふふ……こういうことです――」


 桜色の唇が近付いてきて——触れた。

 桃色の長い髪がフワッと舞って、甘い香りが鼻腔をくすぐった。何かしらの魔法でも使っているのだろうか。桃色の長い髪が俺にまとわりつくように……いや錯覚だ。ミュウの細い腕が腰にまわってきて、ぎゅっと握りしめられた。


「安心してください、私とエニシダくんがひとつになれば、呪いは解かれるんです。だから——このまま一つになりましょ?ふふふ」


●●★●●


 どうやら俺ははじめから騙されていたらしい。

 ミュウはとっくに呪いを解除していた。

 そして俺と霊的パスを繋ぐだけでなく、霊的パス自体を太くしていた。


 昨夜俺の身体を弄んだ時、ミュウは俺に言い聞かせるようにつぶやいた。


「ねえ、エニシダさん……私たちこれでずっと一緒ですよね」

「……」

「私たち孤児院で出会っているんですよ?それを覚えていないだなんて……ほんと困ったお人ですよね……ふふふ」

「……」


 なぜミュウが俺に強引に迫ってきたのか。

 それは今でもわからない。


 こんな方法を取らなくたって……俺はすでにミュウのことを好きになっていたのだから。


 でも今となっては手遅れだ。

 

 俺とミュウは完全に繋がってしまった。

 ラビット族は繋がったパートナーと生涯離れることがないのだという。

 あたりまえだ。物理的に離れたら死ぬんだから。


 ああ、でもいいかもしれない。

 この快楽に身を任せて暗部の仕事なんてやめてしまおう。

 

 きっと師匠もその方が嬉しいだろう。 

 俺のような出来損ないなんて使い物にならない。


 ろくに調べもせずに焦って室内に飛び入り、薬で身動きが取れなくなったなんて滑稽極まりない。


「これからは学園でもずっと一緒にいましょうね?」

「ああ、もちろん」

「もしも勝手にいなくなったら、私たち寂しくて死んじゃいますからね」


 ふふふというミュウの甘い声が俺の鼓膜を支配した。

 その後、ミュウは何度も何度も俺の首元に口付けをした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【短編】魔王によって呪われたウサ耳聖女様は俺を籠絡したいそうです。 渡月鏡花 @togetsu_kyouka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ