第6話 聖女様への違和感
「遅くなってすまん」
「いえいえ、お仕事お疲れ様でした」
ミュウは淡いピンク色の髪を靡かせてパタパタと近づいてきた。
にっこりと笑みを浮かべて、両手を広げた。
「……?」
「補給ですっ」
少し不貞腐れたように唇を尖らせて、ミュウがばさっと俺に飛び込んできた。
ラビット族へと体質を変化させる呪いのせいで最近やたらと俺に引っ付くようになった。
こっちは仕事で疲れているのに家でもこうして
どっと疲労が押し寄せてくる気がした。
ラビット族特有の性質。
霊的なパスで繋がったパートナーと長時間離れたら、寂しくて自殺してしまうというものだ。
人間族の英雄である聖女様に死なれてしまったら困るどころの騒ぎではない。
もちろん俺の首が飛ぶだけじゃすまないだろう。
せっかく魔族と和平を結んだのにまたしても戦争の火種になることは明白だ。
きっと魔族の仕組んだ陰謀だ、などと腐った貴族たちが騒ぎ立てるに違いない。
まあ……魔王リリスのイタズラだからあながち間違ってはいないのだが。
いずれにしても世界的に人気者である
だから仕方なく付き合うしかないのだ。
それに……まあ、あれだ。
可愛い女の子に引っ付かれるのも悪くないしな。
「すんすん」
「お、おい!?」
「……またあの子の臭いがしますっ」
「仕方ないだろ、リリスの魔力封印を確認していたんだから——」
「そういえば、朝も学園であの子のこと見ていましたよね。じっとりと、ねっとりとっ!」
「……」
えーなんで俺が怒られている感じになるの。
これじゃあまるで浮気を問い詰められている夫のようじゃないか。
てか、じっとり、ねっとりって……ただの変態じゃないかっ!?
え、俺って自分では気がついていなかっただけで観察の才能ないのかな。
少しばかりナーバスになりかけたが、今は引っ付いてくるミュウを追い払うことが先決だろう。
「あれだ……全ては人類の平和のために仕方ないことだろ?」
「うっ」
ミュウは一瞬極まり悪そうに身を引いた。
そしてうわずった声で言った。
「し、仕方ありませんね。今回は見逃してあげますっ!」
最近、ミュウのおかしな距離感には困ったものだ。
しかし同時に扱い方もわかってきた。
人類の平和を強調することでなんとか誤魔化すことができる。
まああれだ。腐っても聖女だということだろう。
人類の平和を盾にすれば、どうってことないのだ。
ミュウは案外あっさりと俺から引っ付くのをやめて離れて行った……と思ったのだが、数歩で振り向いた。
桃色の長い髪がフワッと靡いた。
ミュウは色白の人差し指を桜色の唇の前で軽く当てて言った。
「お風呂を先に入ってくてくださいね?」
「え?」
「で・す・か・ら!その汚い臭いを消してからじゃないとごはんは抜きですからね?」
「あ、はい……」
ミュウは満面の笑みを浮かべているはずなのに、ちっとも目の奥が笑っていなかった。
俺は足早に屋敷の洗面台へと向かった。
……理不尽すぎるだろう。
●●★●●
それからの数日間は特に変わりなく進んだ。
相変わらず俺と聖女様は日課の魔力補給をしっかりと行った。
それからそれぞれ時間をずらして学園へと向かう。
もちろん学園でも魔力が切れる前兆があれば、こっそりと魔術塔の備品室でミュウと会って魔力を供給する日々が過ぎて行った。
そんな日々を過ごしていたのだが、この日はいつもと違った。
魔法使いのラミから呼び出されてしまった。
真っ赤な長い髪をくねくねと指先で弄びながら、魔法使いはチラッと俺のことを見た。
……いや、睨んだと言った方が近いだろう。
「ふん、ちゃんと来たのね。見直したはストーカー」
「だから、お前たちのサポートをしていただけだって説明しただろ」
「ふん、その言葉もどこまで本当かわかったもんじゃないわ」
「……」
魔法使いラミ……サキュバスと人間の混血族。
魔法の才能とサキュバスとしての美貌を兼ね備えて才色兼備。
なぜか魔族側ではなく人類側として勇者パーティに参加した女。
そして、面倒な女だ。
正直、この女が一番厄介な存在だと言っても過言ではない。
なんせ——
「最近、ミュウへの魔力供給はしっかりと行なっているみたいだけど——」
「ああ、問題ない」
「どさくさに紛れて、ミュウに変なことしていないでしょうね?」
「そんなことするかっ!」
「ふん、どうだか」
「……」
ラミはジトーっとした視線を俺に向けた。
赤い瞳がわずかに発光している。
俺のこと……いや魔力を見ているのか。
ラミは魔法の天才と言われているだけあり、俺がミュウに魔力を供給していることを真っ先に見破った唯一の人物だ。
だからこそ人間族と魔族との和平の間で何が起こったのか、おおよそのことはわかっている節を見せていた。
「それにしてもミュウの身体に流れている魔力とあんたの魔力が妙に似てきている気がするのよね……」
「魔力を供給する頻度が増えたからかもしれないが、それがどうかしたのか?」
「頻度が増えた……ね」とどこか上の空となったが、すぐにラミは「違うわよ……あんたの身体に流れる魔力がミュウのものに似てきているの」と答えた。
「俺が魔力を供給しているんだぞ?あるとしたら逆じゃないのかよ。聖女様の魔力が俺のものと同化しているだとか……」
「だからおかしいって話」
「お、おう」
ラミは真っ赤な長い髪をかきあげた。
もしもラミの言っていることが正しいのだとしたら……リリスのやつは確実に別の呪術を使っているのだろう。
それにしてもなぜ俺の魔力とミュウの魔力を同化させる必要があるんだ?
いや……待てよ。
もしかして——魔力が同化してきているから、供給する頻度が増えているのか。
俺から聖女様に渡す魔力の効果時間が薄れているんだ。
でもどうしてリリスがそんなことをする必要がある?
俺とミュウを物理的に離れさせないようにするメリットがどこにある?それに聖女の魔力を一般人である俺の魔力に複製するようなものじゃないのか?
聖女の力と同等の力を持つかもしれない人間を生み出すなんて、リリスのやつが考えるだろうか。
まあと言っても魔力の質を同じにしたからといって、俺が聖女の力を使えるわけもないのだが……。
いや今はそれどころじゃない。
もしも同質の魔力を供給することが原因なのだとしたら……
ミュウの魔力切れ——発作が起こる頻度が増えていることは確実だ。
もしも今この時にでも起こっているのだとしたら……マズイだろう。
今、死なれてしまったら困る!
「すまんが急用だ!」
「ちょっと!どこ行くのよっ!」
背中越しにイラついたラミの声が聞こえた。
気がついたら俺は走り出していた。
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