阿南の化猫ばなし

野栗

阿南の化猫ばなし

 今日はな、徳島の高校球界で変化(へんげ)術を駆使して公式戦に出没しよる動物は、狸だけちゃうでよ――いう話じゃ。


 昔むかし、えっと昔の南方(みなみかた)の強豪・県立阿南加茂高のエース三毛の話でもしてみるか。

 三毛は二年生ながらチーム唯一の投手で、文字通りの大黒柱。そやそやこのチーム、何を隠そう「猫神さま」でつとに知られた阿南のお松大権現お膝元の化猫揃い。中でもエースの三毛は権現様に深い縁をもつ由緒正しい猫又じゃった。


 その年の夏、一回戦で当たった西阿(そら)の山狸チームに大差でコールド勝ちしたのを皮切りに、三毛の大車輪で徳島地方予選を順調に勝ち抜き、みごと甲子園への切符を手に入れた阿南加茂高野球部。

 お松大権現様の神前で尻尾をピンと立てて必勝を誓うと、抜かりなく人の姿に化け、意気揚々と西宮入り。甲子園でも一回戦からトントンと駒を進める化猫チーム。


 しかし、準々決勝まで来る頃になると、折からの猛暑も手伝って、さすがの三毛も疲労困憊。ダッグアウトに戻るとニャーと弱々しく鳴いてはマタタビの枝をかじり、再びかんかん照りのマウンドに向かういう有り様じゃった。

 その日の試合は延長を制して、辛うじて勝利をつかみとった。


 その夜、キャプテンのハチワレを先頭に猫球児どもは監督に、明日の準決勝で三毛を酷使せんようニャーニャー訴えた。しかし監督からは、可哀想やけどここまで来た以上引き返すわけにはいかんニャ、おまはんらの中に、三毛の代わりに投げられるもんはおるんかニャ? ハチワレおまはんできるんでニャ? という答えじゃった。


 猫どもは夜っぴて交代で三毛の肘と肩をペロペロ舐めては明日にはきっと良うなるけんニャー、と元気づける。

 三毛は心配せんでええ、明日も頑張るさかいニャー、打たせるけん頼むニャー、もう痛うないさかいおまはんら早う寝ニャー、と答える。


 準決勝の相手は京都の某有名稲荷神社の付属高校。監督の尻には立派な九本の尻尾。人には見えぬが猫の目にははっきり映る。


 へらこ狐どもは球数放らせたれ! 早よへばらんかい! と待球戦法にセーフティバントと三毛を徹底的に揺すぶってくる。阿南が攻撃回に入ると三毛をわざと塁に出し、走らせるよう誘い込む。三毛はもうマタタビを口に運ぶのも大儀な有り様。悔しがって切歯扼腕する化猫たち。


 ほなけんど、狐がなんぼへらこうても、こればかりは文句言えた義理ではない。県予選の一回戦、山狸のヘボピッチャーをこれでもかと滅多打ちタコ殴りにして、狸のバッテリーが泣きそうな顔してキュンキュン言いよっても手をゆるめんかったのは、どこの化猫でっしゃろか。

 ほな言うてもこれ以上三毛にせこい思いさせとうないし、かと言うて向こうさんに手心加えてもらうってあり得なさ過ぎる話でないで。ほんまに、どないしたらええニャー。


 6回の裏、走らされた挙げ句挟殺プレーでアウトになり、その場で香箱座りのままうずくまる三毛。

 審判に攻守交代を促され、脱げた帽子をつかんでふらふら立ち上がった三毛の尻に、見慣れた二股の……尻尾がゆらゆら。ふと顔をみると、坊主頭には両耳がピンと立ち、左右の頬に長い髭がツンツンと伸びてきよるでないで。


 7回の表、ハチワレが守備についたナインに「ニャー!」と気合いを入れると、化猫たちはおのおののポジションから鬼気迫る声で「ニャー!」と応える。三毛は二股の尻尾を翻し、上位打線を三者三振に押さえた。


 しかし三毛の力もここまでじゃった。8回9回と狐どもにつかまり、可哀想なくらい打ち込まれてしもうた。ファウルで粘られ、四球を出し、ボークを取られ、下位打線に次々と長打を浴び、セーフティバントを連続で決められた末、満塁ホームランを叩き込まれた。

 ハチワレたちはバットを短く持って相手投手を必死で攻略したが、あと一歩及ばず。


 試合終了のサイレンが鳴り、乱打戦を制した狐どもは狂喜乱舞、意気揚々と校歌を歌う。


 ハチワレは三毛に肩を貸すと「三毛、阿南にもんたらまたチューブおごったるでな」 三毛は左腕をハチワレの肩に回しながら、もうよれよれのくせに「先輩、それ言うならチュールちゃいます?」と突っ込む。


 阿南加茂高ナインがダッグアウトを片付けていると、人間の記者がカメラ掲げてわらわら集まってきよった。徳島の田舎から初出場で来て、エース投手の孤軍奮闘の末、力尽きて散った阿南加茂高ナインの話は、何というてもこの国の人間の大好物や。


 監督がインタビューに応じるのを遮るように、ハチワレは尻尾をピンと立てて


「なんしに来よった! いね! いにさらせ!」


 と叫んだ。化猫どもは三毛を庇うようにして記者たちに向かい合い、毛を逆立て牙を剥き爪を立て、一斉にシャー! シャー! と唸り始める。早う出ていけ! おまはんらにする話やかし何もないわ! 人間はほんまにええ気なもんや! ――言葉にならん言葉にたじろいだ記者たちは、そそくさと写真を撮ると、尻に帆かけて散っていった。

 何の騒ぎかと駆けつけた審判団と高野連のおっさんたちは、あまりの妖気に思わず後ずさりした。


 三毛はあのあと、四つ足でまともに歩かれへんようなってしもうた。地面につく度に右の前足に激痛が走り、三本の足でよたよた歩いとった。


 お松権現様は三毛を抱くと、むごいことや、無実の罪着せられて死んでいったうちの人と同じや、言うてエースナンバーを剥がされたその背中を撫でさすり、悲憤の涙にくれたいうでないで。


 まあ、こんな話じゃ。こないだ山狸の野球部員どもにこの話をしてやったんだが、みな鼻をすんすん言わせて泣っきょったでよ。

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阿南の化猫ばなし 野栗 @yysh8226

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