中古車

やざき わかば

中古車

俺は車が好きだ。車は好きだが金はない。


しかし最近ある中古車屋で、好みの車が非常に格安で売りに出されているのを発見し、即契約した。


見た目も良い。状態も良いし、走行距離もそんなにない。ほぼ新品同様でありながら、ここまで安いとやはり少し「これは事故車では?」と心配になる。


死亡事故を起こした車は大抵がスクラップとなるが、たまに状態が良いと修理されこうやって中古車市場に出てくるものがあるのだ。賃貸住宅の事故物件のようなものだが、中古車の場合、骨格部分が修理されていないと説明義務が生じないため、事故歴があるかどうかはわかりにくい。そういう俺もとくに確認はしなかったのだが。


そんな心配を消し飛ばすほど、この車はとにかく良い車だった。足回りが良いと言うのだろうか、とにかく走りやすい。停まりやすい。曲がりやすい。たまに障害物に反応して勝手にブレーキをかけてくれているように感じることがあるが、そんな機能はないはずなので気の所為だろう。


何よりもシートもぴったりフィットし座りやすいし、ハンドルも握りやすい。今までレンタカーを含めていろいろ乗ってきたが、こんな車は初めてだ。もうこの車無しは考えられないほど、気に入ってしまった。同乗した友人たちの評判もすこぶる良い。俺はこの車をとにかく大事にした。


そんなある日、ドライブ途中のパーキングエリアで車を停め休憩していると、何か聞こえる。なんだろうと思って耳をすませてみると…。


「おーい、聞こえるか…」


俺に呼びかけているようだ。驚いて助手席を見ると、見知らぬ男が座っていた。


「うわぁ、誰だお前は…」

「そんなに驚くなよ。僕はこの車の元持ち主だ。事故って死んでしまったが」

「ゆ、幽霊か。俺をどうするつもりだ。まさか呪い殺すのか」

「まぁ僕の話を聞いてくれないか」


幽霊の言うことには、出勤途中で信号無視の大型車に横から突っ込まれ、そのショックで死んでしまったらしい。しかし彼も相当の車好きらしく、車に憑く地縛霊になってしまった。幸い車はスクラップにされず、修理され売りに出されることになった。それなら、これから自分の好きなこの車を買う人にも是非気に入ってもらおうと、車の守護霊になった…と。


なるほど、異常な乗りやすさも運転のしやすさも、守護霊が憑いているというなら合点がいく。今まで見えなかった彼を見えるようになったのは、俺がこの車を気に入り、大事にする気持ちが強まったからではないかと彼は言う。


「見たところ悪い霊でもないみたいだし良いんだけど、ずっと助手席にいたのかい。俺は友人をその席に何人か乗せたのだけど」

「いや、僕は車全体に憑いている。つまり車全体が僕みたいなものだ。ただ今だけ君と話したくて、姿を変えてここに座っているというわけさ」

「そういうことか。それで、俺に何の用だい」

「大事に乗ってくれてありがとうと、ひとつお礼を言いたくてね」


俺は、それには及ばないと、如何にこの車が良い車かを熱弁した。デザイン、乗り心地、足回りの良さ、そしてそれに付随して彼のアシスト。もうこの車以外は乗れないだろうと。彼はとても喜んでくれた。


「ありがとう、これからもよろしく頼むよ。僕も今以上に努力してこの車を良い車にしていく」

「俺のほうこそ、お礼を言いたいくらいだ。ありがとう、これからもよろしく」

「呼び名があったほうが良いかな。僕のことはキットと呼んでくれ。君のことはマイケルと呼べば良いかな?」

「古いな」


それから俺には彼女が出来て、彼女が妻となり、子宝にも恵まれた。もちろん、俺の人生の相棒であるこの車とキットも一緒に成長していった。キットの声は俺以外にも聞こえるらしく、妻は最初気味悪がっていたが、今ではすっかり彼と仲が良い。


家族とキットとこの車でいろいろなところへ行った。キットがナビをしてくれるし、いつしか自動運転というか、キットが代わりに運転をしてくれるようにもなった。彼も運転をしたかったようだ。もちろん俺も運転したいので、交代制にはなったが。


いつしか俺は老い、運転をしなくなったが、俺の子供たちにキットは引き継がれた。見た目はもうクラシックカーだが、古臭さを感じない。むしろそれが格好良いらしく、子供たちも友達に自慢しているらしい。何より、キットのおかげかこの車の底力なのか、故障らしい故障もせずに何十年も快適に走ってくれている。一切事故もない。最早家宝だ。


貴方も一度、中古車屋を覗いてみると良い。

こんな奇っ怪で素晴らしい出会いが、待っているかもしれないから。

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