ニンゲンの価値

QU0Nたむ

行き着く果て

 AIによるイラストが広く認知され、脚光を浴び始めてから幾年が過ぎた。


 今ではイラストレーターとは筆を振るい、あるいはペンタブと向き合う人を指す言葉ではなく。

『AIに上手く指示を出す作業が得意な人』を指す言葉へと貶められてしまった。


 技術と自尊心を持っていた本物のイラストレーター達。

 その技術は機械学習に模倣されえられ、自尊心は心無い言葉の刃でズタズタにされてしまって久しい。


 本物の自負があればこそ、偽物と比べられたり、ましてや偽物ではないかと疑惑を持たれることが耐え難かった。


 ペンを持つことを辞める者も多く、失意に沈む彼らの間でとある動画が拡散されるようになったのはいつの日の事だったか。


 それはホームビデオのような動画で、子供がお絵描きをしている姿を親が撮っているような、なんてことはない動画だった。


 その親が子供の絵にしたことが問題だった。

 おもむろにスマートフォンを取り出すと。なんとAIに学習させようとしたではないか。


 動画内で親が言うには、「この小さな天才の作品をAIが超えられるかな」といった意味のテロップが機械翻訳によって流される。


 しかし、なぜか色々なAIイラストレーターを試すも、その子供の絵を学習できず、模倣することも出来なかったのである。


 しばらく首をかしげていたが、やがてお手上げのポーズをして


「本物の天才の作品はAIごときじゃ、模倣できないみたいだね」 


 と、笑って終わる。



 その動画の拡散とともに、人はその動画の少女の絵を研究し始めた。


 やがて


 単純な線が原色のクレヨンで構成され、影やコントラストの計算も無い。

 子供の落書きそのもの、その絵に影響された作品ばかりが世に出回るようになった。


 少女の絵を真似たその作品達は確かに、AI達には真似できなかった。


 芸術に興味の無い人は最初はその絵達を馬鹿にしていた。

 しかし、権威ある芸術家の賞賛の声に圧され、いつしか認めるようになっていった。


 【AIに模倣されないこと】それが人間にとって新しい価値になったのだ。


 その流れは小説、音楽、マンガ、アニメなど様々な人間の文化・娯楽をAIが学習するたびに巻き起こる。


 一見して稚拙で、見る価値の無いものがAIに模倣されないモノとして評価される。


 それこそが人間だけが生み出せる【価値】として、天井知らずに崇められる。


 そんな風潮が文化から侵食し、人々の仕事やいとなみをもむしばんでいった。


 


_______________________



「それから?それからどうなったの?!」


 小さな子供が親に、話の続きを催促する声が響く。


「はいはい、慌てないでね」


 優しげに笑う彼は父親か。

 白い指がページをめくる。


「そうして人間は、AIが価値モノ】に囲われて、幸せにくらしましたとさ。めでたしめでたし。」


「えーっ?!あんなガラクタがいいの?!」


「ハッハッハッ。うちの子が正しい価値を学習できててよかったよ」


 ページをめくっていた白い指が、子供の頭を愛しそうに撫でる。


 くすぐったがるような声が溢れる。

 柔らかそうな頬には製造番号とバーコードが印字され、シリコンの唇は弧を描いていた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ニンゲンの価値 QU0Nたむ @QU0N-TAMU

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ