運命の歯車

岸亜里沙

運命の歯車

僕は突然有名人になった。

青天の霹靂とはまさにこの事か。

その顛末をここに記します。


7月16日、その日は酷く暑い日だった。

僕は昼頃に起き出し、カビ臭い風呂場でシャワーを浴びた後、物が乱雑した狭いリビングでケータイを叩いていた。

バイトが休みだった事もあり、趣味の小説を書いていたのだが、この頃は良いアイデアが何も浮かばなかった。

タバコのヤニで薄汚れた壁と、年季の入った古い天井を眺めていても、物語を考える気力は無くなり、呼吸いきをする事さえ疲れてくる。

蝸牛かたつむりのように、僕の人生はノロノロと無駄な時間ばかりが過ぎていく。


「宝くじみたいに、ネットに上げた小説がバズらねぇかな」

僕はそう呟いたのを覚えている。


だがそんな思考は、突如として鳴り響いたインターホンで中断された。

普段、自分の家のインターホンが鳴るのは、宅配便か、宗教か保険の勧誘くらいなものだ。その日、宅配便が来る予定はなかったので、どうせまた何かの勧誘だろうと思い、僕は居留守を使う。

しかし、この時はいつもとは違った。

何回も何回も、インターホンが鳴り、玄関扉をノックする音も。

そして、扉の向こうから声が聞こえてきた。


「山口さん、下妻警察署の者です。少しお話しをうかがいたいのですが」


「警察?」

僕は訝しんだ。

警察が一体何の用なのか、皆目見当がつかなかったが、気怠い体を無理矢理起こし、仕方なく玄関へと向かう。


「はい、なんすか?」

僕が扉を開けると、驚いた事に、そこにはスーツ姿の男が数人立ち並んでいた。


「お休みの所、すみません。私、下妻警察の遠藤です。山口和雄やまぐちかずおさんですね?ちょっとお尋ねしたい事がありましてね。もしよろしければ、警察署まで一緒に来ていただけませんか?」

一番前にいた、小柄だが体格がたいがよい男が、警察手帳を見せながら話しかけてきた。


「ああ、別にいいっすけど。どうせ暇なんで。何かあったんすか?」


「まあ詳しい話は、署の方でしましょう」


僕は数人の刑事に囲まれながら、パトカーに乗り込み警察署へと向かった。はたから見れば、それはまるで連行されているようだったのだろう。

アパートの隣の部屋のおばさんが、こっそり窓から覗いているのが見えたが、僕にはどうでもよかった。


警察署に着くと、こじんまりとした部屋に通された。空調エアコンもあまり効いていない。ただ机とパイプ椅子が二脚置いてあるだけの、刑事ドラマであるような、典型的な取調室といった感じだ。


「どうぞ、そちらに掛けてください」


僕は促されるまま椅子に座ると、遠藤と名乗る刑事は、机を挟み、向かい側の椅子に腰かけた。

そして、扉の横にもう一人、刑事らしき男が立っている。部屋の中には、その三人だけだ。


「わざわざご足労頂き、すみません。じゃあ、早速本題に入りますけど、6月24日の午後9時くらいなんですが、何処で何してました?」


「6月24日ですか?その日はバイトが休みだったんで、一日中家でゴロゴロしてましたけど」


「なるほど。特に外出はされてないって感じなんですね?」


「はい」


「じゃあ、この方、ご存知ですかね?」

そう言うと遠藤は、背広の内ポケットから、一枚の写真を取り出した。

映っていたのは、見覚えのない20代後半の女性。


「いや、知りません。この人がどうしたんすか?」


「この人は、高橋弥生たかはしやよいさんっていう29歳の会社員です。単刀直入に言いますが、先日この高橋さんが、鬼怒川の河川敷で遺体で見つかったんですよ」


「えっ?」


「死因は撲殺でした。帰宅途中、何者かに背後から襲われたと考えています。因みになんですが、山口さん、あなた6月26日にカクヨムってサイトに『下妻無差別殺人事件』って題名タイトルで小説を投稿していましたよね?」


「はい、そうです。下妻を舞台にしたミステリー小説を書きました。それが何か?」


「今回の事件、あなたが書いた小説と、全く同じ時系列を辿っているんです。偶然とは思えないくらいにね」


「マジっすか・・・」


「あの小説の中で、被害者を殺した凶器は、何であったと書いたか覚えてますか?」


「水を入れ、凍らせたペットボトルです」


「その凶器を小説の中の犯人は、どのように隠蔽しましたか?」


「解凍して、中の水を捨てた後、近くのコンビニのゴミ箱に捨てたと書きました」


「まさに高橋さんを殺害した凶器も、凍らせたペットボトルだったんですよ。そして、近くのコンビニのゴミ箱から、グシャグシャに潰れたペットボトルが発見されたんです。このペットボトルには、微量の血痕がついていたんで、凶器はこのペットボトルで間違いはないでしょう」

遠藤という刑事は、また背広の内ポケットから一枚の写真を取り出して、机に置いた。

映っていたのは、凶器と思われる冷凍飲料のペットボトルだった。


「えっ、ちょっと待ってください。つまり僕が犯人って言いたいんですか?」


「あなた、事件前日の6月23日の日に、バイト先のドラッグストアで、この写真と同じ冷凍飲料を購入してますね?」


「・・・買いましたけど」


「更に言いますと、あなたが書いた小説の中のAさんという被害者は、自宅近くのコンビニまで友人に送ってもらった後、その帰宅途中に襲われたって書かれてますが、これも全くその通りなんですよ。高橋さんも友人の車で自宅近くのセブンイレブンまで送ってもらい、そこに立ち寄った後、殺害されてるんですよ」


「まさか・・・」


「全部、偶然ですかねぇ?」


「い、いや、待ってくださいよ。僕が仮に犯人だとしたら、なんで犯行を自供するような、疑われるようなあんな小説を書くんですか?あり得ないっすよ」


「あなた、自己顕示欲が強いのではないですか?バイト先の同僚にも話を聞きましたが、いつか大きい事をやって、世間をあっと言わせてやると語っていたそうですね?」


「そ、それとこれとは違います」


「凶器が捨てられていたコンビニの防犯カメラを確認したんですが、あなたと似た人物が映っていたんですよ。あなたが小説を投稿した日には、メディアにも詳しい情報はまだ出ていませんでした。つまり、あなたが書いた小説には、犯人しか知り得ないような情報が多分に含まれているんですよ。山口さん、そろそろ本当の事を話してくれませんかね?」



そうして僕は、身に覚えのない殺人と遺体遺棄の容疑で逮捕されました。



ですがその後、この事件がニュースで取り上げられて、僕が書いた『下妻無差別殺人事件』は念願だった書籍化をされ、一躍有名人となれました。作家の他に、犯罪者という肩書きがついてしまいましたが、有名になった代償なので、まあ良しとしましょう。


獄中ではたっぷりと時間はあるので、鋭意、新作を執筆中です。

皆様ご期待ください。


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運命の歯車 岸亜里沙 @kishiarisa

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