【王国編】その文具、はちゃめちゃに喋る。

山下若菜

その文具、はちゃめちゃに喋る。


お腹が空いたまま眠ったらダメなんだ。

絶対にあの夢を見るから。


彫刻みたいな綺麗な顔に、真っ黒な瞳。

名前も何も知らない青年だけれど、どこか悲しい瞳をしているものだから、私は画用紙を取り出して絵を描く。

オレンジ色のクレヨンでいつか見た鳥を描いてみせると、青年は声をあげて笑うんだ。

下手くそだって。こんな鳥いないって。


じゃあ描き直すよ、って言うと、青年は肩を揺らして笑う。

これでいい、気に入った。って。

あんまりにも満足そうに笑うものだから、私も笑うんだ。


よかったね、って。


いつもそこで夢は終わる。


その夢を見た後は必ず泣いてしまうから、たくさんたくさんご飯を食べるんだ。


⭐︎


「ちょっと寝てるんじゃないわよ!」

体を引っ張られた痛みに、ザキー・オカ・ヒローコは目を開いた。

ほっぺたに絨毯跡がついている。

「いやぁ、やっぱりモノが違いますねぇ羊毛絨毯は」

大欠伸をしたせいか、頬の絨毯跡に雫が伝ったが、拭うことはできなかった。

ザキーの体には太い縄がぐるぐるに巻きつけられていた。

「羊毛の温かみが縄越しでも伝わります」

「こんな状況で寝るなんて、あなた自分の立場がわかってないの?」

ザキーに巻き付いている縄の先は、神経質そうな女が握っている。

眉間に皺を寄せている女に、ザキーは再び大欠伸をした。

「だってあなた方がクーデターなんか起こすから、何日もまともに寝られなかったんですよ」

「お望みなら一生目が覚めないようにしてあげましょうか」

「…遠慮しときます」

肩から腰まで縄で巻かれているザキーは、足の力を使ってなんとか絨毯の上に立ちあがった。

「だけど羊毛絨毯ひいてるなんて、さすが王様のお宝部屋だなって…あぁっ!」

ザキーは壁際のガラスケースを覗き込んだ。

「いいなぁヴィンテージメガネだぁ」

「ヴィンテージ…メガネ?」

「ヴェネツィアンガラスで作られた初期モデルで、すんごく高いんですよ。さすが王様⋯あぁっ!」

部屋の壁面に飾られている人形に、ザキーは目を輝かせる。

「うわぁぁああ良いなぁ。これ瓶の蓋を幾つも重ねて作られたアンティーク人形で、世界で一個しかないんですよ。私も欲しかったのにっ、王様ずるい」

縛られたまま飛び跳ねるザキーに、女は深く息を吐く。

「こんなゴミの何が良いのよ」

「ええっ?」

「絨毯は足が冷えなければ十分だし、メガネは視力が矯正できればいいし、ゴミで作られた人形はゴミでしょ」

「ひどい」

「あぁ、あなたもゴミに価値を見出すタイプの人間だったわね。私の一番嫌いなタイプ」

女性は縄を引き絞り、ザキーの眼前に尖ったナイフを突き付けた。

「あなたも知っての通り、クーデターは成功した。文具王の時代は終わったの。私の国にこんなゴミは要らない」

「…でも、王様の宝を狙ってるじゃないですか」

ザキーはナイフの先の女を見据える。

「文具王様の宝を狙ってるから、私をここに連れてきたんですよね」

「そうねぇ」

様々な品が乱雑に置かれた部屋に、女は視線を巡らせた。

「文具王が集めたモノはまさに玉石混合、ゴミもあればとんでもない宝もある。だから私は整理整頓お片付けをするの。ゴミはゴミ箱に、宝は宝箱に。それだけのことよ」

「この部屋にゴミなんか一個もありませんよ」

「あなたにとってはそうかもしれない。だけど私にとってはゴミなのよ」

女は眉を引き上げ、ザキーを突き飛ばした。

「痛っ…」

「ねぇザキー、わかってると思うけど、私あまり気の長い方じゃないの」

縄を引き、倒れたザキーを無理やり立たせる。

「あなたの目は、この有象無象のゴミの中から宝を見極めることができる目。文具王国一の目利きであり、王から絶大な信頼を得ていたあなたなら【神の文具】が、どれなのかわかるはず」

「…さぁ?」

「しらばっくれても無駄よ。文具王が「神文具かみぶんぐ」を集めていたことはわかってるの。死にたくなかったら早く私の元に「神文具」を持って来て頂戴」

女はザキーの背中に剣を突きつけ、部屋の中を歩かせた。

ザキーはしぶしぶ歩いていたが、奥の棚の前でピタリと足を止めた。

棚の上段に置かれているくすんだ黄色の鞄に、瞳は吸い込まれていた。

「汚たない鞄。捨てればいいのに」

眉根を寄せる女に、ザキーはにこっと笑った。

「ありましたよブッコロー、黄色の鞄です!」

その声に呼応するように、ザキーの影は揺れた。

「ったく、ヒヤヒヤさせんなよザキ」

ため息まじりの声を発し、ザキーの影の中からオレンジ色のミミズク「RBブッコロー」が飛び出した。

「ザキは本当に文具のこととなると、危険を顧みないんだから」

「私のことはいいんです、とにかく神文具を!」

「わかったわかった」

ブッコローは空を飛び、嘴で黄色の鞄の紐を掴む。

縄を持つ女は目を丸くした。

「待て、もしかしてその汚い鞄に「神文具」が入っているとでも?」

「そう汚い汚い言ってくれるなよ。まぁ確かに汚ねぇ鞄ではあるんだけど」

ブッコローは三角嘴を器用に使い、鞄の紐をその身に掛けた。

「俺にとっちゃ、大事な形見なんだからよ」

体に掛けた鞄を開く。

「んじゃまず、ザキを救ってくれ【神鋏かみばさみ】」

「あぁん任せてぇ」

ブッコローの声に呼応して、鞄からピンク色の鋏が飛び出した。

鋏は宙をくるくると回ったあと、ザキーの元に向い、体に巻き付いている縄をバサリと切った。

「あ、ありがとう」

「とぉんでもなぁい!アタシたちもあなたを助けたかったのよぉ」

言葉を放つピンクの鋏に、女は目を丸くしていた。

「えっ…コレが神文具?」

「いやぁだ、アタシはコレなんかじゃないわ。神文具が一つ、カ・ミ・バ・サ・ミ。よろしくねぇ」

鋏はくねくねと動き、床に大きなハートマークを描いた。

「神文具であるアタシにかかれば、岩でも鉄でもなんでも切れちゃうんだからぁ」

ボコっという音を立てて、床にハート型の大穴が空く。

「ねっ⭐︎」

「さっすが神鋏!」

ぴょんと飛び上がったブッコローに、鋏はくねくね揺れた。

「いやぁんブッコローちゃんに褒められるなんて、嬉しすぎて震えちゃぁう」

「行くぞ、ザキ!」

ブッコローはザキーの手を引き、鋏が開けた穴に飛び込んだ。

「文具王は地下牢だったな、神鋏でどんどん床に穴あけていきゃすぐ着くぜ」

「は、はい。でもっ!」

ザキーは天井を見上げた。

「待ちなさい!ザキー!」

ハートの穴から、女が鬼気迫る顔を覗かせていた。

ブッコローは鞄を開く。

「待てと言われても待てはしないのよ」

短い羽で鞄をポンと叩いた。

「頼むぜ【神テープ】」

「その名前で呼ばないでっ!」

ブッコローの声に呼応して、透明なテープが飛び出した。

「その名前だとプロレスの入場時に投げ込まれるテープに聞こえちゃうでしょ」

「悪い悪い」

「ふんっ!」

テープは天井に飛び上がり、ハート型の穴にテープを張り巡らせる。

「ブッコローのいうことじゃなかったら聞いてあげてないんだからねっ。感謝しなさいよっ」

「ああ、ありがとう神テープ」

「だからその名前で呼ばないでって」

「あぁ、悪い悪い」

「はいはぁい、きゃっきゃするのは後にしましょ?」

鋏は床に刃をつけた。

「まずは文具王様を助けに行かなきゃ」

「そうですね」

ザキーがうなづいたとき、鋏に向かって大量の茶紙が投げつけられた。

「いやぁん」

紙の圧に押され、鋏は壁へと打ちつけられる。

「神鋏さん!」

「あいや待たれいザキー殿!」

鋏の元へと向かうザキーの背に、独特の節がついた声が響いた。

「時は元禄、場は王国、そこな通る不届者に、只今見参このマサヨが、見事即刻拉致捕縛」

部屋の外から、大量の茶紙を持った一人の女性が、ザキーとブッコローに向かってにじり寄っていた。

「うわぁ、何か変な人きた…」

「気をつけてくださいブッコロー!あの人はマサヨさんです!」

茶紙を折り曲げながら、マサヨはジリジリと近づいてくる。

「お待たせ申したマサヨの神技、皆様にとくと御覧に入れましょうぞ」

マサヨは折り曲げた茶紙を飛ばした。

瞬時にブッコローの体に紙が巻き付く。

「うわやばいじゃん、何これ!」

「マサヨさんは紙使いなんです。文具王国一、紙の扱いが上手い人なんですよ」

「見事にくるりと包んでご覧に入れやしょうぞ〜」

マサヨは踊るようにしながら茶紙を飛ばし、ザキーの体にも紙をピッタリと巻き付ける。

「神鋏!頼む!」

ブッコローの声に、壁際に倒れていたピンクの鋏が立ち上がった。

「あぁんもう痛かったじゃないのよぉぉぉおおお!!」

刃を開き、あっという間に茶紙を細かく切り刻んただ。

「ひゃあああ、紙は鋏には敵いませんぞぉぉぉおお!」

茶色の紙吹雪を舞わせながら、マサヨはその場に座り込んだ。

「…リアクションがいちいち大袈裟だなぁ」

ため息をつくブッコローの羽を、テープがちょいちょいと突いた。

「あ、ああ。頼むよ神テープ」

「その名前で呼ばないでっ」

テープは鼻を鳴らして飛び上がると、マサヨに向かって両手をテープでぐるぐる巻きにした。

「ひえぇお助けぇ…」

「…だから言ったじゃないですか」

カツコツという音を鳴らして、部屋の外から一人の男性が現れた。

「紙なんか役に立たないって」

現れた男は、細いビニール紐をクルクルと回していた。

「私に任せてください。珍妙な鳥など一気に捕縛して見せますよ」

「気をつけてくださいブッコロー!あの人はホソカワさんです!」

「え、誰?」

「ホソカワさんは文具王国一、紐の扱いが上手い人なんです」

ザキーの叫びとほぼ同時に、ホソカワはビニール紐を飛ばす。

紐はまるで生きているかのように、瞬時に部屋中に拡がった。

「四隅からかけて、くるりと回せば、瞬時に固く、結べます」

「うわぁあああ!しっかり結ばれてるーーー!」

ザキーの体に巻き付いたビニール紐を、ブッコローはじっと眺めた。

その視線に鋏は頷き、紐を切る。

紐はパサりと地面に落ちた。

「ぐふっ!鋏とは卑怯な」

「いや、マサヨの紙見てたでしょうよ。なんでそれで意気揚々と出てきたの?そら切れるよ、紐も」

「ぐふううう」

膝を折るホソカワの手も、テープはぐるぐると巻いた。

「家族にまたバカにされる…」

「…だから言ったじゃないですか」

カツコツという音を鳴らして、部屋の外から一人の女性が現れた。

「紐なんか役に立たないって」

現れた女性は、両手に様々なビニール袋を持っていた。

「私に任せてください。珍妙な鳥など一気に捕縛して見せますよ」

「気をつけてくださいブッコロー!その人はウチーノさんです!」

「え、誰?」

「ウチーノさんは文具王国一、干物の扱いが上手い人なんです」

「干物?」

「はい!」

「紐じゃなくて?」

「干物です!」

「それ文具じゃなくない?」

「何言ってるんですか、文具王国では「本」以外は全部「文具」ですよ」

「あ、そうだ。文具王国ってそんなはちゃめちゃな仕訳だったわ」

「行きますよっ!」

ウチーノは持っていた袋の一つを開き、ブッコローの嘴に赤茶色の何かを突っ込んだ。

「ぐぅっ!」

「まずお味をみていただきますのは乾燥マグロ、その名もドライマグロっ!」

「ドライマグロですって!?」

慄くザキーの横で、ブッコローは片膝をついた。

「く、口の中に芳醇な魚の香りが広がると共に、口内の水分が全部持っていかれるぅ」

「まだまだ行きますよ!こちらドライフルーツ・マンゴー!」

「ドライマンゴーですって!?」

慄くザキーの横で、ブッコローは両膝をつく。

「く、口の中に芳醇な果実の香りが広がると共に、口内の水分が全部持っていかれるぅ」

「お値段1500円です」

「お財布にもダメージ!」

ザキーは恐れ慄いた。

ウチーノはブッコローの嘴に黄土色の何かを突っ込む。

「こちら私のおすすめ!ドライ漬物たくあん!」

「う、うわぁ…」

ブッコローは全身を床につけた。

「だ、大丈夫ですかブッコロー!」

「冷蔵庫の下から出てきたたくあん食わされてるみたいぃ…」

床に羽を付けるブッコローの背中に、ザキーはポンっと手を置いた。

「私は好きですよ、ドライ漬物たくあん」

「マジでぇ」

「まだまだいきますよぉ⋯」

ウチーノは新たなビニール袋を開けようとしていた。

「ふふふ…まだまだぁ…お味見していただきますよぉ…」

「やだもういらない。水分飛ばしたものもう食べたくないっ」

「ふふふ、そう言わずに…」

にじり寄るウチーノに、ブッコローは短い羽をポンっと合わせた。

「ウチーノさんさ」

「はい?」

「ドライものって湿気が大敵でしょ」

「そうですね。水分入っちゃうと普通の食べ物になっちゃうので」

「じゃあ、これ使いなよ神テープ」

「その名前で呼ばないでっ!」

「え?いいんですか」

「いいよいいよ。食べかけの袋のふち、このテープで止めなよ」

「ありがとうございます」

手を差し出したウチーノに、ブッコローは瞳を輝かせた。

「かかったなぁっ!」

テープはぐるぐるとウチーノの手を巻く。

「うわぁああああ!!ひ、卑怯ですよぉ〜」

両手をテープでぐるぐる巻きにされたマサヨ、ホソカワ、ウチーノを見て、ブッコローは小さく息を吐いた。

「…文具王国の人ってちょっとだけアホなのかな」

「そんなことありませんよ」

「まぁいいや、とにかく地下へ行こう。王様を助けなきゃね」

「ええ」

ブッコローとザキーが頷くと、鋏は床にハートの穴を開けていた。



「来ると思ってたわ」

ハート型の穴が空いた天井から降りて来たザキーとブッコローに、女はじろりとした視線を送った。

「文具王なんて見捨てて逃げれば、命だけは助けてあげたのにね」

「文具王様!」

暗く煤けた檻の中、青白い顔で横たわる王様にザキーは声を上げた。

「ストップ、そこまでよ」

女は檻の隙間に剣を差し、その切先を文具王の喉元に突きつけた。

「それ以上近づくなら文具王の命はない」

唇を噛むザキーに、女は口の端を引き上げる。

「まずは神文具をこちらに渡してもらいましょうか。そこの鋏とテープ、こっちに来なさい」

顔を見合わせる鋏とテープに、女は眉を寄せる。

「早く!」

歩み出ようとする鋏とテープの前に、ブッコローが立った。

「まぁまぁ、ちょっと待ってよ」

「邪魔するな変な鳥ぃ!」

声を荒げる女に、ブッコローはまっすぐ視線を送った。

「君はさ、何が望み?」

「え?」

「君はどう見ても文具好きには見えない。それなのに文具王国にクーデターを起こしてまで、この国の王様になろうとしている。一体どうして?」

ブッコローのまっすぐな視線に、女は息を吐き出した。

「あんた達は何にも知らない…今この国がどんな状況にあるのかっ!」

苦虫を噛み潰すような顔の女に、ブッコローは一歩近づいた。

「来ないで!私はこの国の文具馬鹿どもとは違う。あなたの策略には嵌らない。そう易々と近づかないで!」

「随分とんがってるねぇ。ピンピンの鉛筆みたい」

「そうじゃなきゃ、この国を守れないっ!」

女はぎゅっと眉を寄せた。

「文具好き、結構なことよ。別に誰かの好きにどうこうなんて私も言いたくはなかった。だけどこの国は無駄ばかり。瓶の蓋の人形、ヴィンテージメガネ、あまつさえ干物まで文具だなんて言い出して、国庫はいつも火の車!」

女は奥歯を噛み、牢の中の文具王を見る。

「このままじゃ文具王国は滅びてしまう!文具王国がなくなったらどうなると思う?鉛筆と紙のない世界じゃ誰かに手紙を書くこともできない。歴史を正しく残すことも、文化芸術を守ることも!全部全部できなくなるのよ!」

吐き出すように言葉を放つ女に、ブッコローはゆっくり頷いた。

「なるほどね。君はアイツと真逆に見えて、その実同じことを言う」

「…え?」

「いるかい?クレヨン」

ブッコローは黄色い鞄を開いた。

「はいはい、居るにはおりますがねぇ」

鞄から長方形のよれよれの箱が、のっそりと出てきた。

箱はブッコローに向かって、蓋をぱかっと開けてみせる。

「残りはもう少ないもんで、あまり大量には使ってほしくないものですな」

「わかってるよ」

箱の中に並ぶ短いクレヨンに、ブッコローは笑っているような泣いているような顔をした。

「ブッコロー?」

ザキーの声に、ブッコローは顔を上げる。

「ザキには言ってたでしょ」

「え?」

「俺が、神文具を産み出したヤツと友達だってこと」

「はい」

ザキーは深く頷いた。

「亡くなったお友達の形見なんですよね。神文具は」

「まぁね」

「大事な形見なのに…文具王様奪還のためなら惜しくないよって、神文具を使おうよって言ってくれたの、嬉しかったですから」

俯くザキーのもとに、ブッコローは羽をパタパタ動かして飛んだ。

「そんときも言ったけどさ、俺べつにメチャクチャ文具好きってわけじゃないから、アイツの形見だとしても、神文具は文具好きな人のところにあった方が良いって思ってんのよ。ザキーとか文具王みたいなさ。そのほうが絶対にアイツも喜ぶし」

ブッコローはパタパタと旋回し、女の元へと飛ぶ。

「だから文具好きじゃない人のところに、神文具は渡せない」

丸い目で真っ直ぐな視線を送るブッコローに、女はかすかに首を振った。

「さっきから何を言ってるの?あなた一体何者なのよ」

「まぁまぁ俺が何者かなんてのはこの際関係なくて。俺はただ、友達の遺言を守りたいだけなのよ」

「…遺言?」

「文具の神だったアイツの遺言は「文具の楽しい未来を守って」なんだ」

ブッコローは眉間に皺を寄せる女に向かって、穏やかに笑った。

「そして君は、歴史や芸術を守りたいと、大切なものを未来に託すために文具王国を守りたいと言う。⋯文具の楽しい未来を守りたいと言ったアイツと同じことを言う君のため、今一度、文具と文房具を分けてあげるよ」

「…は?」

ブッコローは女にくるりと背を向けると、短い羽を突き上げた。

「神鋏!空までの道を切り拓いてっ!」

「はぁい」

ピンクの鋏は天井にハート型の大きな穴を開けながら、高く高く登っていく。

「神テープ!この建物が壊れないように支えを作ってあげて」

「だからその名前で呼ばないでってばっ」

ぶつぶつ文句を言いながら、テープは天井に入ったヒビを塞ぎながら、空へと駆ける鋏について行く。

「神クレヨン!」

「はいはい」

「空にもう一つ王国を作って」

「…残り少ないと申しましたのに、またそんな大仕事を」

「無理そう?」

「この神クレヨンに描けないモノはございません」

長方形の箱はパカっと蓋を開くと、色とりどりのクレヨンを空に放った。

目の前の光景に、女は何度もまばたきをした。

「何を…しているの?」

「言ったでしょ?【文具と文房具を分けてあげる】って」

「…どっちも同じなんじゃ?」

「確かに今は文具も文房具もほとんど同じ意味で使われてる。それでいいし、将来的にはそうなるべきだと俺も思ってる。だけど本当は違うんだ「文具」と「文房具」は」

ブッコローは空を見上げた。

茶色のクレヨンが空に大地を描いているところだった。

「俺大昔さ、アイツの願いを聞いて「文具」から「文房具」をとり分けたんだ。文具の中でも、文字を残すため最低限必要な、紙、墨、筆、硯の四つを「文房具」にした。そうすることで文房具は歴史を記す道具として役立ち、文具は楽しい夢を作る道具という側面を守ることができた」

ブッコローはそっと振り返ると、女の足元に降り立った。

「でもその時代も過ぎ去って、今じゃ文具と文房具は同じ意味になった。それが原因で君は苦しむことになったんだよね」

呆然とする女に、ブッコローはパッカリ嘴を開ける。

「だから今一度、文具と文房具を分ける。君は「文具王国」じゃなくて、「文房具王国」の王様になってよ」

「…わけがわからないわ」

「だって君の言うとおりなんだ」

ブッコローは女の周りをちょんちょんと跳ねてまわった。

「文具は夢があって楽しいぶん無駄も多い。文房具は四角四面のきっちりしたことが得意。だからきっちりしたことが好きな君は文房具王国の王様になって、空に浮かぶ文具王国を支えてあげてよ」

「浮かぶ国を支える…?」

「空の王国は神文具で創った国だから、文房具を含む全ての文具愛で空に浮かんでんのよ。君が文房具王国の発展に勤めてくれれば、文具王国は半永久的に空に浮かんでるからさ、何とか頼むよ」

三角嘴を開けて笑うブッコローの後ろで、ザキーの体が光輝き、ふわりと浮き上がった。

「うわぁ!」

「あ、文具王国が出来たみたいだね」

「えぇ?」

ザキーと同じように、牢の中の文具王も浮かび上がる。鉄の檻をすり抜けて空へと引っ張りあげられていく。

ザキーは空に引っ張り上げられながら、ブッコローを見た。

「どういうことですかブッコロー!な、な、なんか私たち浮いてるんですけど!?」

「あぁ、空に文具王国ができたからさ、文具好きは空に登って、文房具好きは地上に残る」

「え?え?わ、私たちこれからどうなるんですか?」

「いや、これまで通りよ」

「これまで通り?」

「そっ」

ブッコローは空に舞い上がるザキーを眩しそうに見つめた。

「文具が大好きで大好きで、愛してやまないザキのままでいてよ。文具を愛する気持ちがあれば、文具王国は馬鹿みたいに平和な国だからさ。いつまでも文具大好きなザキでいてよ」

「ブッコローは?」

ザキーはブッコローに向かって手を伸ばした。

「ブッコローも!ブッコローも文具王国に行きますよね?文具好きですもんね?」

「えぇ、ザキほどじゃないよ…」

「いいんです!行きましょう!」

空へ空へと浮かびながら、ザキーはブッコローに手を伸ばす。

「私たち、友達じゃないですか!」

ザキーの言葉に、ブッコローは目を丸くした。

「…まぁね」

嘴をあげてニッと笑い、小さく羽を羽ばたかせた。

「あ、そうだ」

空に向かって浮かび上がりながら、ブッコローはふと振り返って女を見た。

「俺さ、結構好きだよ君のこと」

「…え?」

「真面目できっちりしてるところ尊敬するし、君のすごい美点だと思うな」

「…そうですかね」

「そうだよ。だからその美点は無くさずに、たまにでいいから文具王国の奴らのふわふわなところを見習って、綺麗なもん見に行ったり、旨いもん食ったり、お湯に浸かったあと腹出して寝て⋯友達とゲラゲラ笑ったりしなね」

嘴をパカパカ揺らして笑うブッコローを、女はじっと見上げた。

「あなた…本当に何者なんですか?」

「言ったでしょ?」

ブッコローは短い羽で、青い空を指差した。

「俺さ、アイツの友達なのよ」



⭐︎


私はまた夢を見た。


ただいつもと違ったのは

私はお腹いっぱいで眠ったということと、

夢の中の青年は初めから少し笑っていたこと。


穏やかに笑う青年の前で、私はいつものように絵を描いた。

オレンジ色の、ずんぐりむっくりした、三角嘴の鳥を。


「相変わらずへったくそだなぁ。それでも文具の神様なのかい?」


彼がそう言って笑うから、私は頬を膨らませる。


「文具好きでもイコール絵が上手いとは限らないんです」

「まぁいいよ。俺は気に入ってるし。あっ…」

「どうしたんですか?」

「そういやザキはまた文房具王になり損ねたなぁ」

「え?」

「いや、今回ばかりは文房具王にも、文具王にもなれるチャンスがありそうだったのにな」


眼下に広がる青い空に、彼はふと頬杖をつく。


「どんな時空にザキを見つけても、いつもいつも文房具王になり損ねてる。もうなんかそういう定めなのかな」

「…いいんですよ。文具の楽しさを感じていられれば、私はそれで」


鳥を描いた画用紙を、彼に向かって差し出した。

彼はくすくすと笑うと、画用紙の中の鳥を見つめた。


「RBブッコローは真の知を持つミミズクで、君の友達」


彼は私から画用紙を受け取ると、くるりと丸めてその身を包む。


「君が何度世界を巡っても、どんな時空に産まれようとも」


画用紙に包まれた彼は、一羽の鳥になった。


「俺は君の友達さ」

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【王国編】その文具、はちゃめちゃに喋る。 山下若菜 @sonnawakana

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