おまけの22 人知れず生まれる神にゆく年くる年

「鐘、ですか?」


「そう、この国の年末の恒例行事かな?」


「ルピナス好きですよ。高い音でカーンカーンって綺麗です」


 残念ながら、ルピナスが想像しているのはきっと鐘というかベルだ。

 そういえば、教会とかにあったような……あったかな?

 ともかく、少なくとも俺が思い描いている鐘は、あの世界には存在しないと思う。


「そういうのじゃなくて、もっと低い音でご~んって音がなるタイプかな」


「それを108回も鳴らすんですか。けっこう大変そうですね」


「この辺だと、107回までは参拝客が鳴らして、最後をお寺の関係者の人が鳴らすみたいだから、一人でやるわけではないよ」


 というか、アリシアなら片手間で108回余裕で終わりそうだ。

 なんなら鐘を壊さないように、加減しないといけないまである。


「アリシアならすぐ終わるじゃろ」


「当然です。アキト様のお嫁さんですからね!」


「その理屈じゃと、妾やソラ殿はおろかルピナスでさえできることになるぞ」


「が、がんばるです」


 やらなくていいから。というかやらせてもらえない……いや、頼めばやらせてくれるだろうけど、そういう気づかいはいらない。

 腕まくりするアリシアの袖を元に戻してあげると顔を赤くしていた。

 それを見ていたソラが自分も腕まくりしようとするので、頭をなでておくとやめてくれた。


「う~む、その瞬発力。これが妾に足りていないものか……」


「流れるような一連のやり取りです……」


 君らは真似しなくていいから、今のままの君たちでいてね。


「でも、どうして108回なんですか? 100回のほうがきりがいいと思うのですが」


 なでられているだけじゃ満足できなくなったらしく、膝の上に座って後ろから抱きしめるように催促してからソラが尋ねた。

 あまりにも自然な動きなので、気がつくのが一瞬遅れるのはもはや神業だ。

 いや、神様なんだけどね。俺もソラも。


「有名なところでは、煩悩の数とか言われてるね」


「そうなんですか。アリシア、鳴らしてきた方がいいですよ。1000回ぐらい」


「煩悩とは遠い場所にいる聖女なんですけど!?」


 いや、いまさらそれは無理があるだろ……。

 その言葉を口にせずに呑み込んだことを、自分で褒めてやりたい。

 だけど、めざとくその様子を見ていたらしく、アリシアが頬を膨らませた。


「なんですか!? なにか言いたいことがあったら、言ったらいいじゃないですか! 私に煩悩があったら、アキト様の子どもを100人は授かってるんですけど!」


「そういうところじゃぞ」


 というか、子を授かる前に鼻血噴出して倒れるじゃん……。

 たびたび血まみれになる我が家の寝室は、もはや両親でさえ立ち入らせたくない。


「秋人さんは、鐘を見に行かないですか?」


「俺たちが行ったら騒ぎになっちゃうだろうからね。こうして家でみんなでのんびりしていたいかな」


 そして明日は、もっとどうするべきか迷うな。

 友人たちが冗談まじりで、俺に賽銭渡したり祈ったりしてくる可能性がある。

 そして、知らない人たちはわりと本気で祈り始めかねない。

 そうなると、こっちの世界でも信仰がたまってしまうわけだが、向こうではともかくこっちでは人間でいさせてください。


「そういえば、みんなは今まで年末年始をどう過ごしてたの? なんか、行事とかあった?」


 俺の言葉に、それぞれが自分の故郷や種族のことを思い出している。


「私の場合、教会で関係者全員集まってイーシュ様に向かってお祈りしてましたね」


 なんとなくその光景は目に浮かぶ。

 教会に集まる人たちだから、敬虔深い人たちばかりだろうし、きっと静かな祈りの時間を過ごすのだろう。


「みんな目を閉じて黙っちゃうので、なんか笑いそうになっちゃいますよね」


 おい、聖女。あれか? 笑っちゃいけない雰囲気だと、とたんに笑いそうになるあの現象か?

 うちの不良聖女がすみませんと、イーシュ様に次会ったときに謝ろうかな。

 信者全員が自分を祈っているのに、その代表が笑いと戦うって……いや、ある意味では、年末にふさわしいといえなくもないんだけどさあ。


「イーシュ様ってば、私にしか聞こえないからって、笑わせようとしてきてひどいんですよ!」


 どっちもひどかった。

 これ、女神も聖女も不良だよ。似たような二人だからこそ、コンビとしてあの世界でやっていけたんじゃないか?

 そうなると、真面目なリティアがかわいそうになってくる。


「そっか、楽しい年末だったんだな……」


「今日はもっと楽しいですけどね」


 その笑顔はなんというかずるいよなあ……。

 こういう憎めないところが、聖女としてみんなに慕われてきた一因なんだろう。


「ルピナスは、女王様のところに集まってみんなでお星さまになるです」


 死ぬの!?

 いや、落ち着け俺。ルピナスは生きてるだろ。


「女王様の魔力がきらきら~って綺麗に光るです。その周りでルピナスたちも、魔力できらきら~って光るです」


 妖精たちのイルミネーションみたいな感じだろうか?

 なんとも幻想的な光景になりそうだな。

 機会があれば見てみたいが、ルピナスは人間の大きさになってしまったし、難しいかもしれないな。


「魔力が足りなくなっていった妖精から地面に落ちていくです」


 うん?


「それで、最後まで残っていた妖精がその年のピカピカ妖精として、みんなに褒められるです」


 なんか、言ってることはかわいいのに、やってることは体育会系っぽくない?

 これって、人間で言い換えると体力が続く限り鉄棒にぶら下がって、次々と落ちていく中で最後の一人を決めるようなもんだろ。

 最近気がついたんだけど、ルピナスってそういうところあるよね……。


「そ、そっか、今年はルピナスしか妖精がいないから、ゆっくり休もうな」


「はいです! あれやると、次の日みんな疲れて動けなくなるです」


 なに、その怖い行事……。


「ルダルの場合は、別に特段珍しいことはしておらんぞ?」


 そうなのか? 竜の国ということもあり、独自の風習とかあるかと思ったんだけど。


「ただ、普段は禁じておる酒を皆で飲むだけじゃな」


 なるほど、前にアルドルが言ってたからな。

 竜はみんなして酔いやすい体質だから、うかつに酒を飲むと酔いつぶれてしまうって。

 現に、兎獣人たちの計略でアルドル以外が酔いつぶれて大変だったらしいし。


 でも、年末年始に思う存分お酒を飲んで酔うというのは人間と変わらないな。

 たしかに、竜も人間も変わらず似たような過ごし方をしているといえよう。


「じゃがなあ……」


 なんだ。なんかそれだけではなさそうだな。


「決まってアルドルが怒っておった。それと、まだ異種族のオスが生きておったころは、決まってアルドルの背に隠れておったのう」


 おい……それ、絶対酔った勢いで、竜王国にいる男を襲おうとしたんだろ。

 いや、待て。シルビアが酔った姿は何度か俺だって見ている。

 だけど、いきなり押し倒されるなんてことはされなかった。

 アリシアじゃあるまいし、酩酊状態であろうともシルビアには理性というものがあるはずだ。


「アルドルと仲が悪いはずのオスも、翌年になるとアルドルを慕っておったから、きっとオスはオスで年の終わりになにかしとったんじゃろ」


 仲が悪いはずなのに、翌年になると慕うほど仲良くなる?

 それって、アルドルが理性を失い襲いかかってくる竜の女性たちから、男を全力で守っていたからでは……。

 今度アルドルに話を聞いてみよう。その結果次第では、シルビアの飲酒には十分気をつけないといけない。


 三人の話が終わり、その流れで膝の上に座っていたソラを見ると、向こうも俺を見つめていた。

 しかし、その目はなんだか申し訳なさそうというか、こちらの気体に応えられないというかのようだった。


「すみません……私は、あの森の中では日付や年月の感覚などとうに無くなっていたので……」


「そっか、じゃあこれからたくさん年末や年始の思い出を作っていこうな」


 謝ることなど何もない。

 それを伝えるかのように、頭をなでてやると尻尾は嬉しそうにゆれていた。


「そうれす! てはじめに、あたらしいとしにむけて、あたらしいかみさまをつくるってろうれしょう!」


 急にアリシアが大きな声で、またおかしなことを言い始めた。

 いや、なんか若干ろれつが回っていない。

 顔も赤い。息が酒臭い。お前、いつの間にそんなに酔っていたんだ。

 そもそも酒なんて……あれ、ミカンの近くにあるのってお酒みたいな果物じゃなかったっけ……。


 よく見るとアリシアだけではなく、シルビアやルピナスまでそれを食べた痕跡がある。

 そして、二人ともいつのまにかアリシアと同じく、明らかに酔っぱらったときのような状態だ。

 なんで、こんなことに……。


「アキトさま~。ころもはくにひとつれきるほろほしいれす~」


 それが、今年最後のアリシアの言葉だった。

 酔っぱらうといつも以上に積極的になるし、鼻血も多分出さなくなるんだけど、すぐに酔いつぶれて寝るんだよな。

 酔いが早いのはシルビアも同じで、こたつに突っ伏して静かな寝息を立てている。

 ルピナスは……なんか光りながら寝てる。これが、さっき言ってた体育会系行事か。


「どうしよう。みんな酔いつぶれてしまったけど」


「そうですね。それでは仕方ありません」


 よかった。ソラはあの果物を食べていないみたいだ。

 唯一正常な思考であったソラにほっとしつつ、俺は三人を寝室へと運ぶことにした。


「ですから、今は私と旦那様だけということですね」


 だが、その前にソラが俺を押し倒して馬乗りになる。


「ソラ、お前もしかして酔っている?」


「酔ってはいません。ですが……発情期です」


 酔ってるよりやばいやつじゃん!

 え、まさかそのためか? そのために邪魔になる三人を酔いつぶれるようにして……。


「たくさん、思い出くださいね?」


 ああ、まったく。

 それでも叱る気になれないのは、惚れた弱みなのだろうか……。

 鳴り響く除夜の鐘の音は、まるで煩悩まみれの俺たちの罪の数を数えるかのようだった……。

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男が希少な異世界の未開地に転移したら都市伝説になった パンダプリン @pandapurin

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