「おめでとう」とは言えないよ 🌼
上月くるを
「おめでとう」とは言えないよ 🌼
先日の披露宴で、ヨウコさんがもっとも感懐を深くしたのは、新婦の挨拶でした。
畏敬する亡父(産婦人科医&社会活動家&文化人)についての、なつかしい追憶。
自分が出産させた母親に「おめでとう」ではなく「よかったね」としか言えない。
この子の未来に待ち受ける困難を思うと、どうしても手放しの祝福はできかねる。
いつもそう言っていた父は、わたしたち姉妹にも「きみたちがこうして無事に暮らせるのは、本当にたまたまのことなのだよ」折りにふれて言い聞かせてくれました。
👰
彼女が親子ほど年のはなれたヨウコさんと、ことさら親しく交流してくれたのは、ご尊父と同じベクトルに共感したからだったと、四半世紀後に初めて知ったのです。
思えば、仕事を引退して大きく体調をくずしたヨウコさんがリハビリを兼ねて俳句を始めたとき、まず詠みたかったのはつぎの句(たとえモドキであっても)でした。
自分の意志で、ヨウコさんを母に、この家庭を選んで生まれて来たわけではなく、若気のいたりで深い思慮もないまま誕生させられた、子どもたちへの贖罪をこめて。
🔸🔹🔸🔹🔸🔹🔸🔹 🔸🔹🔸🔹🔸🔹🔸🔹 🔸🔹🔸🔹🔸🔹🔸🔹
『Haiku物語 🍃』
第1話 八月や I was born 呟ける
ハルキくんのおかあさんは、たったひとりでハルキくんを産みました。
それでも、古アパートの狭い部屋でなんとか育てようとしたのですが、
むずかる赤ちゃんと一緒に、自分も泣いてしまう、そんな幼さでした。
助けてくれる両親も親せきも友人もいないおかあさんは、ある春の朝、
乳児院の門の前に、毛布にくるんだハルキくんを置き去りにしました。
桜が七分咲きのころで、ハルキの名前は院長先生がつけてくれました。
ですからハルキくんは他の子らと同様におかあさんの顔を知りません。
乳児院の保育士さんや看護師さんが順番にハルキくんのおかあさんに
なってくれましたので、そうさびしくはありませんでしたが、やがて、
なぜぼくには本当のおかあさんがいないのかなと思うようになり……。
🏡
心からの安心がないせいでしょう、乳児院の子どもは物音に敏感です。
風雨の音、カーテンが少し揺れただけで、全員大泣きしてしまいます。
訪問者にも耳ざとく、たまにだれかに面会があると、赤ちゃんたちは
ハイハイやヨチヨチ歩きでいっせいにお客さんに突進し、幼いなりに
精いっぱいの笑顔をふりまき、われ先に抱っこしてもらおうとします。
そんないじらしい情景を見るたび、かわりばんこのおかあさんたちは
せめてもと目いっぱいの愛情をひとりひとりに注がずにいられません。
👶
本当のおかあさんには会えないまま、今年も夏が通り過ぎて行きます。
高原都市の秋は早くて、うかうかしていると虫の声が聞こえ始めます。
「八月は命の月なの。戦争で亡くなった人たちの魂が帰って来るのよ」
おかあさんのひとりがそう言って、遠い空の花火を見せてくれました。
――いいな、魂さんたちには帰れるおうちがあって。(;_;)/~~~
そう思いましたが、賢い子に育っているハルキくんは黙っていました。
けれど、心のおくの深いところでは、こうも訊いてみたかったのです。
――ぼく……生まれてきてよかったの? (ノД`)・゜・。💧💧
でも、その問いに答えられる大人は、いまのところひとりもいません。
大人もそれぞれの事情を抱え、なみだを堪えて生きているのですから。
(2020年8月22日)
「おめでとう」とは言えないよ 🌼 上月くるを @kurutan
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます