天下布武

やざき わかば

天下布武

その男は、今にも焼け落ちそうな寺の一室に居た。


戦国のこの世に生を受け、天下統一を夢見て時代を駆け抜けたその男は、

部下に裏切られ、この紅蓮の炎の中で果てようとしている。天下は目前だった。


「もはやこれまでか」


腹をからげ、短刀を鞘から抜く。全身を熱風が包む。

そして、男は自らの人生に幕を下ろした。


「…おい」


俺を呼ぶ者がいる。


「おい」


誰だ?俺はもう少し寝ていたい。


「おいっつってんだ、起きやがれ」


驚いて目を覚ますと、そこには見覚えの無い風体の男が居た。

周囲を見回すと、何もない、ただ真っ白な空間。


「お前は誰だ。なぜ俺を起こす。俺はもう死んだはずだが」

「おうとも、お前さんは死んだ。しかしねお前さん、お前さんは

 自分が死んだことにも、なぜそうなったかにも全く納得がいってねぇようだ」


俺は少し驚いた。そのとおり、何も納得していない。出来る道理がない。


「お前、なぜそれが解る。大体お前は何者だ」

「俺かい。俺はお前さんたち人間の言うところの、神様ってヤツだ。

 お前さんは生きているころから神仏は信じないタチだったみたいだが、

 どうだい、実際に見てみた感想は」


「生きているころなら信じもしなかったろう。それどころかお前など無礼討だ。

 しかし、今の状況ではどうも信じざるを得ないようだ」


「そうこなくっちゃな。今お前さんがいるところは、あの世とこの世の境目だ。

 本来なら死んだ人間はあの世に行かなくちゃいけねぇ。だがお前さんの心残りってか、 未練ってヤツがそれを邪魔しちまっている。それで俺が来てやったってとこさ」


どうやら俺の未練が強すぎて、成仏することも

ましてや生き返ることも出来ずにいるようだ。


「うむ、それなら話が早い。俺は生き返ってもう一度

 天下を狙いたい。どうにか出来ないか」


「簡単に言ってくれるねぇ。しかし、このままお前さんを放っておくと、どうも祟り神になりそうだ。かといってお前さんの生きてきた時代に生き返らせることはできねぇ。どうだい、ここは一つ、時代を変えて、別のもので天下を狙うってのは」

「別のものか」

「そうさ、お前さん商いは好きかい」

「ああ。俺は天下を狙う過程でいろいろとやってきた。あれは面白い。

 いずれ世界を相手に商いをやってみたかったくらいだ」

「よし、決まった。今からお前さんを、お前さんの時代よりも

 うんと未来へ連れていく。そこは武力よりも金が強い力を持つ時代だ。

 商いの上手さが世界を動かすってぇ時代さ」

「面白そうだな。よろしく頼む」


神のヤツに連れられて来た時代は、俺の想像を遥かに越えていた。


妙な走る鉄箱は馬より早く人を目的地へ運び、人々が手にする小さなカラクリは

遠くに居る相手に瞬時に物事を伝える。新しいものや珍しいものを

知り尽くしていると思っていたが、 未来とやらはとてつもなく素晴らしく、

とてつもなく雑多な時代のようだ。


「なるほど、これから俺はここで商いによって天下を狙うわけか」

「そうとも。それについて注意ごとがいくつかあるぜ。まず、お前さんの時代の

 常識を捨てろ。どんなに卑しい人間でも、この時代は殺しちゃあなんねぇ。

 武器なんか持ってるとすぐにお縄だ」

「そうか、それは我慢するとしよう」

「それともう一つ。人一人の運命ってのは俺たち神様でも変えることはできねぇ。

 どうなるかも分からんときた。お前さんも今までと同じやり方をしたら、

 また火だるまになってとんでもねぇことになるぜ。まぁ精々頑張んな。

 なんかあったら呼んでくれりゃあ、またお前さんの目の前に現れる。あばよ」

「ご苦労」


まったく神のヤツは良い時代に連れてきてくれたものだ。

俺の商いは尽く成功を収めた。

小さな商社から始まり、数年で世界各国に支社を置く

一流企業に上り詰めた。


まだ天下には及ばないが、それもあと一息というところだろう。


もちろん、俺は自分の運命に抗うために、まず

社員の火の不始末を徹底的に封じ込めた。


スプリンクラーや火災報知器を会社内、社員寮、

果ては関連施設にもこれでもかと言わんばかりに

設置し、喫煙場所は別棟を設け、警備会社に委託し、

放火による不審火にも万全の体制を築き上げた。


社員全てに俺の方針を伝達、役員会議で決まったものでも、

俺の意にそぐわないものは全て圧力をかけて潰した。

使えない部下はすぐに首を切った。戦国時代の習いだ。

時代は変われど、結局は戦国時代のようなものだ。


そこで俺の経験はすこぶる役に立った。


無能な者は俺の配下には必要ない。大事なのは手柄、そして結果だ。

手柄を立てた者にはそれ相応の恩賞を与え、そうでない者には鉄槌を下す。

やっていることは戦国時代と変わらない。それで全てが上手くいっていた。


俺の商いは順風満帆、天下は目前だった。


しかし、一人の部下が裏切り、俺の会社の

あることないことを世間に告発した。

その部下は役員であり、少なくない報酬を

受け取っていたはずだった。


一度世間に悪いウワサが立つと、立ち直るのは簡単ではない。

支社は次々と潰れ、本社も不渡りを出し、ついに資金繰りが

おぼつかなくなり、倒産してしまった。


俺は、全てを抵当として持って行かれ、何も無くなってしまった

社長室で神のヤツを呼び出した。


「おう、久しぶりじゃねぇか。

 しかし随分寂しい部屋に一人で篭ってるんだな」

「神とやら、これは一体どういうことだ」

「つまりまぁ、お前さんはまた炎に焼かれたってことだ。 台所は火の車、

 ってぇヤツだな。運命は簡単に変えられねぇって言ったろう」


それを聞いて、俺は項垂れた。またやってしまったということか。

俺のその様子を見た神は、事もなげにこう言った。


「まぁ、今回はまた同じ結果になったけどよ。

 前と違っているのは、命があるってことだ。

 命があるってのは、素晴らしい。

 さ、次は何で天下を狙うかい…」

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天下布武 やざき わかば @wakaba_fight

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