第6話
春風、少し香る。
仕事で出力された用紙裏に恥ずかしさを感じながら文を書く。
つたない綴りをそのとおり、絵美の携帯に入力して送信した。
仕事場に近い公園の淡いつぼみの写真を添えて。
【未だわからないわたくしの存在
古くから慕われてきたわたくしは「桜」だというらしい
はるか青空と背比べしたり廻る地上とダンスをしたり
仲良くわたくしは舞い踊る
幾年の時をみてきた言葉のない花びら
そこに映る世には口元を封じた見慣れない生物
わたくしを見上げる幾重のまなこには何が映っているのか】
健康に暮らせる毎日、側にいるだれか。そしておいしい食事。
その日々が当たり前ではないと気付かなければ、
掴もうとしても花びらのようにすり抜けていくかもしれない。
ただ世界の木々や桜は今年も来年もあなたが大きくなっても
「わたしを観て」と言われるために息吹き、
幾重の生命をあたたかく包んでくれるのでしょう。
当たり前の大切さ。ぼくは桜ではない。
きれいに魅せ次に交わすことはできない。
儚さや美しさ、生物の繁栄もそれほど願わない。
安寧とは願い過ぎるほど狂気へと変換してしまうとぼくは思う。
【あなたに、あなたが大事にする人々に素晴らしい芽吹きがありますように。
生きているのが素晴らしすぎると。
君もそう思うだろうか。ぼくもそう信じたい。
だけど人生はときに息吹を踏みにじる踵に踏みつけられる。】
休日、最近ハマったゲームをしていた最中に着信があった。
「はい、お疲れさまです。」
電話からはいくつかの仕事を頂いていた川本さんからだった。
「竹田、もう…だめかもしれないです…」
すぐに絵美に電話した。
深加に知らせていいのか確認をする。
「一緒にいくのがいいと思う…もし合えなくなるなら後悔すると思うし…」
水滴を纏った蕾に地面へと落ちる音が、響ように感じる。
雷鳴も合わさり深加の家に走らせた車から中央病院へ向った。
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