狐の本屋

月岡ユウキ

黄昏時の品定め

 カウンターに置かれた貝殻が、ほの暗い店内でぼんやりと燐光を放っている。


「ねえお婆ちゃん。これで、今日は何冊?」


 少女の無垢な問いに、店主の老女は眼鏡で、灰色の目を細めた。


「そうだねえ……数は少ないが、悪くない輝きだ。5冊くらいならいいだろう」

「え、そんなにたくさん!? いいの!?」

「ああ、好きなのを持っておいで」


 老女がにっこり笑んでみせると、少女は嬉しそうに頬を紅潮させた。背負っていたリュックをカウンターに置くと、まるで小兎のようにスキップしながら本棚へ向かっていく。


「あのね、今日はね、潮が高い日だから、あんまりたくさんは拾えなかったの」

「いやいや、これだけ綺麗なのを拾えたなら、たいしたもんじゃないか」


 本を選びながら老女に話しかける少女は、小学校低学年くらいだろうか。せわしなく立ったりしゃがんだりするたび、三つ編みおさげが肩口でぴょんと揺れる。


 老女が貝殻を手に取って目を細めていると、戻ってきた少女が、カウンターにきっちり5冊の本を置いた。


 老女は本の名前を確認しながら、少女のリュックサックへ入れていく。


「『狐のマナーブック』『お一人様タヌ女の嗜み』『烏天狗女子の整頓術』『メイクアップ術スーパーテクニック ~青鬼編~』『鬼料理の基礎』……ふむ、今回は女性向けのものが多いようだね」

「うん、あやかしの女の子たちがどんな生活をしてるのか、すごく興味があるの」


 ちょっとませた表情で瞳を輝かせる少女は、老女がリュックサックのファスナーを締めるのを今か今かと待っている。


「はい、おまたせしたね。また光る貝殻をいっぱい集めてきたら、ここの本と交換してあげるよ」


 老女が笑みながら少女にリュックサックを手渡すと「うん、楽しみにしてる!」と言いながらリュックを背負い、弾むように店から出ていった。


「……悪くないねえ」


 少女が出ていった扉を見つめたまま老女が呟くと、カウンターの端にあるペン立ての後ろから、一匹の子鬼がひょこりと顔を出した。子鬼は光る貝殻にそろりと近寄っていく。舌なめずりをしながら手を伸ばしたところで、老女が見計らったかのように貝殻をその手で隠した。


「あああっ、ばばのいけず!」

「これは御屋形様への献上品だよ。お前なんぞにこの美しい自然の妖力ちからはもったいない」


 老女は貝殻を握ると、自分の着物の袖へさっと隠してしまう。子鬼は残念そうにそれを目で追って胡座をかくと、老女に向かって小さく舌を出して見せた。


 しばらくして、子鬼は指を折って何かを数えながら老女へ尋ねた。


「今のところ4人かー。なあ婆、今代こんだいは何人残るだろうな」

「そうさの。成長するとのが殆どじゃしな……一人でも残れば御の字じゃ」


 老女が立ち上がると、窓から差し込む消えかかった陽光が、ほんの一瞬、複数の太い尾影を壁に写した。


 ここは常世と現世の狭間。

 先程まで鄙びた海辺の街が見えていた窓の向こうは、すでに闇に包まれている。


 窓ガラスに映るのは、昏く光る金色の双眸。着物の裾からはみ出す大きな尾を揺らしながら、先程まで老女だったは、気怠げにつぶやいた。


「ここにたどり着けるだけでも素養は高い。子供のうちはたまに迷い込んでくるものもおるが、妖力を多く含んだを見つけられる人間はなかなかおらんからの」

「そして年頃になるまでその力が継続してれば、やっと嫁入かー」


 子鬼の言葉に、白狐は眉根を寄せる。


「そこはあくまでも嫁じゃ。御屋形様に気に入られなければ嫁にはなれぬ」


 しかし子鬼は、白狐の小言などまるで聞こえていないかのように続けた。


「それにしてもあの娘、良い線行ってたと思うけどな」

「はっ! まだ早すぎる。あんな乳臭い小娘、御屋形様の寝所に上げられるか」


 とんでもない!と手を払ってみせる白狐だが、子鬼は意に介した様子もなく続ける。


「でもさぁ、今のうちに『鬼の嫁入りマナー』あたりを読ませときゃ、数年後には立派なだぜ? 」

「数年後、のう……。いままで成長した娘がここに帰ってきた試しはなかろ」

「まだ、ね。そのうちすっげえ妖力の高い娘が現れるさ。おいらそんな気がするんだ!」


 子鬼は浮かれた様子でへらへらと笑った。


「えっへへー。妖力の高い嫁が見つかるといいなぁ! できれば若くてきれいで優しくてな、あと料理が上手で、おいらのべべも縫ってくれるんだ。あとはえっと、えっとぉ……」


 白狐は呆れた様子で溜息をついた。


「――子鬼。わかっておるとは思うが、お主の嫁を探してるわけじゃないぞ?」

「そ、そのくらいわかってるよ! でももしかしたらもしかするだろ!?」


 その時だった。白狐が子鬼に向かって、口元で人差し指を立てながら「シッ」と鳴らす。白狐は窓の外に目をやりながら、みるみるうちに元の老女へと変化した。


 窓の外が明るくなっていくと、ぼんやりしていた景色がはっきりと見えてくる。これはどこかの森だろうか。大きな樹木が茂っていて、遠くに赤い鳥居が見えた。


「お、5人目だな」

 

 小鬼の小さな声が響いたが、その姿はもうない。老女が目を瞑ったまま数冊の文庫本をカウンターの端によせていると、ドアに付いている鈴がカランと鳴る。


「いらっしゃい――おや、はじめて見る顔だねえ」


 そこにはもう金色の双眸はなく、くすんだ灰色の瞳も、微笑みの細い瞼に隠された。


「あ、こんにちは……」


 中学生くらいの少女が、不思議そうな顔をしながら店へ入ってきた。


「本屋さんがこんなところにあるなんて、全然気づかなかった」

「ほう……ポケットの中に、いいものを持っているようだね?」

「えっ? ああ、これさっき拾ったの。そしたらこのお店を見つけて……」


 そう言うと少女は、制服のブレザーにある胸ポケットから3つのどんぐりを出した。それはまるで宝石のようにきらきらと輝いている。


「ほう、これは素晴らしい。もしよければ、このどんぐりとここの本を交換しないかい?」

「本を、どんぐりと交換?」


 不思議そうな顔をする少女に、老女は微笑みかけた。


「そうだねえ……これなら3冊まで持っていくといいよ。さ、好きな本を選んでおいで」

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狐の本屋 月岡ユウキ @Tsukioka-Yuuki

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