狐の本屋

月岡ユウキ

* * *

「こんにちは!」


 ここは、とある島にある古びた小さな本屋。そこへ元気な挨拶と共に入ってきたのは、リュックサックを背負った少女だ。年は小学校低学年くらいだろうか。白いブラウスに三つ編みおさげが肩口で揺れている。


「はい、いらっしゃい」


 少女を迎えたのは、カウンターにいる老女だ。優しそうな笑みを浮かべ、持っていた文庫本を閉じてカウンターに置く。

 

 少女はスカートのポケットから手を出すと、カウンターに十個程の小さな貝殻を乗せた。貝殻はどれも不思議な輝きをまとっていて、薄暗い店内が少しだけ明るくなる。

 

「今日は潮が高い日だから、あんまり拾えなかったの」

「いやいや、これだけ拾えればたいしたもんじゃないか」


 カウンターの中にいる老女は細い目を大きく見開きながら、貝殻の1つにそっと手を触れた。すると待ちきれないといった体で、少女はカウンターに身を乗り出す。


「ねえ、これで今日は何冊?」

「そうだねえ……こんなにたくさん取ってきてくれたなら、今日は5冊でどうだい」

「え、そんなにたくさん!? いいの!?」

「ああ、好きなのを持ってお行き」


 老女がにっこり笑んで見せると、少女は嬉しそうな表情でうなずいた。背負っていたリュックをカウンターに置くと、まるで小兎のようにスキップしながら本棚へ向かっていく。

 

 しばらくして戻ってきた少女は、カウンターにきっちり5冊の本を置いた。


「『狐のマナーブック』『お一人様タヌ女の嗜み』『烏天狗女子の整頓術』『メイクアップ術スーパーテクニック ~青鬼編~』『鬼料理の基礎』……ふむ、今回は女性向けのものが多いようだね」


 老女は本の名前を確認しながら、少女のリュックサックへ入れていく。


「うん、あやかしの女の子たちがどんな生活をしてるのか、すごく興味があるの」


 ちょっとませた表情で瞳を輝かせる少女は、老女がリュックサックのファスナーを締めるのを今か今かと待っている。


「はい、おまたせしたね。また光る貝殻をいっぱい集めてきたら、ここの本と交換してあげるよ」


 老女が笑みながら少女にリュックサックを手渡すと「うん、楽しみにしてる!」と言いながらリュックを背負い、弾むように店から出ていった。


「……悪くないね」


 老女は少女が出ていった扉を見つめたまま呟いた。

 するとカウンターの端にあるペン立ての後ろから、一匹の子鬼がひょこりと顔を出す。子鬼は光る貝殻にそろりと近寄っていく。舌なめずりをしながら手を伸ばしたところで、老女が見計らったかのように貝殻をその手で隠した。


「あああっ、ばばのいけず!」

「これは御屋形様への献上品だよ。お前なんかにこの美しい自然の妖力ちからはもったいない」


 老女は貝殻を握ると、自分の着物の袖口へさっと隠してしまう。子鬼は残念そうにそれを目で追って胡座をかくと、老女に向かって小さく舌を出して見せた。


 しばらくして、子鬼は指を折って何かを数えながら老女へ尋ねた。


「今のところ4人かー。なあ婆、今代こんだいは何人残るだろうな」

「そうさの。成長するとのが殆どじゃしな……一人でも残れば御の字じゃ」


 ここは常世と現世の狭間。あやかしの世界だ。先程まで鄙びた海辺の街が見えていた窓は、すでに闇しか映していない。老女はいつの間にか白い狐の姿になり、着物の裾からは大きな尾が数本覗いている。


「ここにたどり着けるだけでも素養は高い。子供のうちはたまに迷い込んでくるものもおるが、妖力を多く含んだを見つけられる人間はなかなかおらんからの」

「そして年頃になるまでその力が継続してれば、やっと嫁入かー」


 子鬼の言葉に、白狐は眉根を寄せる。


「そこはあくまでも嫁じゃ。御屋形様に気に入られなければ嫁にはなれぬ」


 しかし子鬼は、白狐の小言などまるで聞こえていないかのように続けた。


「それにしてもさ、御屋形様も上手いこと考えたよな。素養の高い人間の女を見つけるだけじゃなく、俺たちの世界の知識をさせるってんだから」

「そうじゃの。成長して妖力が感知できなくなれば預けた本は消えてこちらに戻るし、この店にもたどり着けなくなる。ほんに良いお考えじゃ。さすが賢王とも呼ばれる今代様じゃ」


 子鬼は浮かれた様子でへらへらと笑った。


「えっへへー。妖力の高い嫁が見つかるといいなぁ! できれば若くてきれいで優しくてな、あと料理が上手で、おいらのべべも縫ってくれるんだ。あとはえっと、えっとぉ……」


 白狐は呆れた様子で溜息をついた。


「――子鬼。わかっておるとは思うが、お主の嫁を探してるわけじゃないぞ?」

「そ、そのくらいわかってるよ! でももしかしたらもしかするだろ!?」


 その時だった。白狐が子鬼に向かって、口元で人差し指を立てながら「シッ」と鳴らす。白狐は窓の外に目をやりながら、みるみるうちに元の老女へと変化した。

 窓の外が明るくなっていくと、ぼんやりしていた景色がはっきりと見えてくる。これはどこかの森だろうか。大きな樹木が茂っていて、遠くに赤い鳥居が見えた。


「お、5人目だな」

 

 小鬼の小さな声が響いたが、その姿はもうない。老女はが数冊の文庫本をカウンターの端によせていると、ドアに付いている鈴がカランと鳴る。


「いらっしゃい――おや、はじめて見る顔だねえ」

「あ、こんにちは……」


 中学生くらいの少女が、不思議そうな顔をしながら店へ入ってきた。


「本屋さんがこんなところにあるなんて、全然気づかなかった」

「ほう……ポケットの中に、いいものを持っているようだね?」

「えっ? ああ、これさっき拾ったの。そしたらこのお店を見つけて……」


 そう言うと少女は、制服のブレザーにある胸ポケットから3つのどんぐりを出した。それはまるで宝石のようにきらきらと輝いている。


「ほう、これは素晴らしい。もしよければ、このどんぐりとここの本を交換しないかい?」

「本を、どんぐりと交換?」


 不思議そうな顔をする少女に、老女は微笑みかけた。


「そうだねえ……これなら3冊まで持っていくといいよ。さ、好きな本を選んでおいで」

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狐の本屋 月岡ユウキ @Tsukioka-Yuuki

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