9. 予言に導かれて


「それはどういった予言なんですか?」


 ルウナが恐る恐るベレーナに尋ねた。まさかとは彼女も思ったがベレーナが語った事は、ほぼザアラと同じ内容だった。


 ザアラも同じ予言を受けた事を話すと、今度はベレーナが驚いてみせた。ぐるぐる回る尻尾を見ながらルウナが再び尋ねる。


「ベレーナさんは勇者だと名指しされたんですか?」


「いや誰が勇者だとは預言師は言わなかったよ。私が父に頼み込んだんだ」


「父? もしかして王様ってことですか?」


「そうだ。近々結婚の予定があったからね。それがどうしても嫌で」


「ザアラさんとは正反対ですね……」


「それに私は冒険者としても活躍していたんだ。一応我が国ならば十本の指に入ってるんだぞ」


 今度はふりふりと揺れる尻尾を見て、ルウナはベレーナの感情は読み取り易いなと、くすりと笑った。それまで考え込むように腕を組んでいたザアラが口を開いた。


「しかしなぜ預言師は同じ予言を授けたのだろうか……ラクアイラ国には預言師はよく来るのか?」


「確か五十年振りとか言ってたな。まあでも本物だったぞ」


「どうして断言できる?」


「私は智恵の加護を持っている。鑑定眼が使えるんだ」


 今日一番の勢いで尻尾がぶんぶんと揺れていた。彼女が前髪を掻き上げるとおでこの隅っこに文字のような痣があった。


「これは神代文字で『智』を意味するそうだ。一応最初に君達二人も鑑定眼で見させてもらったよ」


「じゃあザアラさんが勇者かどうかとかってわかりますか?」


「うーん。人の場合はそういうのは見えないんだ。心の善悪や、言葉が嘘か真かとか漠然とした感じだな。ちなみに獣神の加護は見えたぞ」


「じゃあ私はなにが見えました?」


「実はルウナはよくわからなかったんだ。普通は使える魔法くらいはわかるんだがな。光魔法を使える事も見えなかったよ。ただ――」


 そこでベレーナは少し言い淀んだ。ルウナの背後に回って背中の方を上から下へとゆっくり見た。


「……ルウナの背中には羽のようなものが見えるんだよ」


「は? 羽ですか?」


 ルウナが両手でパタパタと羽ばたくような仕草を見せた。


「ああ。淡い光ではっきりとはしてないが、俗に言う天使の羽というやつかな?」


「もしかしたら聖女をやっていたからじゃないか?」


 ザアラが悪びれる様子もなくさらっと言い放った。


「聖女をやっていたのか!? 聖女様がなぜ冒険者をやっているんだ?」


 ザアラをちらっと横目で睨みつけ、ルウナは先日、自身の身に起きた事を話して聞かせた。ベレーナは少し険しい表情でそれを聞いていた。


「サルピニャ王国の第一王子には一度会ったことがある。色目ばかり使ってきて気色の悪い奴だったよ。婚約破棄されて良かったじゃないか」


「もしかして私、慰められてます?」


「羨ましいよ。私の婚約者もいい加減、私の事を見限ってくれればいいものを……」


 ベレーナが急に小声になったのでルウナはよく聞き取れなかった。


「ところでなぜ南を目指しているんだ? 魔物の根源とやらはそこにあるのか?」


 ザアラの問い掛けにベレーナは間を置かずに答えた。


「なんとなくだ」


「……だと思った」


 ルウナは呆れたようにハァっと息を吐いた。ザアラもそうだったが、やはり彼女も行き当たりばったりだ。勇者はもっと慎重に選んで欲しいと、彼女は思った。


「よし! 目的は同じなんだ。私も君達と旅をすることにするぞ!」


「いいのか!? 君が仲間になってくれれば心強い。よろしく頼む」


 今ルウナの目の前で予言の勇者が予言の勇者と固く握手をしている。ただおばあちゃんの所に帰るつもりが、勇者を二人も抱えてしまった。


「じゃあ旅の手始めにここの迷宮主を討伐することにしよう」



 ベレーナの一言で三人は迷宮の最奥を目指していった。さすがの五等級のベレーナでも一人では手こずり始めたのでザアラが戦闘に加わった。


 知恵の加護の能力なのか、ベレーナのマッピングは完璧だった。寄り道感覚でガイドをやっていたのも頷ける。一度も迷う事無く迷宮主の部屋へと辿り着いた。


 前回同様、細い通路を通って行くと部屋の中央に迷宮主のトリオネが仁王立ちしていた。紫紺の肌にド派手な赤色のお腹。いかにも毒持ってますと言っているようだった。


「ほう。これは珍しい! 狂い咲きか!」


 ベレーナが嬉々として叫んだ。


「えっ!? またですか!」


「通常トリオネは肌が黒いんだ。こいつは間違いなく狂化種だよ」


「よし! おれがまずは切り込む!」


 ザアラが間合いを詰めて切りかかった。トリオネは回避を選択し横に躱した。しかし完全には躱しきれず、ザアラの剣が胸元を大きく切り裂いた。


「ザアラもなかなかやるじゃないか」


 五等級の剣士であるベレーナから見ても、ザアラの剣筋は見事であった。荒削りではあるが、瞬間的なスピードは自分よりも速いかもしれないと、彼女は思った。


「浅いかっ!?」


 振りぬいた剣をすかさず今度は切り上げるようにトリオネへと剣を向ける。だがトリオネは両の鉤爪でそれを受け止めた。金属が擦り合うような音が響く。鍔迫り合いで向き合うザアラの目の前でトリオネの胸の傷が閉じていった。


「なっ!?」


 ザアラは後ろへ跳びながら距離を取った。見るとトリオネの傷はすでに完全に塞がっていた。


「凄まじい回復能力だな……」


「確かに。通常種は何度か倒したが、それとは比べ物にならんな。よし! 二人でやるぞ!」


 ベレーナの掛け声で二人はトリオネの左右にそれぞれ展開した。挟み込む形でほぼ同時に剣を振るう。トリオネはザアラの剣を右手で受けたが、ベレーナのサーベルはトリオネの防御を掻い潜り左足に入った。


「キィィイイイ!」


 先程とは違い明らかにトリオネがダメージを負っていた。よく見ると傷跡が凍っており、回復ができていない。


「私は氷魔法を使う魔剣士だ。この手の敵は凍らせてしまえばいいのさ」


 ベレーナが血を払うようにサーベルを振ると。剣に付いた魔血と共に小さな氷の結晶がキラキラと零れ落ちた。


 思わず綺麗と、ルウナが見惚れていると、雄叫びと共にトリオネが広範囲の水弾を放った。無数に散らばる水弾が同時に三人の方へと飛んでくる。


「まずい! 毒が混じっているぞっ! 回避!」


 ベレーナが瞬時に鑑定眼を使ったのだろう。ザアラは真上へと跳び上がりそれを避けた。


プロテジーナ護りを!」


 ルウナはすぐさま光魔法を展開し水弾を全て防いだ。


「きゃぁああ!」


 ベレーナの悲鳴が迷宮に木霊した。彼女は全てを避けきれず数発の水弾が顔に直撃していた。


「目が! 目がぁぁぁぁ!」


「ベレーナさんっ!」


 ルウナが彼女の元に駆け寄ると顔中に毒がべっとりと付着していた。おそらく目がやられたのだろう。両目を手で押さえながらのたうちまわっていた。



 ――――プチン。


 


 その音と共にルウナが怒りの形相でトリオネをその視界に捉えた。





――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 更新遅くなり申し訳ありません。


 どうか忘れないでくださいまし……









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素で強かった聖女様  oufa @oufa

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