8. 狐人族のベレーナ
ピノーゾ迷宮は湖が近いというだけあって、迷宮内のいたるところに小川が流れていた。水がせせらぐ音が心地良く、ルウナはさっき嫌味を言われたばかりだというのにピクニック気分で歩いていた。時折現れる魚の魔物は、先頭を歩くガイドのベレーナが手にしたサーベルで全てしゃっしゃと倒していた。すっかりやる事がなくなったザアラが彼女に言った。
「ガイドは戦闘には参加しないと聞いたんだが……それにしても見事な剣さばきだな」
「参加してはいけないという規定はないらしいぞ。まぁ私は旅の途中でちょっとやっているだけだからな。逆に剥ぎ取りの方を頼んでいいか?」
「それじゃまるでおれがガイドじゃないか……」
ザアラはぶつくさと不満を漏らした。そんな彼の方をぽんぽんと叩きながらルウナが言った。
「まあまあ。明らかにベレーナさんの方が戦いがお上手ですので。失礼ですがベレーナさんは冒険者ランクはいくつなんですか?」
「私は五等級だ。君たちは何等級なんだ? よっ!」
喋りながら彼女は魚の魔物を五匹いっぺんに串刺しにしていた。
「私達は七等級です。あの~その魚の魔物って食べれないんですか?」
おずおずとルウナが尋ねるとベレーナが驚いたように魚とルウナを交互に見た。串刺しにされた魚の魔物はピチピチとまだ動いている。
「食べたいのか? 魔血で腹を壊してしまうぞ?」
「私は浄化できるのでたぶん大丈夫です! それ頂いていいですか?」
「私は構わんが……ただ地面につけないようにしないとな。迷宮に吸い込まれるから。袋かなにか持ってるか?」
「じゃあこれに入れてもらっていいですか?」
ルウナは密封の光魔法で半透明の光る箱を出現させた。ベレーナは目の前に現れた光る箱を興味深そうにちょんちょんと触っていた。しばらく観察すると突き刺していた五匹の魚をサーベルから抜いて箱へと入れた。
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ルウナは箱を密封する前に浄化の魔法をかけた。光の粒がシュワシュワと浮き上がって行く。浄化が終わるのを待って箱を閉じてバックへと仕舞った。いつものザアラの小さい拍手に今回はベレーナも加わった。
「いやー素晴らしいね! 光魔法はそんなことが出来るんだな。勉強になるよ」
「魔血は浄化したので問題なく食べれるはずです。お昼は魚でいいですよね? ザアラさん」
「ああ、構わないよ。まったく君は食べる事に目がないねぇ」
「そういう事なら私も大物を狙うとしよう」
こうして三人の迷宮ダイブは本格的にピクニックの様相を呈してきた。
迷宮の半分の五階層は比較的安全地帯ということで三人は昼食を取る事にした。ちゃっかり薪まで用意していたルウナは早速火を起こす。
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ルウナが指ぱっちんで火を点ける。それを手際よくザアラが薪へと移した。
「ほぉ、火まで起こせるとは! 見れば見るほど光魔法は不思議なものだな」
「おれも最初に見た時は驚いたよ。どうやら彼女がいろいろ工夫してやってるようだ」
先に褒められてしまいドヤ顔ができなかったルウナは逆に照れてしまった。そうこうしてる間に、ザアラが魚の魔物をきれいに捌いていく。小さめの魚は鱗を取り内蔵を出していく。塩を振って枝木に刺してから遠火で炙った。
焼き上がりを待つ間、今度はベレーナが最後に捕った大きめの魚を捌いていく。皮をきれいに剥がすと赤身と白身がほどよく混ざっていた。それを見てルウナは思わずゴクリと喉を鳴らした。
「それってそのまま食べれませんかね?」
「えぇ生でか!? 君もとうとう行くとこまで行ってしまったか……」
目を丸くするザアラを見てベレーナがケラケラと笑った。
「そんなに驚くことじゃないさ。遥か東の方では魚を生で食べると耳にした事がある。よしっ私も食べてみよう!」
「おぉ~少し臭みがありますがなかなかですよ! ザアラさん塩を貸してください」
彼女は塩をパッパと掛けてパクリと食べた。そして頬張ったまま嬉しそうにうんうんと頷いた。それを見たベレーナが同じように塩を振って食べる。
「おぉ! これは美味いな! ザアラも一口どうだ」
未だに眉間に皺を寄せながらザアラがゆっくりと口へ運ぶ。それまで険しかった顔が一瞬でぱあっと明るくなった。
「なんだこりゃ! 美味いじゃないか!」
そうでしょうと、ルウナはこの日最初のドヤ顔をザアラに見せた。その後三人は貪るように生魚を食べた。途中オリィガノというザアラが持っていた香草を掛けて食べたが、これもまた好評であった。
結局、丸々一匹を三人であっという間に平らげた。生魚に夢中になり過ぎ焼き魚は丸焦げになってしまったが。
「久しぶりの美味しい食事だったよ。今日のガイド料はこの食事ということにしよう」
「それはありがたいな。そういえば君は南方へ旅をしてると言っていたが何か目的があるのか?」
ベレーナは暫く沈黙して二人を見ていた。琥珀色の瞳が僅かに光っているかのように見えた。
「君達なら大丈夫だろう。私は北の台地にあるボルペ族の国、ラクアイラ国の第一王女だ。とある預言師の予言に従い旅をしている」
ルウナとザアラはぽかんと口を開けお互いの顔を見合った。一方ベレーナは首をちょこんと傾け不思議そうに二人を見ていた。もふもふの尻尾を揺らしながら。
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読んで頂きましてありがとうございます。
もう一つの連載作品が勢いづいてしまい、こちらはゆっくり更新になるかもしれません。
どうか気長にお待ちください。
【食メモ】
『オリィガノ』は言わずもがなオレガノですね。白身魚のソテーによく合います。
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