7. 迷宮ガイド
迷宮から帰還した二人はひとまず冒険者ギルドへと向かった。狂い咲きの迷宮主の討伐は認められたが、残念ながら冒険者のランクアップとまではいかなかった。
報告を終え、真っ先に二人が向かったのは肉料理専門店。またもテーブルに溢れんばかりの皿が並べられ、ルウナは終始、口いっぱいに食べ物を頬張っていた。いつものようにげぷりと彼女が一息つくのを待ってザアラが口を開く。
「初めてのラビリンスはどうった?」
「正直、最初はこんなもんかと思ってましたけど、終わってみれば楽しかったです」
「最後の迷宮主と戦ってる時は生き生きとしてたよ。本当に戦闘経験はないのか?」
「ないですよ! 戦地に呼ばれても私は治癒魔法使ってただけですし。今日もザアラさんが倒れちゃったんで仕方なく……」
ふーんと、ニヤニヤしながらザアラは何度か頷いた。
「最後マーレを切りまくってたあの魔法は?」
「あれは草履履いてた時に使ってた物理攻撃反射です。ちょっと投げてみたら……ああなりました」
「あんな使い方が出来るとはねぇ。恐れ入ったよ。そういえば君は魔力が弱いんじゃなかった?」
「そのはずなんですけど。ぷちんって音が聞こえてから急に魔力が湧いてきたんです」
「ぷちん?」
「ええ、ぷちん。たぶん怒って頭に血が上った時じゃないでしょうか」
あまり興味がなさそうに答え、ルウナは食事を再開した。一方ザアラは腕を組んでうーんと首を捻った。
「……てっきり加護でも発現したのかと思ったけど」
ぶつぶつ唸る彼を横目に、ルウナはデザートのピースカを丸かじりしていた。溢れる果汁をじゅるると吸って彼女の顔はとろけていった。そんな彼女を見て深く考える事を放棄したのか、ザアラは葡萄酒をぐびっと飲むとグラスをタンッと置いた。
「よし! じゃあ次は六等級の迷宮へと潜ろうじゃないか! 踏破すれば冒険者ランクが上がるぞ」
「えー! もう先に進みましょうよ~ランクとかどうでもいいです」
「そうは言ってもねぇ。ランクが上がった方が報酬が良い依頼も受けれる。旅ばかりしていても資金が底を尽きてしまうよ」
お金の事を言われると無一文のルウナは何も言い返せない。仕方なく彼女はその提案を飲むことにした。
「う~わかりました。じゃあ六等級行ったら次の街に向かいますからね」
丁度その時、追加の料理運ばれてきた。皿には美味しそうな焦げ目のついた小鳩の丸焼きだった。
「あれ? まだ料理全部きてなかったのか」
「いえ、これは明日の朝ごはん用で注文してました」
「朝ごはん? 腐ってしまうんじゃないか?」
そう問い掛けるザアラに彼女はニヤリと笑みを返す。
「
そう呪文を唱えるとほのかに光る半透明の四角形が現れた。彼女は小鳩の丸焼きをそれに放り込むとバックへと仕舞い込んだ。
「これは中が真空状態なので腐らないんです。さっ帰りましょう」
「そうなんだな。それにしても朝から小鳩の丸焼き食うのか……」
やれやれと首を振る彼の呟きは彼女には届かなかった。
二人は翌日、街の南のはずれにあるペルトロ湖近くのピノーゾ迷宮へとやってきた。第六等級ラビリンスであるこの迷宮は全十階層からなり、迷宮主はトリオネという二足歩行のイモリの魔物。水魔法を使い毒も有している。再生能力が非常に高く、なかなか倒し辛い魔物として冒険者には毛嫌いされている。
前回の迷宮で剥ぎ取りがまったくできなかった二人は、今回はガイドを雇うことにしていた。迷宮ガイドは戦闘には参加しないが、道案内と剥ぎ取りをやってくれる。入り口付近には何人かのガイドが待機していた。
「ガイドを頼みたいんだが」
ザアラが彼らに話し掛けると、見るからにベテランそうな男のガイドが答えた。
「おまえさん達二人で迷宮に潜るのか?」
「ああ、二人パーティだ」
「やめとけやめとけ。この迷宮に二人で潜るのは無茶だ。半分も潜れねえぞ。しかもそっちのお嬢ちゃんは戦えんのか? 迷宮はピクニックするとこじゃねぇぞ」
ガイド達の輪の中で嘲笑の声が湧いた。ルウナのこめかみにピキッと青筋が浮かぶ。もう二人で行きましょうと、踵を返した時、一人のガイドが声を上げた。
「私が行こう」
立ち上がったのは美しい黒髪の女性だった。ややつり目だが透き通るような琥珀色の瞳。端麗なる顔立ちはどこぞのお姫様と言っても過言ではなかった。そして何より目立つその豊かな胸を見て、ルウナは思わず自分のものと比べてしまった。
「おー新人、おまえ行くのか。
先程の男がからかうように言ったが、彼女はそれに
「ボナ・デ・ベレーナだ。ベレーナと呼んでくれ」
彼女はまるで陶器のような白く美しい手をザアラに差し出した。
「ああ、よろしくベレーナ。おれはザアラだ。こっちはルウナ」
「よろしくルウナ。可愛らしい子だな。支援職か?」
微笑みながら差し出された手をルウナは握り返した。
「こちらこそよろしくお願いします、ベレーナさん。はい、光魔法使いです」
「ほう! それは珍しい! 光魔法を見るのは初めてだよ」
きらきらと目を輝かせる彼女の背後には、もふもふの尻尾が大きく揺れていた。ザアラが彼女の後ろを覗き込むように見た。
「君は
「ああ、北の台地から南方へ旅をしている。獣人はお嫌いか?」
この世界にはいくつかの獣人族が存在する。ボルペ族は狐の獣人で比較的寒冷な北部地方で暮らしている。とても頭が良く、狡猾でずる賢いとまで揶揄されることもある。
「ボルペ族は他種族とはあまり交流しないと聞いたことがあるが?」
「まぁ概ねそうだな。だが私はその閉鎖的な考えが嫌いでね。それで旅に出たのさ。細かい話は歩きながらしようじゃないか」
そう言って彼女はルウナの手を引き迷宮へと足を向けた。スキップでもしそうな勢いで歩く彼女の尻尾は左右にふりふりと揺れていた。
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【食メモ】
『ピースカ』は桃のような香りと味で……いえ、もうきっと桃です。
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