グリッチ

桜舞春音

グリッチ

 人の娯楽は、彼らの使命。

 人間は科学を進歩させ、産業を進歩させた。人間の娯楽は多種多様だ。その中で現代において一定数存在する娯楽。それはゲーム。


 スープラもまたそのゲームの中で動かされる‶キャラクター″だった。

 スープラと言うのは「上に」という意味を持つラテン語。彼はこの名前が嫌いだった。

 プレイヤーは大抵スープラを選ばない。どこにでもあるスープラの不具合が、このゲームにとって致命的だったからだ。


 このゲームは「グリッチ」というダンス系ゲーム。腕と脚にバンドを取り付け、キャラクターと同期させて得点を競い合う。ゲームのタイトルにもある通り、このゲームはどのキャラにも欠陥が存在する。

 それは「ユニークチート」と呼ばれ、これを駆使してグリッチを行うことが公式ルールに記載・認可されていた。

 ただユニークチートにもあたりはずれ、ガチャというモノが存在する。スープラはハズレを引いてしまったキャラだ。


 スープラはリズムゲームモード、ダンスゲームモードのどちらにも設定されるキャラクターだが、ユニークチートは「フリーズ」。スープラは途中で止まったり動きが飛んだりするユニークチートを持っていた。

 彼は大好きなダンスをすることが出来ない、天職の斜め下を生きるキャラだった。


「スープラ、また選んでもらえないんだ。あたしはもう六連続だよ」

 今日も電源が切れる。

 その途端ステージから戻ってきたのは同じくキャラクターのレジアス。彼女のユニークチートは「ベースカット」で、彼女が自分で勝手にプレイヤーの動きをアレンジして勝敗を決める。彼女の機嫌次第で賭けみたいなものだが、人間はそれが好きらしい。

「人間って奴はわかってないぜ。似たような奴でも運次第で同じ奴ばっか選びやがって」

「悔しかったら勝ってみなさいよ?」

 スープラは唇を尖らせて寝床へ戻った。ストーリーで登場する簡素なプレハブ式の建物が彼の家。彼は設定がスラム出身で、病弱でお金もない。あるのは才能だけど、ユニークチートのせいで選ばれなくて見て貰えない。

 何のために存在しているかがわからなくなるほど、スープラはストレスが溜まっていた。


 翌日。ゲーム内にも一応時間の感覚というモノは存在する。電源が入るまでキャラたちは好きな場面で生活するのだ。


launch the gameゲームを起動します


「みんな!ステージ行くよ!」

 レジアスが叫ぶ。電源が入るとスープラでも備えてステージ脇に居なければならない。その空間は苦痛だった。順番の来ないステージは止まらないバスの様に無意味で無駄なものだ。どうせ選ばれないのだから、プレハブの家で練習をしていたい。


PlayerプレイヤーSupuraスープラCaliforniaカリフォルニア


 指名の音声が流れ、辺り一帯はざわめいた。今までスープラが選ばれたことなんてなかった。それなのに、今日になって急に指名される。


 スープラは衣装を整え緊張ながらも胸を張ってステージに出た。プレイヤーは見覚えのない青年。後ろに映る部屋も違うので、どうやらこのゲームは別の人に譲られたらしい。


SongCheckチェックlutumルトゥム/MIQY Modeモードhardハード ready?》


「プッ。無理無理あんな曲」

 レジアスが笑う。一度も選ばれていないスープラがハードモードで踊れるわけがない。……はずだった。


 踊り始めると確かにユニークチートで遅れるのだが、人間と同期している状態のスープラはその動きのフリーズを操作し苦手な部分をカットしたり得意な動きをリピートしたりと使ポイントにしていた。

《★★★★★ YOU win!》



 判定結果はこのゲーム史上初の満点で、アレンジが評価されるダイヤマークは三つ。

 スープラは嬉しかった。

 スープラにはわかる。この人間が自分を使奴だという事が。

 レジアスたちは始めこそ気に入らなさそうだったが、何度か記録を更新すると一人の仲間として見てくれるようになった。


 だがスープラは彼女たちを仲間だとは思えなかった。スープラもキャラクターの一員で、且つ練習もしている。事実今日記録更新したわけだし、ダンスの才能は正直ありまくる。

 それが目立つか目立たないかで評価されるのは仕方がないと言えば仕方がない。でも普段からみんなが互いを見ていれば気付けそうな気がする。因みにこのゲームのストーリーではみんな仲がいいが、実はライバル意識の方が上回っている。


「eスポーツ?」

「そうなのよ!このゲームがエントリーされてんの!」

 レジアスが興奮して訪ねてきたのは七回ほど連続で踊りまくった次の日だった。キャラクターはあくまで電子プログラムなので勿論疲れはないのだが鬱陶うっとうしいなと思った。

 かつて趣味だったテレビゲームは今や世界的なスポーツになっているというのはゲーム内でも有名な話。

「……ふうん」

 スープラは大して気にも留めなかった。と言うのは格好つけで、実は気にしかしていない。このプレイヤーはスープラしか選ばない。たまに他の人間がゲストモードでプレイするとレジアスやその夫のライムを選んでいる。もしプレイヤーがエントリーしていたら、十中八九スープラを選ぶだろう。


 レジアスはその後話題もなく世間話をする気もない様でバイクに乗って帰っていく。

 スープラは歩き始めた。


 ひと月ほど、よくスープラを選ぶプレイヤーは同じ曲で練習を重ねていた。スープラのユニークチートは毎回タイミングと形態が異なるため、使いこなすには何度もプレイしてパターンを知ることが大切だった。

 そして迎えた、大会の当日。


launch the gameゲームを起動します


 というアナウンスが流れ、キャラクターたちが各々ステージに向かっていく。


PlayerプレイヤーSupuraスープラCaliforniaカリフォルニア


「また...?あたしもう一週間も選ばれないけど」

 レジアスが不満そうに頬を膨らます。


SongJerkyジャーキー/Diamond・jealousyダイアモンド・ジェラシー Modeモードhardハード ready?》


 いつもの様に踊り始め、ユニークチートを使してポイントを荒稼ぎ。二画面表示になっている相手が選んでいるキャラはレジアスで、のレジアスはあっちのレジアスを応援していた。


 サビ直前で二番まで飛ぶと、プレイヤーはそれとサビの振り付けを上手く織り込んだ振り付けをぶっつけ本番で踊り切り、相手が失敗して焦り始めたのを皮切りに次々とダイヤマークを奪っていく。


《★★★★★ YOU win! Perfect!》

 ダイヤマークはこれまた過去最高の五つ。

 スープラは嬉しかったが、それ以上にダンスを楽しめていた。


 ダンスを楽しむことなんて前は出来なかった。評価されるのは嬉しいけど、それだけじゃないと思っていた。しかしそんなことを言っても評価が欲しかったのは事実だ。

 前に、才能が露わにならないと評価されないなんておかしいと嘆く日があった。確かに埋もれてしまうのは勿体ないけど、それを乗り越えられる強い人こそ日の目を見ることが出来るんじゃないかと思う。

 調子に乗っていると言われても仕方ない、だって嬉しくて嬉しくてたまらないんだから。

結果なんてどうでもいい。


 俺と人が、ここにいるんだもん。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

グリッチ 桜舞春音 @hasura

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ