漆黒の女神は魔王に落とされる〜悪の四天王ステアリアは魔王の言葉にデレッデレ!〜

葉月いつ日

第1話

「魔王様っ! これは一体どういうことですかっ!!!」



 濃い瘴気が渦を巻く大気。人間が入れば確実に命を食い尽くす【死の森】かの奥。魔族であっても低級であれば超えることすら出来ない、岩盤の鋭い山間にそびえ立つここは我が魔王城。


 その中心部である玉座の間では、今まさに時期侵略の定例会議が開かれようとしている。


 の、だが……


 けたたましい音を響かせながら我が右腕、四天王のひとり"漆黒の女神"の異名を持つステアリアが入ってくる。かなり興奮しているのが気になるところだ。



「どうしたと言うんだ、ステアリア。何をそんなに興奮することがある。説明しろ」

「何を呑気なことを言ってるんですかっ! これは一体どういうことかと聞いているのですっ!」



 憤怒の形相のままカツカツと甲高い足音を鳴らし、玉座の間の中心まで来たステアリア。そこで仁王立ちになったかと思えば、右手に持つ紙の束をズイッと差し出してくる。


 その束は前日、この定例会議のために俺自ら考えた企画書だった。


「お前が催促するから仕上げたものだろう。何か不備でもあったのか?」


 第一、魔王が企画書を考えるなど、今まで聞いたことがない。思うがままに破壊や殺戮を繰り返し、理不尽に支配し拡大する。それが本来あるべき魔王の姿というものだ。


 俺が魔王となり、順調に侵略が進んでいた時のことだ。ある日、ステアリアはこんなことを言ってきた。



『何故、歴代の魔王が世界を征服出来なっかったと思いますか? それは魔王の独断で好き勝手やっていたからです。結果、内部で反乱が起き、勇者ごときにスキをつかれて倒されてきたのです』



 だからこそ統率が必要なのだと、魔王自らが企画書を出して意思の統一を図らなければならないのだと。


 確かに企画書を考えるようになって以降、侵略がスムーズに進むようになったのは否めないところではある。




「不備でしかないからこうして抗議に来ているのですっ!」


 そう言って凄んでくるステアリア。このように怒っていなければ、全ての者を魅了できるというのに。


「なっ! ……何を仰ってるんですかっ! 今はそんなことを言ってる場合ではございませんっ!」


 頬を赤らめながら言われても説得力がないのだがと思いつつ、ここはステアリアの主張を聞こうと顎をしゃくって促した。


「今回の東と西の都の同時侵略の件ですが、どうしてこんなにも予算が両極端になっているんですかっ!? 訳がわかりませんっ!」


 企画書に視線を落とすステアリア。その真面目な眼差しが凛々しくて美しい。



「なっ!!!!!!!!」



 再び顔を赤らめ、睨みつけてくる。口をワナワナと震わせ何かを言いたげにしていたが、直ぐに書面に視線を戻してしまった。


「まずは西の都ですが、何ですかっ!? この予算はっ!? 高すぎますっ! ありえませんっ!」


 西の都とは、この大陸では一番の大国。人口が多く、戦力も充実している武力国家だ。勇者こそいないが、大陸一を誇る騎士団の実力は侮れない。


「そこに兵力をつぎ込むことなど当たり前のことだろう。何が不満というのだ?」


 そう言った俺の何が気に食わなかったのか、別の意味で顔を真っ赤にしたステアリアが抗議をしてくる。


「不満に決まっているでしょうっ! 確かにあの国の騎士団は強力です。だからといって何ですか、このケルベロスの数はっ!? 百頭? あり得ないでしょう! このくらいの規模であれば三分の一で十分ですっ!」

「それだけの数であれば、西の都など一気に攻略できるのではないのか?」


「あのですね、ただ単に攻略すれば良いと言うわけではないんです! 後のことも考えてもらえませんか?」

「後のことだと? どういうことだ?」




 全くもうと呆れるステアリア。ため息をひとつ吐き、言葉を続けてきた。


「いいですか、魔王様。まずは魔獣ですけど、ケルベロスは確かに強力な魔獣です。ですが、あいつらは不経済極まりない生き物なんです」

「不経済極まりない? なんだそれは?」


「ケルベロスとは胴体がひとつなのに頭が三つもあるんです。分かります? 胴体はひとつなんですよ? なのにあいつらは三つの頭で普通に一体分ずつ食事を摂るんですよ!」

「それはそうだろう、口が三つもあれば各々が食いたくなるのは自然の摂理と言うものだ」


「それが問題なんですっ! 百体も導入すれば三百体分の食料が必要なんですよっ! そんな予算、どこにあると思ってるんですかっ!」

「それくらいの余裕はあっただろう。 この間、南の都を落とした時の金貨がまだあるのではないのか?」


 そう言うと、ステアリアは企画書を乱雑にめくりながら声を荒らげてきた。


「その金貨の使い方にも問題があるんですっ! 何ですか、これっ! このゾンビ兵ひとりひとりに金貨一枚ずつって、必要ないでしょうっ!」

「あぁ、奴らも元は人間だ。金貨を掴まらせれば喜んで働くのではないのか?」


「元は人間でも今はゾンビですっ! もう食欲以外の欲求はないんですよっ! 人間を見つけたらかぶり付くしか脳がないんですよっ! そんな奴らに何で金貨を持たせるんですかっ! もし報酬を出したいのなら侵略に成功し、生き残った奴らだけに渡せばいいんですっ!」

「なるほど……一理あるな。さすがはステアリアだ、これからはそうしよう」




 そう謝辞を述べると、何故か視線を逸らされてしまった。もっと別の言い方にすればと良かったのかと思った矢先、咳払いをしたステアリアが再び企画書をめくり、突き出してくる。


「それに対して何ですかっ? この東の都の攻略予算はっ? 確かに西の都の半分の人口ですが、ここに一切の予算を掛けないのはどういうことですかっ? 意味がわかりませんっ!」

「あぁ、そこか。そこは俺が自ら出向こうと思ってな。西の都に予算を注ぎ込んだ分、採算がとれるのではないのか?」


 それを聞いたステアリアは瞬時に憤怒の形相となり、甲高い足音を立てて玉座に座る俺の目の前に勢いよくやって来る。そして、指先を俺に向けてきた。


「何を言ってるのですかっ! あなたは自分が何者か分かってるんですかっ!」

「ん? あぁ、魔王だが?」


「その魔王様が自ら出向くなんてありえませんっ! どんな尻軽魔王様ですかっ! もうちょっと部下を信用したらどうですかっ! それに、そこの予算を割くくらいなら、西の都の分を削ってバランスを取るべきですっ!」

「そうか? 合理的だと思ったのだが」


 全く……予算が多すぎるだの割くなだの、自分が企画書を書けと言っておきながらこの対応。ため息しか出てこない。いったいこの俺にどうしろというのだ、こいつは。




 そんな嘆きをきいたステアリアは突き出した指を戻して仁王立ち。ふんっと鼻を鳴らし、睨みつけてきた。


「第一、何で東の都にはお一人で向かおうと考えたんですか? その意図を教えて下さい」

「ん? あぁ、俺が自ら出向くとは言ったが、ひとりで行くとは言っていないぞ。行くのは二人だ」


「はぁ? 二人って……誰と行くつもりです? 魔剣士のガルドンですか? それとも暗黒魔道士のジャンバラですか? それとも、獣人のギャン?」

「いや、東の都へは俺とステアリアで出向こうと思っているが」

「……………………………………はぁ?」


 たっぷりと間を取ったにしては、間抜けな反応を見せるステアリア。なかなか見せない表情だけに、それもまた愛らしいく思う。


「か……からかうのは止めてくださいっ! なっ……何なんですか、いったいっ! せっ……説明してくださいっ!」

「何を言っている、元よりあそこはお前が欲しがっていた所だろう。魔族にも癒やしの効果がある泉があるのではなかったのか?」


「それは……そうですが。でも、どうして……」

「お前は魔族にしては真面目で働きすぎだ。だが、そんなところに助けてもらっているのも事実。だが、少々甘えすぎではないかとガルドン達に言われてな。だから今回は慰労を兼ねて二人で行こうと思ったまでだが、変か?」


 顕になっている褐色の肌の全て真っ赤に染め、急にモジモジし始め何か言おうとし、結局は黙り込んだしまったステアリア。わかり易すぎて頬が緩みそうになる。


「これ以上、俺の企画書に異論は無さそうだな。では、行こうか」

「行こうかって……これからですか!?」


「もちろんだ。善は急げと言うだろう? まだ何か言い足りないことでもあるのか?」

「いえっ! と……とんでもありませんっ! お供いたしますっ! 直ぐにドラゴンの手配をしてまいりますっ!」


 そう言って素早く玉座の間を飛び出して行ったステアリア。扉を通り抜ける瞬間にステップを踏んでいったのを見逃さなっかた。そんなに浮かれるものなのかと思ってしまうのだが。





 身支度を済ませ、城の屋上に向かった。そこで俺や四天王はドラゴンに乗り、出撃ようにしている。屋上の中心ではすでにドラゴンが連れてこられており、その傍らに四天王が勢ぞろいしていた。


「魔王様、準備は出来ました。いつでも出発可能です」

「そうか。ところでステアリア、なぜドラゴンが二体もおるのだ?」


「えっ!? いや……だって、私と魔王様用のドラゴンを用意したのですが……」

「二人で出向くのだ、二体も必要ないだろう。それこそ効率が悪いというものだ。使うのは俺のドラゴンだけでよい」

「ふっ! 二人でっ!?!?」


 そう指示しただけで、再び全身を茹であげるステアリア。漆黒の女神としての威厳はどこに行ったのやら。ただまぁ、恥じらう姿も新鮮で良いのだが。




「そういうわけで俺とステアリアは東の都を落としに行ってくる。ガルドンとジャンバラとギャンは予定通り、西の都の方を頼む」

「かしこまりました。で、お帰りはどのくらいを予定しておりますか」


 ガルドンの質問を受け、ふと、ステアリアに視線を向ける。当のステアリアは真っ赤な顔で、不思議そうに俺を見返すのみだ。


「そうだな、子を宿すまでは戻らん」

「なっ!!! 子どみょ!?!?!?」

「承知いたしました。ごゆるりと」


 揃って頭を下げるガルドン達の前を通り過ぎ、ドラゴンの元に。しかし、何故かステアリアな一向に動こうとしない。どうやら完全にほうけているようだ。


 日頃からカリカリとした表情ばかりを見せるステアリアだが、こんな一面もあるのだと思うと自然に頬が緩んでしまう。


 こいつのためなら都の一つや二つくらい、難なく潰してやってもいいと思えてしまうほどだ。




 なかなか動こうとしないステアリアの元に移動し、腰と膝裏に腕を回し抱き上げる。


「ひっ!?!? まっ……魔王ひゃまっ!?!?!?!?」


 全く……世話のやけるやつだ。


「ゆくぞ、ステアリア」

「っ!!!!!! はっ……はひっ!!!」


 ステアリアを抱き上げたままドラゴンに飛び乗り、飛び立たせる。城が小さくなり、東の都に方向を向け飛行を始めて暫く経った時、腕の中で抱かれるステアリアが恥ずかしげに声を出してくる。


「あの……魔王様……その……ですね」

「ん? どうした? らしくないではないか、言ってみろ」


「はい……えっと……私、子供は三人ほど……欲しいなと思って……ま……して……」

「む? そうか。ならば魔王城を東の都に移さねばならんな」


 俺の言葉が理解出来なかったのか、ステアリアは口を開いたまま固まってしまった。そんなに変なことを言ったつもりは無かったのだが。


「あ……あの、それはどういう……」

「うむ、子を宿す度にここまで来るのは億劫だろう。だったら魔王軍の拠点を移す方が良いとは思わんか? これもまた、合理的と言うやつだろう。それとも、何か問題でもあるのか?」


「ひへっ! ありまひぃぇん!!!」

「そうか。では急ぐとしよう、しっかり捕まっていろよ」




 それから二日で東の都は、俺とステアリアに滅ぼされることとなる。その後は城を建て替え、魔王軍の拠点は完全に東の都に移ることとなった。


 そこにあった【癒やしの泉】の効果は想像以上のものだった。魔族にも効果があるとは聞いていたが、泉に浸かれば傷は癒え、気力も体力も戻る。


 さらに活気に溢れ、部下の士気も高まり、結束力も上がったとの報告も受けた。いい事ずくめとはこのことか。


 ただ一点、想定外なことがあったとするならば、ゾンビ兵を泉に浸からせると身体が光だし、全てが成仏していったことぐらいだろうか。


 これで一体分ずつに金貨を持たせることが無くなったと、ステアリアも大喜びをしていた。これも、結果オーライというやつだろう。




 それからも魔王軍の快進撃は続く。


 転生された勇者も、最強と呼ばれる騎士団もことごとくなぎ倒し、最強魔王軍は五百年以上の歴史を刻むのだった。



「ゆくぞ、ステアリア! 今宵も王国軍を刻み尽くすぞっ!」

「はひっ! 魔王ひゃみゃっ! どこまでも、お供いたしましゅぅぅぅっ!」



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