―看板→
高黄森哉
不時着
宇宙船が黄色の砂丘に頭から突き刺さっている。黄色いうねが幾重にも波打つこの砂砂漠の真ん中に、不時着した一機の宇宙船。丸い扉が空き中から宇宙飛行士が出て来た。
彼は人型だった。まさに地球から来た、地球星人であった。彼はこの星の紫外線から身を守るために、重い重い宇宙服を着続ける必要があった。蒸し焼きになりそうなこの灼熱で、ずんぐりむっくりな通気性がない着ぐるみを着続ける地獄。
焦土だ。それも、過ぎ去った焦土ではない。現在進行形の焦土である。砂漠に動くものはなにもなかった。近すぎる恒星が、動く者全てを干からびさせてしまったのである。この惑星の生物はもっぱら地中にいた。
彼を最初に襲った絶望はなんといっても熱であった。宇宙飛行士は決心した。幸いこの惑星の大気が地球とほとんど同一なことは、宇宙船に備えられた検査キットで判明している。この恒星からの光線から体を守れさえすれば、生きて行ける。
服を脱ぐのだ。
眩しさ。全てが白んでいる。黄色い砂粒一つ一つがきらきらと真珠の輝きだ。弦をなぞる、ざらついたギターの音ににた熱気。茹だりそうな乾燥質の熱波は、彼の肺に入り込んだ。
普通、肺と言うのは冷却を任せられている。肺胞は毛細血管が張り巡らされていて絶大な表面積を持つ。いわば人体のヒートシンクだ。だが、この暑さではその働きは雀の涙に等しかった。
汗がこめかみを伝う。滝のように流れて来る汗をぬぐっては、口に運ぶ。こうしていないと、生きたままミイラになりそうだった。しょっぱさが口を伝う。それでも、出ていく水分の方が多く感じられた。
宇宙飛行士は歩く。重い宇宙服を日傘にして。
宇宙船を直す必要があった。宇宙船は直る見込みはないが、そのまま船内で何もせず力尽きるより、助かることを考えて死んだ方が、後悔がのこらないはずだった。だけど今、彼は船内で死を待つ選択をしなかったことを非常に後悔している。
いつでも死ねた。何故なら、銃を持っているからだ。宇宙飛行士たるものは、いつも自殺用の道具を肌身離さず持っているものだ。なぜなら、生存が絶望的な状況に陥ることは少なくないからだ。でもそうはしなかった。
彼はどのように船を直すか思考を巡らせながら一つ目の畝を超えた。巨大なうねり、この大波せいで向こうが見渡せなかった。地球にはない規模の砂丘である。ビル一つ飲み込みそうな砂の壁。稜線は風に吹かれ常に砂の尾を引いていた。
風が体を打ち、幾分か暑さがマシになるかと思ったが、拭きつけるのは巨大な熱風だった。どさり、と膝から崩れ落ちる。頂上から見える景色は、砂ばかりだった。砂、砂、砂。地平線までどこを見ても砂だらけ。その中で一つ目を惹く物があった。
→
矢印の看板だ。この惑星には、知的生命体がいるのだ。彼は灼熱感を忘れ走り出した。看板、それは胸程の大きさだ。金属製で、パイプ一本足で立っている。標識、といったほうが正しいのかもしれない。
看板は等間隔で置かれていた。看板はかなり古びており、全てに個性があった。作者は全て別なのかもしれない。また時々、折れていたり、矢印がなかったりした。そういう場合は、少ない証拠から矢印の向きを推測するしかない。
やがて男は、矢印とは直角方向に、もう一つの矢印を見た。そこは丘の天辺だった。矢印の後方には別の矢印があり、前の矢印を示していた。矢印の行列は二列あったのだ。いや、それどころではない。遠くに三列目が見えた。
そしてその矢印の列同士は、平行から微妙にずれた位置関係であった。矢印の頭を辿るにつれて、列同士の幅はどんどん狭まっていく。つまり、この矢印は、ある点をさしているということだ。希望が湧いた。
矢印を追うたび、列はどんどん狭まっていく。地平線の彼方からいくつもの矢印の行列が合流してくる。すると矢印の方角に山のようなものが見える。あれが終点か。砂漠のピラミッドというには黒く角度が急すぎる構造物。
男は、矢印が八方から突き刺す、ピラミッドの前で膝をついた。それは干からびて黒ずんだ死骸の山だ。ミイラの中には爬虫類型やグレイ型もいた。これは、この星にたどり着いた宇宙飛行士たちの集団墓地であった。
この惑星に水や食糧がないなら、せめて集団で眠れる安らぎを。先人たちの偉大な仕事。男は願う。いつか、ここを訪れた宇宙飛行士が、
尖塔はまた一つ、宇宙へ近くなった。
―看板→ 高黄森哉 @kamikawa2001
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