第10話
刀根警部補は言葉で言い表せない感動を感じ、急いで、みどりの所に向かった。刀根警部補は署に応援を寄こすように向かうように連絡していた。救急にも知らせた。パトカーと救急車がこっちに向かって来ていた。居候の五人は武藤条太郎の木刀に打ちのめされ、中には足首を骨折している者もいたからである。四郎佐は右足首を斬られ、重傷だった。
みどりは夜空を見上げて、三日月に笑みを浮かべていた。
「みどりさん・・・やっぱり、凄いわね」
みどりは無言のままだった。
刀根警部補は武藤条太郎とみどりを坂上村の自宅まで送って行くことにした。
「この子はよくやりました。刀根さん、そう思いませんか?この子はまだ十歳なんですよ」
「はい、そう思います」
みどりは祖父に寄り掛かり眼をつぶっている。眠っているのではないようだった。老爺の手は孫の小さな肩を抱いている。
「みどりさん・・・疲れたのですね」
武藤条太郎は返事をせず、闇の中を走る車からじっと窓の外の闇を見つめていた。条太郎はあの男のことを思い浮かべていた。
(確か・・・九鬼とか言ったかな?近頃見なくなった逞しい男だった。ああ・・・きっと会える・・・私はそう信じている。私も歳を取った。いつまで生きられるのか分からない。だが、この子が立派に成長するまでは死ねない。女として・・・。あの方に会うその時までには、みどりを立派な女に・・・)
「刀根さんは・・・あの人をよく知っているのですか?」
刀根警部補は一瞬誰のことを言っているか分からなかった。が、すぐに、
「よく・・・と言うほどではありませんが・・・」
「何処に住んでいるのですか?」
「それは、私にも分かりません。今も日本中を旅していると思います」
「そうですか。また、上田に来てくれるでしょうか?」
「えっ、ああ・・・来ると思いますよ。会ったら来るように伝えますか?」
「そう、願います・・・良かった。また会いたいものです。そうそう、あの黒猫にも、毛並みのいい犬にも・・・」
「ビビとランですね」
「この子も時々会いたいと言っています」
「そうですか・・・そのことも伝えておきます」
みどりが動いた。
「起きろ、みどり。もうすぐ坂上村だぞ」
みどりはうっすらと眼を開けている。その眼は三日月を捉えていた。三日月の輝きは淡い。
「じいちゃん・・・」
「ああ、よく頑張ったな」
バックミラーにはみどりの顔が映っていた。優しい微笑みが口元に浮かんでいた。刀根警部補は、
「さあ、もう着くよ。みどりさん」
と、言った。彼女も気分に良い笑顔になっていた。
《了》
武藤みどりの夏休み けやき並木遊歩道の決闘 青 劉一郎 (あい ころいちろう) @colog
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