第9話
みどりと四郎佐は向かい合い、一歩も動かなかった。二人の呼吸の音が聞こえて来る。乱れはない。二人とも、動けなかったといった方がいいかも知れない。
四郎佐のこの小娘の異常な殺気を警戒している。それはみどりにもいえた。今日の朝祖父から受けた厳しい剣の修行は非常に不可解なものであった。条太郎は太い木片をみどりの足元に次から次へと投げてくる。みどりはその木片をぴょんぴょんと撥ねながら逃げ回っている。もともとみどりは身軽で、時には五六メーターくらいは飛んだ。彼女の遊び場になっている森林の木々を飛び回っている毎日だった。
「何なの、じいちゃん」
とみどりは文句を言ったが、条太郎はやめない。結局、刀根警部補が来るまで、その修行は続いたのだった。
「みどりさん、大丈夫でしょうか?」
刀根警部補はぽつりといった。
武藤条太郎は黙っていた。二人は十メートルほど離れている。
「大丈夫ですよ。あの子は、それなりの準備はしてきました。見ていて下さい。先に動いた方が負けだ。みどり、何処まで我慢できる・・・」
時間が止まっていた。
どれだけかして、
「小娘、お前は何者だ?」
四郎佐が動いた。
「勝った!」
老爺がいった。
四郎佐は、二人の間に漂う緊迫感に堪えられなかったのだろう。
みどりは左足を引き、陽の構えに入った。みどりは右肩を出し、木刀は四郎佐からは見えない。
「みどり、三日月に飛べ・・・」
条太郎が叫ぶと、みどりは美しい輝きを見せている三日月に向かって、飛んだ。彼女は二の丸橋に上に来た。
「じいちゃん・・・」
その後、
「みどり、殺すな。あいつの右足首を斬れ!」
そして、みどりに刀剣を投げ与えた。武藤の家に伝わる名刀・備州長船住景光は上杉謙信が愛用していたものである。
「じいちゃん、分かった」
みどりは武藤条太郎から景光を受け取った。
「みどり、夜空を見ろ!お前も気付いているだろうが、お前の好きな遊び仲間の三日月だ。この夜もお前に味方をしているぞ」
みどりは夜空を見上げた。みどりはにこりとほほ笑んだ。
みどりは今度は二の丸橋の西側からケヤキ並木遊歩道に飛び降りた。
「じいちゃん・・・やるよ。見ていて・・・」
みどりは改めて左足を引き、景光を八相に構えた。
「行くよ・・・」
そして、右肩を出し、陽の構えに変じた。景光が消えた。
「みどりさん・・・」
刀根警部補はちょっと心配になる。
「大丈夫です。見ていて下さい。今日の朝、やるだけのことはやっています。すべてに万全です」
みどりは目の前に敵に向かって、走った。
四郎佐も、みどりに誘われるままに動いた。
まだ景光はみどりの小さな体に隠れている。
「また、同じ剣法か・・・ふふっ!」
昨日の夜は・・・みどりは負けた。
そして、同じようにみどりは四郎佐と接する手前で三日月に飛んだ。
「馬鹿め!やはり、子供だな」
みどりは再び二の丸橋の上に降り、今度は反対側の東側からケヤキ並木遊歩道に再び降りた。
「じいちゃん・・・」
みどりは四郎佐に景光を陽の構えのまま突っ切った。
「ギャッ・・・」
四郎佐の奇声があがり、続いて苦痛の叫びが三日月の下に響いた。この時、四郎佐の右足首が空に飛んだ。
「じいちゃん・・・」
「みどり、よくやったな。刀根さん」
条太郎は二の丸橋の上から見下ろし、孫のみどりを褒めた。
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