第4話

『魔物』それは古来よりこの世界に存在し、人間たちとは交わらず、独自の文明を築いてきた。いまだ謎が多く、時折人里へ出没しては人や物資を奪っていくため討伐の対象となる。

 魔族にも知能の高い種が存在し、魔族の集まる国があると言われているがその多くは謎に包まれている。

 魔物はそのほとんどが魔力を有している。オルゼンギア公国の国民のほとんどは魔力を有しておらず、魔力は魔物由来の力と考えられているため、魔力を有する人間は偏見を持たれ、差別の対象となることも少なくない。

 オルゼンギアではオルゼンギア軍の騎士達が主に人里に近づく魔物を討伐しているのだが、オルゼンギア軍では手が回りきらない場合や、驚異の少ない魔物の討伐の場合は訓練も兼ねて黒鉄学園へ依頼されることもままある。それで第七班に魔物討伐の依頼が回ってきたということだろう。


「それで、どうしてうちの班が魔物討伐なんてすることになったんだよ」


 エンハルトが不服そうに口を尖らせる。


「お前達はオルゼンギア軍の騎士を目指しているんだろう?ならば魔物討伐も経験しておいたほうがいいだろう」

「そうだけどよぉ」


 エンハルトはしぶしぶといった表情で引き下がる。

 ソーマたちの通う黒鉄学園では機械技師としての腕を磨く者と貴族として一流の学業を受けることを望む者、そしてソーマたちのように武芸を磨きオルゼンギア軍への入隊を目指す者と様々な思惑を持った生徒がいる。ソーマたち第七班は三人とも騎士としてオルゼンギア軍への入隊を目標をしている。そのため魔族討伐のような場合はソーマたち第七班の演習としてしまうのが都合が良いのだろう。


「お前たちも普段の訓練で鍛えた腕を実践で試したいだろう」

「確かに実践経験を積むのにはいい機会かもな」


 黒鉄学園内では対人での訓練はできるが、対魔物での訓練はめったにできないためソーマも心の中でひそかに胸が躍る。


「全員そろったことだし各々荷物を持て、そろそろ出発するとしよう」

「ちょっと待てよミコトちゃん、ルーベまでどうやって行くんだよ」


 肩に担げるほどの大きさの麻袋と、自身の相棒である身の丈ほどもある大剣を担ぎ、稽古場をあとにしようとするミコトにエンハルトが問う。

 ルーベは黒鉄学園から直線距離でも1000キロメートルはあり、列車で向かうにしても一日かかるほど遠いうえ、ルーベまでは列車が通っていないため、ルーベとオルゼンギアを分かつレコン川に架かるエルトリンデ大橋からは歩いて向かう必要がある。

 しかし、エンハルトの心配をよそにミコトはあっけらかんとした態度でアリアへと視線をやるとアリアが代わるように言葉を放つ。


「心配はございませんわ。私の家で開発されている特別な車両をお貸ししますので普通の列車ほどは時間はかかりませんわ」


 それと、と繋げながらアリアは全員に一枚ずつ紙を配りだした。


「アリア、これは何なんだ?」


 紙を手渡されたソーマが聖女のようににこやかな表情を浮かべるアリアに尋ねる。

 なにやら紙には文字が書かれている。


「ソーマ様、こちらは誓約書ですわ」

「誓約書?」


 唐突にアリアから繰り出される不穏な単語にミコトを除く全員の顔がこわばる。

 するとアリアは絵画に描かれたら後世に語り継がれるような美しい笑顔を向ける。


「これから乗っていただく特別車両は安全の保障は出来ませんので、何があっても自己責任であるということにご同意いただくためのものですわ」

「はあ?」


 まったく大げさだなアリアは、と言いながら笑うミコトに対してにこやかながらも本気の様子のアリア、特に動じていない様子で誓約書にサインするエイン。

 そんなたくましい女性三名を見やりながら、ソーマ、エンハルト、アランの三人は顔を引きつらせる。

 マジかよ…………という誰とも分からぬ細い声が、風になびいて消えていった。


 こちらですわ、とアリアに促されるままにソーマたち一同は稽古場を発つ。そして、いまだ賑わう食堂をわき目にに植え込みの隙間を縫って行く。

 手入れの行き届いた植木もだんだんと植物としてあるがままの姿が目立つようになってくる。


 「なぜ私がこのような道を通らねばならんのだ」


 稽古場を出たときには勇んでアリアのすぐ後ろを歩んでいたアランは辟易とした様子でいつの間にか最後尾を歩いている。

 貴族として育ってきた彼にとってここまで手入れのされていない道を歩くのは想定外だったのだろう、いつもの憎たらしい態度はどこかへ行ってしまったようだ。


「温室育ちの貴族様は虫も触ったことなさそうだよな」


 そう言うエンハルトの声色はどこか楽しげだ。アランに普段憎まれ口うをたたかれている分、弱点を見つけてここぞとばかりに野次る。

 言い返してこないあたり、アランは相当堪えているようだ。


「エインは大丈夫か?」


 ソーマは自身のすぐ後ろをぴったりと離れず歩くエインに声をかける。


「大丈夫だよ、ソーマ。それにこういうのは慣れてるから」


 エインは獣道のようになっている道を足場の悪いことを感じさせないような軽やかさでソーマに応える。

 そうか、と返すソーマの中でどうもエインの言葉が引っ掛かった。

 エインのリーガンベルク家の名はオウマから聞いたことがある。ソーマの記憶では上流議会の一員だったはずだ。

 上流議会とはオルゼンギア公国の中心となる中枢五家を中心とする議会であり、上流議会の一員であるか否かで家名の意味が大きく変わる。中枢五家にはアランのバリュデュール家とアリアのリンドブルム家が含まれる。

 立場的にはリーガンベルク家は中枢五家より下になるが、貴族がこのような足場の悪い整備されていない道に慣れているなどということがあるのだろうか。

 エインとは黒鉄学園に入学してから知り合ったうえ、エイン自身、自分の家系のことをひけらかすようなタイプではないのでソーマの知らないことは多い。

 アランのようにわかりやすければよいのだが、と感じるソーマとエインの間に割り込むようにアランが入ってくる。


「エイン殿は自然がお好きなのだな。それならば貴女を我が家に招待したい、我が家の自然豊かな庭はきっと満足いただけるだろう」


 先ほどまで意気消沈していた様子が嘘のように生き生きとしたアランがエインへ詰め寄る。心なしか先ほどよりも自慢の金髪がつやつやしているような気がする、どういう原理なのだろうか。


「行かない興味ない」

「慎ましやかなところも貴女の美点でありますが、遠慮することはありません」


 渦中のエインは心底興味なさそうな声で突き放すものの、それを意に介さずなおもアピールを続けるアラン。

 無敵のメンタルを誇る彼を前にエインは表情でソーマへ助けを求めてくる。

 明らかな行為を向けるアランの様子を見るに、できれば当人同士で解決してほしいものだが、と考えていたソーマもエインが不憫に思えて助け舟を出そうとする先頭を歩いていたアリアが足を止め振り返る。


「皆様到着いたしましたわ。こちらが私たちをルーベへ連れて行ってくださる特別車両ですわ」


 アリアが手で示す先にあるのは一見普通の列車から一車両を切り取ってきたような直方体。

 しかし、その中で先頭部分が明らかな異彩を放っている。先頭部分が船の船首のように突き出て、そこから流線形のフォルムを描く。

 異様であるが無駄を感じさせないそのフォルムは、今までにソーマは見たことがない。ソーマだけでなく、おそらくはここにいるアリア以外の全員が初めて見る形状だろう。

 ミコトは以前にも見たことがあるのか全く同様を見せず、呆気にとられるソーマ達を気にせず車両の入り口に足をかける。


「お前たちも早く乗れ、ルーベに向かうぞ」

「本当にこれに乗るんですか?」

「あらあら、何を心配なさっているのですか?」


 従来のものと違う奇妙な列車に不安を隠せない様子のソーマに、アリアは何も心配することはないといった表情を見せる。


「ご安心ください、半日もかからずルーベに到着いたしますわ」

「心配してるのは時間じゃなくてな……」


 本来の列車で一日以上かかる道のりを半日かからないということとさっき書かされた誓約書の内容が心配なんだが、という言葉は親に満点のテストを見せに来たような笑顔で列車を自慢するアリアには言えず、ソーマは言葉を飲み込んだ。

 語らずに思案するソーマに気が付いたアリアがはっとする。


「もしかして列車で酔ってしまうのですか!?」


 もうそれでいいよ、とソーマは空を仰いだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

機械と君とマグリア @fl0

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ