『ミラーマッチ』

小田舵木

『ミラーマッチ』


 私は16歳になったのと同時にメイクをし始めた。

 と。言っても本格的なモノではない。

 単に素肌をさらさなくなった、という程度のモノである。

 

 しかし。

 毎朝、ドレッサーに向かう訳なのだが。

 そこで私と『ドッペルゲンガー』の分離が進んでいようとは夢にも思わず。

 1年をかけ、ソイツは成長し。

 17歳になったと同時に…

 

                   ◆

 

貴女あなたに付き合う義理はない」鏡の向こうの私はそう言い。 

「そう言いなさんな」私はこたえたさ。部屋の中だ。独り言を言っても大した問題はない。

「あのね。あたしはしたい訳」彼女はそういう。

「…それで貴女は生きられる訳?」当然の疑問。貴女は私の鏡像きょうぞうであり。

…だから、言ってんのよ」鏡の向こうの彼女はにらみつけてくる。

「わーお」コメントが貧弱になるのもやむ無し。だってさ。自分の鏡像が「今日から独立しますわ」なんて言い出してみなさいよ。

「今、不可能だって思ったでしょ?」彼女は問う。私をなじるように。

「普通の思考回路してりゃそうなる」

「鏡の向こうのと喋ってる事が普通な訳?」

「私のオルタナティブ。仮託かたく」こう言ってはみるが。動揺してない訳ないじゃない。

「あたしはね。」彼女は宣言し。

「の割には私の化粧した姿を借りている」

「貴女のスッピンとは乖離かいりしている。それで十分な訳」

「そこまで顔イジってないって」実際目元めもとはほぼ弄ってない。ディファインはっきりさせる位はするけどさ。

「いいや。些細ささいな違いにあたしは立脚している。そして。1年かけて像を磨いた…」

「かくして、私はあたしになりき」一人称の違いには気付いているさ。

 

「貴女は自分のペルソナ仮面の一部だと思っているだろうけど―もう、遅い」そう言う彼女は鏡を乗り越えた。そして。

 

 私の後ろにあたしが居り。

 鏡に対面する私はきょをつかれた。

 なにせ。鏡に自分の像が写っていない。

 これは。私の存在が曖昧になり始めた証拠であり。

 

「貴女には失ってもらう」私の副産物であった『あたし』は私の首に手をかける。後ろから。

 私はその手を掴んで抵抗しようとするが―空を掴んでいることに気づき。

?」私の実体は彼女に持っていかれて。

「でも」彼女はそう言い。

「消してしまいたいのね?」かく問えば。

「居なくなってよ」彼女はそう言い。

「…勝てるわけないじゃない」私がそう言えば―


鏡子きょうこ?ご飯食べにきなささいよ!!何時までもメイクしてないで」母の乱入。

 そして、私の鏡像は「今いく」と去っていき。

 部屋には私が遺されて。

 私は部屋を全力疾走で去り。

 異常なシチュエーションから逃げた。

 

                    ◆

 

 走り去った私は。家を。近所のコンビニに入ろうとしたのだが。

 自動ドアに反応しない私がいることを発見し。ショックを受け。

 別の自動ドアではないコンビニに行きはすれど。

 入店を知らせるチャイムがならない事に気がつく。

 なんとも奇妙な状況である。

 

 これが私が今まで気付いた事。

 トイレの前に設置された手洗い場の鏡をのぞけば―私は居ない。だが。干渉はできる。ものは掴める。

 意味が分からない。それと同時に自分の曖昧さに気づく。

 

  

                    ◆


 この状況で学校にいく気になるか?

 ノーである。

 そんな訳で―私は近所の公園のベンチに座り。

「どうすんべ?」つぶややけど返事はなく。

 ここまでの道にあった自販機で買ったコーヒーをすする。無人の機械は私にモノを売ってくれた。コンビニでは店員に気づかれなかったのだ。


 コーヒーという実体は私の喉を伝い下りていき。胃に収まる。

 最高に意味が分からないこの状況。如何いかにすべきかと思うが。

 

 1つ、気になることがある。

 あの『あたし』とやらは学校でどう過ごすか?であり。

「気が進まないけど行くしかないのかね」重い尻を持ち上げ、私は学校に向かうことにし。

 

                    ◆

 

 学校に侵入するのは容易たやすかった。

 なんせ、であり。

 校門の受付の警備員のおっちゃんは華麗に私をスルーし。

「仕事しろよな」私はその呆けた顔に罵詈雑言をぶつけておき。

「ふぁ〜あ」あくびで返事をされ。

 なんとも言えず腹が立ったので、彼にそこらで拾った小石をぶつけといた。

「痛っ」おっさんは去りゆく私の背中に悲鳴をぶつけて。

 

                    ◆

 

 午前9時30分。

 ちょうど一限目がはけた所で私は何時もの教室に侵入し。

 『あたし』の視界に入らないようにコソコソ机の間をかがみ腰で移動すれば。

 彼女は教室の後ろの方で私の幼馴染である恭太郎きょうたろうと話をしていたのだ。

 

「それでさ。思うわけ」

「さようか。は―」

 

 一見したところ問題ない会話だが。ここにはがある。

 登場人物の一人称が違うのだ。これが何時もなら、あまり気にもしないのだが。

 なにせ状況が状況。何時も『僕』と自分を差す恭太郎の一人称が『俺』にすり替わっている。

 しかしまあ。今の私では―どうしようもない。

 部屋で充電していた携帯は『あたし』の手にあり。

 都合よく恭太郎が現れる場所があれば良いが…ん?いや、ひとつ思い当たる所がある。

 

                   ◆

 

 春風そよぐ青空の下。私ははためくスカートを抑え。

「一体、アンタは何をやらかした訳よ?」と幼馴染に問うてみる。

「そっちこそ」彼はこたえるが。

「私は―メイクし始めたのがいけんかったらしくてね」

「僕はさ―したのが悪かったらしいよ」

「ああ。『タクシー・ドライバー』ね」恭太郎のフェイバリットムービー。

「どうするよ?」

「どうしようもなくない?私達は鏡像に干渉できない」

「んだよなあ」

 

「ああ。でも。そういや」気付いた事は共有。「モノに干渉はできるよね」

「だなあ。さわれはするんだよな」

「…?」思いつきだが。

「そうすると、僕達はどうなるんだろうな?」

「一応はオリジナルな訳で。主導権は握られてしまっているけど」

「取り戻せるかな?」彼は不安そうに問う。けどさ―

「どうかは分からないけど、るっきゃなくない?じゃないと永遠に日陰ひかげ暮らしだよ?」こういう時は女性の方が思いっきりが良いのかもしれず。

「マジかよお」そういう彼は情けない顔をしており。

 

                   ◆


 かくして。

 放課後なのだが。

 私達は世界に観測されないという利点を活かし、武器を入手しており。

「どうしてそうなる?」父親のゴルフクラブをちょろまかしてきた恭太郎きょうたろう

「いやあ。効くヤツが良いかなと」私の手には母親秘蔵ひぞうの筋引き包丁。文化包丁とは違い、細かいスジを引く為に鋭利に長く尖ったさきはヒトをあやめるには十分で。

鏡子きょうこにスプラッタ趣味があったとは」ドン引く恭太郎。

「一番殺傷能力さっしょうのうりょくありそうだったのはコレだった訳」言い訳するが。

「んで。やっこさん達は?」彼は問い。

「ま、普通に下校するでしょ」ここは校門前であり。

「地味な張り込みな訳ね?」彼は言い。

「日常を取り返すのに、派手さは要らん」私はこたえ。

「筋引き包丁チョイスするヤツが言うことかよ?」彼は嫌味で返し。

「さ。続けるぞ」私はコーヒー片手にそう言う。


 が。しかし。

 何時まで経ってもアイツら出てきやしない。


「まさか学校で何かしてる?面倒くせえ」一応私達は帰宅部なのだが。

「アンタ学校で勉強とかするクチだっけ?」恭太郎は家にそく帰宅して映画をみるのが日常のシネフィル映画中毒なはずだが。

「普通の僕なら終礼終わった瞬間しゅんかん帰るけどさ。アレ、僕のオルタナティブな訳で」

「学校の何処かで何かやらかしてるかもね?」可哀想に。

「それはそっちも変わらんでしょ」確かに。

「捜索しちゃう?」

「しかないね、入れ違いにならない事を祈りつつ」

 

                   ◆


 入れ違いならずには済んだ。

 だが。見たくもないモノをみるはめになった。

 屋上で―我々のドッペルゲンガーもしくは鏡像は…していたのだ。

 マジかよ…


「アンタ変態?」私は隣の恭太郎きょうたろうに問うが。

「…いやあ野外でコトに及ぶ程じゃない」それは否定として弱い。

「止めるべきだよね?」私は問うが。

「今のアレ成敗してさ、戻ったとしたら、めんどくない?」彼はかく言い。

「…楽しんでる?」はよめれ。

「男だから仕方ないよね!」と言う阿呆をぶん殴って。

「行くわよ―」私は彼らの真ん前に出れば。

 

「何しに来たのよ?」「邪魔すんな」と鏡像きょうぞう達は応え。

 

「…成敗に?」良かった、本格的なコトには至って居らず。

「ここでいたすのはヒトとしてどうかと僕も思うよ…」もっと威勢の良い台詞言わんかい。

「あたし達は貴女たちの願望を叶えてるだけ」「お前たちは望んでるんだ、この結末を」

「…そうだとしても。コレはないわね」私は啖呵たんかを切り。

「しかるべき所で致したいよ」恭太郎はアホに違いない。

  

 

                   ◆

 対峙たいじするは学校の屋上。

 私達の手には武器があり。彼女たちには何もない。

 コレは有利だよなな、と思えたのは束の間。

 まばたきをした瞬間。彼女たちの手には同じ武器が握らており。

「こりゃ、アレだ。格闘ゲーム的に言えば」恭太郎は呑気のんきに評しているが。

「…どっちが上手く自分を操れるかにかかってんじゃん」私もゲームをしない訳ではなく。

 

「かかって来なさいよ」『あたし』は啖呵を切ってきて。コレは挑発してペースを握る気だよな、と思い。

 握った筋引き包丁の長い刃先はさきを彼女に向けて。ゆらゆらさせながら私は考える。

 どうせ。武器しか接触しないのだ。頼りになるのは包丁のみで。

 ああ。どうせ考えたって無駄だ。だから私は勢いよく飛び出して。

 包丁と包丁の刃が当たる「キィン」という甲高い音がその場に満たされて。

 まるで鍔迫つばぜり合いの様相になる。

 

「中々やるじゃない?私?」『あたし』は私を評して。

「あたり前でしょうが。アンタとさして変わらない身体能力はある訳で」

「そうよねっ」と彼女は包丁を持った手をひねり上げ。

「っと!!」払われた形になる私はバックステップで間合いを稼ぎ。

「勝負がジリ貧になるのなら、攻めるだけ」と彼女は再びまっすぐ向かって来。

 私は彼女の包丁の刃先に気を取られていたが―脚元を払われて。

「ぶねっ」と踏ん張りをかけたのがスキになり。

「ここぉ!!」と包丁を握った右手に強烈な一撃を受け―包丁を落とす。

 

「さて。包丁は無くしたわよ?私?」武器の有り無しという一点で優位にたった彼女は余裕しゃくしゃくで私に詰め寄り。

「あーあ。」私はつぶやくのだが。

「このまま勝っても面白くない」『あたし』はそう呟き。

「いや。負けは負けだし」私はそう言うが。

」彼女は言う。そして吹き飛ばした私の包丁を私の脚元に蹴り飛ばし。

「まだ喧嘩したい訳?」私はそれを拾わず、話でもって彼女に相対あいたいし。

「徹底的に負けてくれないと奪いがいがないじゃない?」彼女は首を鳴らしながらそう言うが。

「…趣味悪い」こう返すしか無く。

「コレはね、」彼女は言うが。

貴女あなたは貴女になってるじゃんよ?」彼女は私を超えて、存在し始めて。

「まだ…

「完全なんてある訳ないじゃない?この不完全な世界において」

「それでも。あたしはあたしに成るために」

」んなモン知る訳ないでしょうが。

「さあ、脚元のモン拾ってかかって来なさいよ」彼女はかかってこい、と言わんばかりに包丁をヒラヒラさせ。

「やってくれんじゃん」私は包丁を拾い構えて。

 

                   ◆

 

 私とあたしは狭い屋上で相対あいたいし。

 お互いに固唾かたずんで出方をうかがい。

 コレはだな、と私は思う。出た方に決定的なスキが生じる。

 刃先を彼女に向けながら。私は間合いを詰めようとし。

 『あたし』はそれに対して間合いを離し。

 ああ。コレじゃあジリ貧だよなあ、と思う。このまま集中力が切れた方が先に仕掛けて―負ける。そうとしか思えない。

「のんびりやってる場合じゃないぜ?」私はつぶやく。自分に、彼女に。

「あたしは」気付いているよな、やっぱり。

「あーあ。貴女あなたがくれたチャンスは不意になるなあ」私は言う、ある種の敗北宣言であり。

「んじゃあ。さっさと来なさいよ」彼女は包丁の切っ先をヒラヒラさせて挑発するが。

「むざむざ殺されに行くわけないでしょうが」負けるにしたって美学はあり。

「とんだチキンね」彼女は言うが。

「臆病で結構けっこー。生きるものは生きることを渇望している訳」

「だからこその奪いがい」

「言ってなさい」

 

 こうした言葉での応酬は―終わらない。なにせ

 このままが来るのを待っても良いが。

 それは確実に私が殺される絵で。

 ああ。参ったな。

 

「おおい、鏡子」その声は。「僕の方は終わった」恭太郎きょうたろうが現れて。

 

                  ◆

 

は負けたのね」『あたし』は残念そうに言う。

「僕も案外に負けず嫌いでさ…勝たせてもらった」恭太郎は…余裕そうに言うが、怪我はしている。

「無茶したでしょ?」私は問うて。

「しないと勝てねーって」彼はこたえ。「ま。何だ。コレで2対1だよ」カッコつけるじやん。

「さ。どうする訳?」私はあたしに問うて。

「それでも奪いにいく」彼女はこたえ、包丁を先にして突進して来。

「させない」と間にゴルフクラブを持った恭太郎が割って入り。

 金属と金属がぶつかる嫌な音。先程と同じ「キィン」という音だが、私の動きは止まって無く。


 私は彼女の前まで行き。

 彼女の首元に包丁を向け。

「さっさと」と恭太郎は言い。

「負けた」『あたし』は言い。


「それじゃあね」彼女に言って首に包丁を―差し込めなかった。その前に崩れて砂になってしまっており。その砂は私に吸収され。


 こうして。

 私対あたし。僕対俺のミラーマッチは終わった…

 

                   ◆

 

 その次の日は何もなかったように訪れて。

 私はまたもやドレッサーに向かえども。

 鏡に向かうのが怖くなった。でも化粧というペルソナ仮面を纏う為には鏡が必要で。

 おっかなびっくり鏡に向かえば。左右対称の私が鏡の向こうに居り。

「もう、離れたりしないでよね」と鏡に語りかければ。同じように口を動かす私が居り。

 

 

                   ◆


「アレって結局なんだった訳?」屋上で恭太郎に問えば。

「自分でしょ」とクールなこたえが返ってきて。

「アンタどうやって勝ったのさ?」

「ん?気合?相手の武器、ゴルフクラブだかんね、、泥仕合に持ち込めるさ」

「…武器を筋引き包丁にした私が馬鹿だった訳か」と青空を見て言えば。

「お陰で僕が格好つける事が出来た訳」

「良かったわね」私は言って。

「なあ。鏡子」彼は言う。

「ん?」なんとなくこの先の答えは知っている。

「付き合ってくれ」彼は言って。「しょうがない」と私は被せてやる。あんだけ格好いいとこ見せられちゃね。


 こう思うと。

 

 

 ま、別に良いけど。

 

                   ◆

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『ミラーマッチ』 小田舵木 @odakajiki

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