【番外編】*小話*散髪

 ――綾人が目覚めてから3週間。


 相変わらず、綾人とアレクは部屋で過ごしているが、今日はアレクが少し出ると言って部屋を出た。


 きりの良いところまで本を読んだあと、次は何をしようかと本棚に本を戻しながら考えていた所、アレクの用事は文字通り"少し"だったらしく30分ほどで帰ってきた。


 ――アレクの外出で今回足枷を付けられなかったので、そろそろアレクの心の傷も癒えてきたのかと思ったら、短い時間だったかららしい……。


 でも、短時間でも足枷を付けずに離られるようになったのだから良しとしよう!


「アレクお帰り。あ……」

「ただいま」


 アレクが微笑みながら、綾人の側に寄ってきて、綾人の腰を抱きエスコートしながらソファに2人で腰掛ける。


「髪切ったんだね」

「ああ、邪魔になってたからな」

「この国に来る前の俺が傷心旅行に行こうとして再会した時の髪型だね」

「ああ、私はこちらの髪型でいる方が長かったからな」


 今まで、綾人の事が気がかりだったのか、綾人が目覚めたらアレクは奴隷時代のように短髪ではあるが耳が隠れる位には髪が長めだった。


 綾人としては、髪が長めのアレクの方と過ごした時間が長く馴染み深いが、今は形の良い目鼻がしっかり見える位にはバッサリ切られ、こざっぱりしていて清潔感があり質の良い服を着ている為、王子……というよりは小説等に出てきそうな騎士団員とか近衛騎士っぽい感じに見える。


 ……まぁ、実際にそうだったのだが。


 それに――。


「? 何か気になるのか?」

「え、いや、別に」


 ――めちゃくちゃかっこいい。


 思わず見惚れてしまったのを誤魔化すように、視線を逸らす。


 短髪だと、整っている顔が強調され美形度が上がる気がする。


 普通の人でも髪型次第である程度、美形っぽく見えるのだろうが、アレクの場合は本当に顔が良いから、髪は短く顔がハッキリ見えると、長い時よりも格好良く見える。


 そして、綾人が初めてアレクに抱かれたのもこの髪型の時で……、思い出すと恥ずかしい。


 綾人が傷心の旅に出た後のアレクとの再会時は、質の良さそうな旅装に、髪もこの位に切っていていかにも従者というようなヨハンを伴っており、奴隷の時とは別人のようだったのだ。


 あの時は居る筈のないアレクが目の前にいた衝撃からの、お互いの内心吐露に、初めての体の繋がり、すぐの旅立ち、しばしの別れという怒涛の展開で流してしまっていたが、改めて見るとこっちの髪型もアレクに似合っていて素敵だ。


「顔が赤いな。熱があるのか?」

「へっ?」


 短髪アレクの顔が近付いてきたと思ったら、アレクが綾人の額に熱でも測るように額をくっ付けた後


 ――ちゅっ


 と、綾人の唇にキスをして、目線は綾人から外さず顔だけ離れていった。


 ……。


 ……。


 ……。


 ――ボンッ。


 綾人は自分が真っ赤になっているだろう事が予想できた。


 不意に、短髪によるイケメン具合が強調された顔をどアップで見たと思ったら、離れ際のさり気ないキスのダブルコンボで、心の準備をしていなかった綾人は撃沈した。


 ……アレクの溺愛に大分慣れてきたような気がしていたが、不意打ちにはまだまだ心乱される綾人だった。


 アレクはクスクス笑っていて、綾人は恥ずかしくてずるずるとソファに蹲り丸くなり顔を隠す。


「アヤト」

「……」

「アヤト」

「……」

「アヤト、悪かったから(やめないけど)、こっち向いてくれないか?」

「……」


 綾人は"絶対悪いと思ってないだろう"と不貞腐れて答えないでいると、不意に体が持ち上げられ、アレクの膝に強制的に乗せられると、綾人の頭をアレクの胸元に持ってきて、綾人の頭を一定のテンポで撫でている。


 ……割と強引であるが、そんな所も嫌いじゃない辺りが綾人も末期かもしれない。


「……、、」

「ん? なんだ?」

「俺も、髪切る」

「い、いや、アヤトはそのままで良いんじゃないか?」


 少し慌てた様子のアレク。


 綾人こそ、ずっと髪を切る機会がなく、髪が伸びるのは遅い方とはいえ、いつの間にか肩に着くくらいまで伸びていたのである。


 綾人自身は過去にここまで伸ばした事が一度もなく、違和感を感じまくりだが、アレクは中々気に入っているようで何かと綾人の頭をなでたり、髪をすいたりしていた。


 部屋で散髪せずにわざわざ部屋の外で散髪して帰ってきたのも、綾人に"ついでに切って欲しい"と言わせない為だったのではないかと踏んでいる。


「アレクだけずるい。俺にも声かけて欲しかったのに」

「いや……。まだアヤトは本調子じゃないし、しばらくそのままでも良いんじゃないか? とても良く似合っているし」

「俺も切りたい」

「し、しかし……」


 綾人は下からアレクを見上げる。


 勿論わざとだ。


 男の自分がこれをやることで日本では笑いを誘っていたのだが、アレクだけは反応が違い、このオネダリに弱いようなのだ。


 最近知ったが、まさか良い年をした男の上目使いに弱いとはアレクの趣味は変わっていると思う……。


「だめ?」

「……


 アレクは目を逸らすも、気になってチラチラ綾人を見ては目を逸らすを繰り返す。


 ……いつの間にか攻守交代している綾人とアレクであった。


 そして、からかって拗ねさせてしまった負い目もあり、綾人の懇願に弱いアレクはしばらくの問答の末、泣く泣く綾人の散髪願いを聞き入れることになった。

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転生先で奴隷を買ったら溺愛された あやま みりぃ @ayamamirii

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