【番外編】*後日談*優しい軟禁生活

 ――目覚めてから2週間


 俺こと綾人は未だアレクの部屋に軟禁されている。


 今はこれまでの慌ただしい日々とは全く逆で、驚く程のんびりした日々を過ごしている。


 ヨハンと会った後2、3日はアレクも部屋から出ている事が多かったが、今は一段落ついたのか"こんなに部屋に篭りきりで良いのか?"と思う位、四六時中べったり綾人にくっついている。


 こんなに人と長時間触れ合う経験は家族との間にさえ記憶に無かったのに、最愛のアレクと言えど他人と"四六時中べっとりくっ付く"という行為が全く嫌ではない事に自分でも驚いている。


 まぁ、このスキンシップ過多は俺自身はあまり自覚が無かったが、夜中に魘されているらしく、アレクが凄く心配しているのだ。


「どうしたアヤト? 飲み物いる?」

「ううん。大丈夫」

「ちょっと休憩しよう」


 2人でソファに並んで、足をくっ付けながらアレクは書類仕事、俺はこの国の歴史の本を読んでいたのだが、アレクは素早く書類を片付け、俺の持っていた本を取り上げシオリを挟み机に置くと、俺を抱き寄せ胸元に寄りかからせる。


 アレクの心臓の音が心地いい。


 心の傷なのか、幼少期に甘えた経験が少なく今更甘えられる環境にいるからか、ふと無性に寂しく感じて人恋しくなる時がある。


 実は今も本を読んでいて集中力が途切れ、ふとそんな寂しさを感じたのだ。


 それをアレクは敏感に感じ取って、綾人は口に出していないのに自然と側に来て触れ合い面積を増やしてくれるのだ。


「アヤトは可愛いな」

「そんなこと、ないよ……」

「少し昼寝すると良い」

「……うん」


 アレクの一定の心音と心地の良い声、支えてくれる逞しい腕に、さらさらと優しく触る大きい手。


 安心感に包まれて、綾人は眠りに落ちていった。


***


〈アレク視点〉

 腕の中で可愛らしい吐息を立てながら眠る綾人を見つめる。


 アレク自身の不安や恐れ等、心の内を吐き出して、それでも受け入れてくれる綾人に感謝しかない。


 でも、逆に全てを受け入れてくれるが、綾人はちゃんと吐き出せているのだろうか、我慢を強いているのではないかと不安になっていたが、最近の綾人は寝惚けている時に心の内を主張してくれるようになった。


 本人は傷付いて無いように思っているようだが、やはり監禁されていた時のことは心の傷になっているのだろう。夜中に魘されており、その度に起こしている為、綾人は最近寝不足気味だ。


 その為、朝も含めて最近、寝起きは大抵寝惚けている。


 そして、アレクはこの状態を"寝惚け綾人"と心の中で呼んでいるが、"寝惚け綾人"状態では本音が出ていて、話した内容を綾人は大抵覚えていないようなのだ。


 ある日の早朝、アレクがトイレに行って帰ってくると、綾人が起きて泣いていた。


 慌てて近寄り抱きしめ、泣いていた理由を聞く。


 ――起きたらアレクが居なかった。


 ――起きた時アレクが居ないの嫌だ。


 と言ってさめざめ泣くのだ。


 アレクが"トイレに行っていただけだ"と言ったら


 ――もうトイレに行かないで。


 ――僕も一緒に行くから連れて行って。


 と言われた。


 小さな可愛らしい我がままに心がほんわかしたが、抱きしめているうちに安心したのか綾人は寝ていた。


 その後完全に起きた綾人に"一緒にトイレに行くか?"と聞いた時にはこの寝惚けていた時のやり取りは全く覚えていないようで、"ちょっといくらアレクでもそう言う趣味は遠慮したいかな"と苦笑いされて、ちょっとひかれた……。


 ……私自身そんな趣味はないのだが。。。


 その後も"寝惚け綾人"は


 ――どうしてもっとくっ付いてくれないの?


 ――頭撫でてくれないの?


 ――どこにも行かないで側に居て。


 ――もっと抱っこ。


 ――寂しいから離れないで。


 など、可愛いらしい我がままを言う。


 本当は素の状態で甘えて欲しいが、今まではそんな素振りもなかった位なのだから、寝惚けた状態であっても主張してくれる今の方が大分良いだろう。


 素の状態の綾人に"もっと甘えて良い"と言ってもキョトンとしているから、もしかしたら綾人自身、そんな欲求がある事に気がついて居らず、寝惚け綾人は自身の気が付いていない深層心理を口に出しているのかもしれない。


 増えたスキンシップに素の綾人は最初戸惑っていたようだが、今では慣れたのか誘導すれば自然とくっ付いてくれる。


 寝てしまった綾人を起こさないように、そっと膝の方に綾人の頭を移動させると、綾人自身身動ぎして、体勢を整えアレクの太腿を枕に幸せそうにまた眠る。


 そんな綾人に近くに置いてあったブランケットを掛けて、また綾人のサラサラの髪をすく。


 アレクが奴隷になってからここまで色々な事があったが、今は優先すべき事項は綾人以外に何もない。


 第三王子という身分のアレク自身、こんなに穏やかでのんびりした日々を人生で過ごした経験は無かっただろう。


 今思えば、第三王子という身分に囚われ、義務や責任に重きを置きすぎて、感情等は置き去りにしてきたように思う。


 確かに上に立つ者のとして、感情に囚われずに正しいことを行うには必要な事ではあっただろうが、"人の感情を知らないままやる"のと"知っていてやる"のとではまた違う結果であっただろう。


 綾人に出会い、愛する喜びや愛する者を失う恐怖、他者を憎む気持ち、どう思われるかの不安、受け入れられることの嬉しさ等色々な事を知った。


 正直知らなければ良かったと思う気持ちもあるが、知らなければこうして膝の上にいる、愛する綾人を見て幸せだと感じる事も無かったのだろう。


 他者に優しく、どうにもトラブルに遭いやすいような綾人は、今後の人生でこれからも色々な事が起きるだろう。


 火の粉は全部振り払うつもりで居るが、今は一度心も体もゆっくり休んで欲しい。


 "愛する者と生きていく"その幸せを噛みしめながら、この穏やかな二人きりの世界がいつまで続くのか、意外と活発な綾人がいつどんな理由を付けて外に出たいと言い出すのか、楽しみなアレクだった。

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