青春

西木 草成

0:27

 アップルウォッチの時刻を確認して、大輝は公園での自主トレーニングを終える。時刻は深夜を回り、日付を超えている。本当であれば、こんな時間までトレーニングをするつもりはなかったが、今日だけは何故か興が乗ってしまいこんな時刻までトレーニングをしてしまった。


 大輝は高校のサッカー部に所属をしている、二年生だ。ポジションはゴールキーパー、他の選手より走り回ることは少ないが、相手選手の一挙動を見極める動体視力とそれについて来れる瞬発力、そして何があっても相手のボールを止めるという絶対的な気の持ちようと胆力を必要とするポジションである。


 そのせいか、高校でのあだ名は「壁」だ。


「懸垂、もう少し負荷増やしてもいいよな……」


 今日のトレーニング内容を振り返りながら、自分で組み立てているメニューの見直しを行う。すでに、部活動の顧問から与えられているメニューでは満足がいかなくなり、さまざまな本を手にしプロのトレーニングメニューを取り入れるようになっていた。


 決して、高校の部活のサッカー部が全国にも行くような強豪校というわけではない。大体の場合、地区予選でいいところまで行って後一歩のところで手が届かない部だ。


 かといって、手を抜くのは間違いだ。勝ち負けではなく、自分には全力でベストを尽くさなければならない理由がある。


「帰りにコンビニでも寄ってこうかな……」


 家から近い公園、そこの帰り道にあるコンビニでホットスナックでも買って食べながら帰ろうと思い立った大輝は厳ついクマのキーホルダーのついたカバンを手に、軽くその場でステップを踏むと若干駆け足気味で帰路へと着く。


 季節は夏に入ったばかりで、少しだけ空気が湿っぽい。花粉症の辛い季節を抜けて、多少息がしやすくなったと思ったら今度は梅雨と来ている。今日は幸いにも曇りだったおかげで、家でいつも口うるさい両親から逃げて、外の公園でトレーニングができたがそんな日もしばらく続かなくなるだろうと大輝は走りながら考えていた。


 車の通りの少ない道の橋を街灯の灯りをくぐり抜け、片道一キロ弱の道を軽くジョギングをしながら進んでゆく。しばらく経つと、遠目からセブンイレブンの大きな看板が見える。スピードを落とし、かぶっていたパーカーのフードを取りながら、コンビニの自動ドアをくぐり抜ける。


「いらっしゃいませー」


 軽い店員の挨拶に小さく会釈をし、大輝はコンビニの中を物色する。普段コンビニに来て除くものといえば、高校の部活メンバーと帰りに食べる駄菓子のコーナーと漫画や雑誌が立ち並ぶ軽い本屋のようなコーナーである。


 大輝が今日選んだのは本の並ぶコーナーだった。


「あ……」


 立ち並ぶ漫画コーナーには、家で単行本を集めている呪術廻戦の新刊が並んでいた。当然ながら立ち読み禁止のためコミックには覗き込み防止用のテープが貼ってあり読むことはできない。


 大輝は頭の中で、財布の中身の金額を確認し単行本を手に取りレジへと向かおうとした時だった。


 ふと、隣に置かれている本のタイトルに目が行き手が止まる。


『必勝、絶対勝てる恋愛処世術』


 呪術廻戦の隣に置かれたそれは、シンプルなデザインにストレートなタイトルに惹かれて咄嗟に手に取り眺めてしまう。幸いなことにか、店員が覗き見防止シールを貼り忘れて中身が読めるようになってしまっていた。


 少しだけ罪悪感を感じつつ、周りを見渡しながら本の中身を軽く読み進める。


「恋愛において……プレゼントは相手を振り向かせる起爆剤……か」


 本に書かれている内容はといえば期待していたものではなく、本の外見同様、中身もペラペラのわかりきっているようなことが列挙されていて、それに下手な肉付けをしたようなものが書かれている駄文だった。


 しかし、大輝が口にしたこと。


 これだけは、自分が何よりも理解している処世術の一つには違いなかった。


 本を元の場所へと戻し、大輝は呪術廻戦の新刊だけをレジに持ち込み、ついでにホットスナックのナナチキを買って再び帰路へと戻る。


 外は、少しだけ雨が降っているようだった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 梅雨の明けた夏、ジリジリとした暑さに自然と汗が滴る今日このごろ。その日の地区大会のレギュラーに選ばれた大輝はベンチに座って試合が始まるのを今か今かと待っていた。


「いいかっ、今回の相手は全国常連校だが決してベストを尽くすことを怠るな。味方同士でカバーをしあうことは常に意識していけ。よし、全員気張っていこう」


「「「「うすっ」」」」


 顧問の言葉に頷いた他の部員が立ち上がり、それぞれベンチから離れてゆく。大輝もまた彼らの後を追うためベンチから立ち上がりフィールドに出ようと思ったその時だった。


「高橋くんっ!」


「……っ、あ。橋本先輩……どうも……」


「今日は頑張ってねっ! ちゃんとペット吹いて応援するからっ!」


 小麦色の肌に、黒く長い髪を後ろでまとめ上げポニーテールにした笑顔の眩しい女子が大輝に声をかける。そのせいか、先ほどまで精神統一をしていた心が一気に乱れてぐちゃぐちゃになる。


 そんなことお構いなしに、彼女は金色のトランペットを片手に笑顔で手を振っていた。


『これ、あげるねっ』


『え……、なんですか。これ』


『昨日友達とやったガチャガチャの小さいぬいぐるみ。高橋くんに似てたからあげるね』


『その……。ありがとうございます……』


 彼女からもらった厳つい顔をしたクマのキーホルダーは今では誰にもバレないようにこっそりと部活用のカバンにつけている。


 背中は押された。


 次に吹奏楽部が応援に来るのは、地区大会決勝戦。


 そこまで勝たなくていけない。


 彼女は、今年卒業してしまう。


 かっこいい姿を見せることを言い訳に、今までトレーニングしてきたんだろう?


 今見せなくて、いつ見せるんだ。


 ゴール前に向かう、背番号の7が赤く太陽に照らされて輝く。


「さぁ来い。俺が、アンタらのアンラッキー7だ」


 ホイッスルの甲高い音がフィールドに響く。


 まだ、俺たちのアオキハルは始まったばかりだ。

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青春 西木 草成 @nisikisousei

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