陰に咲く花にも実りあり

 舞踏会場内から聞こえる緩やかな演奏を背にヴァルトルーデは馬車の到着を待っていた。周囲にほとんど貴族はおらず、たまに従者や使用人が往来するばかりだ。


 そこへ背後から声をかけられた。ヴァルトルーデが振り向くとアルベルトが会場内から歩いてくるのが見える。


「アルベルト様」


「もう帰るのかい? これからもう一度舞踏の演奏が始まるのに」


「私はもういいです。殿下こそ、お戻りになられた方がよろしいですよ。ご令嬢の方々がお待ちでしょう」


「きみにアルベルト様や殿下って言われると落ち着かないね。何よりもその敬語、前に必要ないって言ったじゃないか」


「それはアル殿に対してです。アルベルト様にではありません」


「意外と細かいね。もっと大雑把な性格だと思ってたんだけどな」


「余計なお世話です」


「どうしてそんなに不機嫌なのさ? 何か機嫌が悪くなるようなことでもあったの?」


「それは怒りますよ。エイミーと王太子様の仲を邪魔しようとしたんですから」


 目を細めてヴァルトルーデが睨んだアルベルトは首をかしげた。その様子を怪訝そうに眺めていると弟王子が呆れた様に笑い出す。


「まさかさっきの兄上とのやり取りで怒ってるの?」


「他に何があるっていうんですか?」


「なるほどね。気づいてなかったんだ」


「はい?」


「あの兄上との会話は、エイミー嬢との仲を取り持つためのものだよ。僕は元々エイミー嬢が兄上の婚約者になるのに賛成だからね」


「あの会話からそんなことを信じろっていうんですか?」


「なら聞くけどさ、きみは最初悪魔退治の報酬としてエイミー嬢を婚約者候補にしてほしいって言ったよね?」


「はい、言いましたよ」


「それで、僕も最初はそう言ってたけど、途中からエイミー嬢を婚約者にするっていう話にすり替えたよね?」


「え?」


「ヴァルテのあの要求だと、エイミー嬢を最優先で検討してほしいというだけで選ばれない可能性があるだろう? だから僕は更に進めて婚約者にする気があるのかって迫ったのさ。そうすれば、兄上がうなずいた時点で婚約者になれるだろう?」


「そんなのいいんですか?」


 まさか論点をずらされていたとは思わなかったヴァルトルーデは顔を引きつらせた。


 そんなヴァルトルーデを面白そうに見ながらアルベルトが更に話を続ける。


「普段ならもちろん反対されるよ。でも、あのときは魔剣を持ったきみがいただろう。悪魔を倒したご令嬢が武器を持ったまま立っている前で、果たして何人が反対できるかな?」


「ちょっと待ってください! もしかして私って脅迫に利用されてたんですか!?」


「脅迫なんて人聞きの悪い。実績と言ってほしいね。みんなの目の前で悪魔を倒したんだから、これ以上の説得力はないだろう?」


「あああ」


 衝撃の事実を聞いたヴァルトルーデはよろめいた。また婿探しが遠のいていく。


「わかりましたもういいです。とにかく私は帰ります。明日からのことを考えないといけないので」


「明日からのこと?」


「お婿さん探しですよ。私はそのために王都へ出てきたんですから」


「そうだったね」


「ええ、そうですが。どうされました? どなたか紹介してくださるとか?」


「いいよ、ちょうど一人知ってるからね」


「まぁ嬉しい。まともな人ですか? でも、田舎まで来てもらえるのかしら?」


「大丈夫だよ、それについて相手はもう知ってるから」


「言いふらしたんですか? まぁいいです。それで、どんな方なんですか?」


「僕だよ」


「え?」


 微笑むアルベルトの言葉を耳にしたヴァルトルーデは笑顔のまま固まった。会場内から届く舞踏の演奏が遠くに聞こえる。


「いやいや、何を言ってるんですか! アルベルト様が私の実家まで行けるわけないじゃないですか! 王族なんですよ!?」


「王位は兄上が継ぐんだから僕は必要ないよ。どうせどこかに領地をもらってそこを治めることになるんだから、ヴァルテの実家だって変わりはしないさ」


「単に田舎っていうだけじゃなくて、うちは貧乏なんですよ? 庭の手入れで草むしりしたり、担いできた薪を割ったり、孤児院の子供を相手にしたりなんてできるんですか?」


「思っていたよりも厳しい生活になりそうだね。でも、徐々に慣れていけばいいだろう」


「うちの母みたいに流行に鈍感になったり、父みたいにハゲるかもしれないですよ!?」


「田舎なんだから流行に疎くなるのは仕方ないと思うけど、禿げるのはどうかな。血統的にそうはならないと思う」


 普段なら都合が悪いので相手に隠すような事柄をヴァルトルーデは次々と並べ立てた。それに対してアルベルトは冷静に回答していく。


「いいんですか? うちは子爵家ですよ。臣籍降下するにしても爵位が低すぎません?」


「下位貴族であっても貴族なんだから許容範囲だよ」


「でもどうして私なんです? みんな魔剣を振り回す田舎娘だって避けるのに」


「前にも言ったけど、気を遣わずに話をできる相手っていうのは王族の人間には本当に貴重なんだ。それは臣籍降下した後も変わらない。そして、友人だけじゃなく、結婚相手についてもまったく同じことが言えるんだ」


「それは、わかりますけど」


「魔剣を振り回すことについて僕は心配していないよ。きみについてはある程度知っているから、むやみやたらに魔剣を振り回すことはないと信じられる」


 そこまで言われてヴァルトルーデは黙ってしまった。アルベルトを遠ざける理由がもうない。それでも最後に問いかける。


「私は田舎育ちですから、礼儀作法も大したことはありませんよ?」


「その田舎で今後は生活するんだから問題ないだろう」


 落ち着いた様子でアルベルトが答えるとヴァルトルーデは急に落ち着かなくなった。


 そのヴァルトルーデにアルベルトがとどめの一撃を追加する。


「それにね、きみと一緒にいると楽しいんだ。これが一番の理由かな」


 ヴァルトルーデは顔を赤くしてうつむけた。そのとき、ヴァルトルーデの呼んだ馬車が到着する。


 ドアマンに呼ばれたヴァルトルーデはすぐに顔を上げた。返事をしようと口を開くが、先にアルベルトが命じる。


「あの馬車にはそのまま帰るよう伝えてくれ。このご令嬢は僕の馬車で送っていくから」


 話を聞いたドアマンはにっこりとうなずいて一礼して馬車へと向かった。


 それを見ていたヴァルトルーデは目を見開いて隣へと顔を向ける。そこには、満面の笑みを浮かべたアルベルトが立っていた。




 今年も一年が終わろうとしている。色々とあったが昨日の終業式で一旦終わった。季節はすっかり冬となり、日々冷え込みが厳しくなってきている。


 朝、自宅の団欒の間でヴァルトルーデがくつろいでいるとメイドが呼びに来た。襟元に毛皮の毛が立っているコートを着ると玄関に出向く。


 開けっぱなしの入り口には黒いコートを着たアルベルトが立っていた。ヴァルトルーデに優しい笑顔を向けてくる。


「おはよう。迎えに来たよ、ヴァルテ」


「アル、待ってたわ! 外は寒そうね」


「どうせすぐ馬車の中に入るから平気さ。行こうか」


「ええ!」


 とびきりの笑顔を見せたヴァルトルーデが嬉しそうに玄関を出た。御者とメイドが荷物を積んでいる馬車は見た目からして他のものとは質が違う。そして、紋章は王家のものだ。


 馬車内はほんのり暖かい。白い息が出なくなったヴァルトルーデは感心する。


「すごいわね、馬車の中が暖かいなんて!」


「馬車に温度を一定に保つ魔法具を取り付けてあるんだ。これからイェーガー子爵領まではずっとこれに乗るんだから、寒いのは嫌だろう?」


「ありがとう! 去年は本当に寒かったのよ。助かるわ」


 感激したヴァルトルーデが華やかな笑顔をアルベルトに向けた。そのまま思い出したかのように疑問を口にする。


「ご家族と新年を迎えなくても本当にいいの?」


「構わないさ。今年は僕に代わって新しい人が加わるからね」


「そっか、エイミーは王城で新年を迎えるんだ」


「新年の挨拶のときに正式な婚約発表をするらしいから、エイミー嬢は今大変らしいよ」


「面倒そうね」


「きみらしい意見だね」


「その点、結婚しても覚えることがないっていうのは楽でいいわぁ」


「何を言ってるんだい? いずれはある程度の礼儀作法を覚えなきゃいけないんだよ?」


「なんで? 私は実家に帰るのに?」


「僕がイェーガー子爵家に入ったとしても、王城へ行くときにきみも同伴することがあるだろうから、そのために備えておかないといけないだろう?」


「げっ」


「うん、そういうところから直していこうか」


「お、おほほほ。お手柔らかに」


 引きつった笑顔をヴァルトルーデにアルベルトがいい笑顔で答えた。豪華な車内に緊張感が漂い始める。しかしすぐに二人同時に吹き出した。明るい笑い声が響く。


 幸せそうな二人を乗せた馬車が動き始めた。


-終-

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貧乏な子爵令嬢は仲のいい親友の恋に振り回されて婿探しができない 佐々木尽左 @j_sasaki

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