サクマドロップ

桔梗 浬

キライな味

 私の名前は、福富ふくとみ 幸子さちこもうすぐ25歳になる。


 幸福が集まった、ラッキーな人生を歩んでいるかのような名前。名前負けするというのは、私のようなことを言うのだと思う。私はこの名前が大っ嫌い。


 人生はサクマ ドロップ缶のようだ。大好きな味の飴もあれば、苦手な味も入ってる。そして缶の中から取り出してみるまでは、味が分からない。最初に美味しい物を食べつくしてしまったら、残りは苦手な味ばかりになってしまう。その逆もあるのだろうか…。


 私の人生は、苦手味のオンパレードだ。幸子なんて昭和っぽい名前を付けた親に文句の一つも言いたいところだが、それも今では叶わない。


 私には定期的に不幸が訪れている。私の人生はアンラッキーまみれなのだ。何が幸子だっ。笑っちゃうほど悲しい人生。


 私が4歳の時、両親が死んだ。実の両親の死が私のアンラッキー人生のスタートだったと言える。そして私は親戚の家に里子に出されたのだ。私を育ててくれたのだから、感謝はしている。でも…、やっぱり私はここん家の子ではない。


 次は私が6歳の頃。義理の父は私を変な目で見るようになり、義理の母は私を毛嫌いし始めた。私はどうやら「泥棒猫」らしい。そのころの私にはまったく意味がわからなかった。ただ、いい子で嫌われることなく振る舞っていただけなのに。


 学校は退屈な場所で、いつしか私は独りでいることが正しいと思う様になっていた。夜は鍵をかけて寝るようになった。

 そのころからか福富家が目に見えて金回りがよくなった気がする。でも私に還元されることはなかった。


 こんな家にもらわれて来たことが、私の人生最大の不幸と言える。


 次は12歳のころだったと思う。学校の帰り道、私と同じ暗い目をしたおばさんに会った。だからそのおばさんの後をつけてみた。ほんのちょっとした好奇心だったんだと思う。

 おばさんはスーパーで缶詰をポケットにこっそりしまった。私は見てしまったのだ。おばさんが一番見られたくなかった姿を。


「おばさん?何してるの?」


 おばさんは慌てて立ち去った。と思ったら、お店の人を連れて私のところに戻ってきた。そしてこう言ったの。


「この子がこれを…。」

「わたしやってない!」


 でも大人は誰も信じてくれなかった。もちろん義理の父も母も。お金持ちの家の子なのに何やってるんだ、って殴られ怒鳴られ踏んだり蹴ったりだった。誰も私を信じてくれない。大人なんてウソつきで汚い。そう、この時私は学んだ。


 次は16歳だったと思う。家にいたくなかったから、しらないオジサンと遊んであげた。オジサンは上機嫌だったけど、翌朝隣で冷たくなってた。もちろん私は警察に取り調べをうけ、犯人じゃないかと疑われた。ただ一緒にいてあげただけなのに。死んじゃうなんて、聞いてない。

 オジサンは、いい人だったと思う。こうゆう人がお父さんだったらいいのにって思ったくらいだったから。でも自殺しちゃうんだったら、巻き込まないで欲しかったな。

 家に帰ると、義理の母は私のことを汚い物を見る目で罵詈雑言を浴びせた。あ~うるさい。


 こんな私も少しは大人しく、大人になることを学んだ。目立たなくしていれば傷つくことも少ない。義理の母はそんな私に、実の息子と結婚しなさいと言い出した。この時すでに40歳に近い引きこもりの息子を私にあてがうつもりだったのだ。

 机の上に、「妻になる人」の所だけ空欄の婚姻届けが置かれていた。絶対にお断りだ。これが私が大学を卒業したころ23歳の最大の不幸。引きこもりの息子は、義理の父以上にキモい。


 これだけ嫌な味の飴をなめさせられたのだから、そろそろ私にだって幸せが訪れたっていいんじゃない?神様は意地悪だ。


 そんな私が24歳の誕生日。私は誰かに誘拐された。そしてもうすぐ1年がたとうとしている。家へ帰されることも、殺されることもなく監禁され続けているのだ。こんな生活にもだいぶ慣れてしまった自分が悲しい。

 これが幸せと言うものなのだろうか…。前よりマシって言う程度。


 いつの間にか大金持ちになった、福富家から身代金を得るために私を拉致したようだったけれど、どケチな義理の父と母が私のためにお金を支払うはずもなく、私は未だにここに居る。どうやら私のサクマ ドロップ缶には、私の気に入る美味しい飴は入っていなかったんだと思う。かわいそうな私。


 諦めてしまえば、ど~ってことはない。


 そんな目隠しをされている私のところに一人の人物がやってきた。助けにきた人…、とは違うようだ。


「福富 幸子さんですね?」


 私はうなずく。


「あなたのお父様とお母様から遺言を預かっております。時間がないので手短にお伝えいたしますね。」


 どうやら私の本当の両親が残したものらしい。


 一、幸子が大学を卒業するまでは、育ての親に毎年一億円を提供するものとする。

 二、幸子が25歳まで生きていられたら、お祝いとお礼として、育ての親に三億円を提供するものとする。また幸子には、残りの財産三十五億円を相続させる。

 三、もし幸子が25歳まで生きることができなかったら、幸子が受け取る三十五億円の遺産は全て財団法人の各種ボランティア団体に全額寄付するものとする。


「以上です。では私はこれで。」

「ちょ、ちょっとまってください。私が25歳と1日で亡くなったら、どうなるのですか?」

「そうですね~。ご結婚されていたら、その伴侶の方が相続の対象に。そうでなければ親族の方に遺産を分配することになると思いますよ。」


 男はそういうと去って行った。


 そうか…。私を誘拐しても殺さなかったわけがわかった。私を25歳まで生かしておく必要が福富家にはあるのだ。


 そして、あの息子と結婚させたかったのも…。


 私は最期まで幸福とは無縁だったんだろう。なぜ生まれてきたんだろう。悔しくて悲しくて涙がでるどころか笑ってしまう。


「ねぇ。私を見張っている人。そこにいるんでしょ? いくらで雇われたかしらないけど、私を生かしてくれたら、1億あげるわ。悪い話じゃないでしょ? 私が生きている限り、毎年支払い続けるわ。」


 誰かが近づく足音が聞こえる。今までの大きなアンラッキー人生を歩んできたのだから、これからはラッキーでハッピーな人生を送ったっていいはず!


 今日初めて、美味しい飴を引き当てた様な気がする。


 素敵な男性が私を助けてくれて、幸せになるの。本当の両親が残してくれたお金で、誰もが羨む人生。だって私のサクマドロップ缶には、もぉ美味しい味の飴しか残ってないはず!


「幸子。それ約束できるの?」

「えっ?」


 義理の母の声だった。


 私はまた、嫌いな味の飴を引き当てたようだ。


END

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サクマドロップ 桔梗 浬 @hareruya0126

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