確かめるように

ナナシマイ

確かめるように

「『愛してる』という言葉が実は、『憎んでいる』という意味だったとしよう」

 メトロポリスの灯りに霞む星空の下、今宵の会話はそんな言葉で始められた。彼が突拍子もない話をするのはいつものことで、わたしは「うん」と静かに相槌を打つ。

 スニーカーがコンクリートの欠片を踏んで、ジャリ、と擦れた音がした。

「その上で『愛してる』と言われたら、キミはどう思う?」

「憎んでいるって意味になるんだから、普通に悲しいかな。言ってきた相手にもよると思うけど」

「キミが、『愛してる』そのままの意味を知っていたとしても?」

「え、と」

 わたしが言葉に詰まると、彼はやわく頬を緩めた。ここで「僕が言ったら?」と聞いてきたならわたしはすかさず「嬉しい」と答えられるのに、彼はそんなに甘くない。

 甘いのは、やわらかい風がどこからか運んでくる花の匂いだけだ。

「うーん、言いかたを変えようか」

 あまり星の見えない空を仰いで、彼はハアっと息を吐いた。

 少し前であればその息は白く揺らいでいったのに、いつのまにか春は来ていたらしい。もしかするとこの花の匂いは桜なのかもしれない。彼の些細な行動によって、わたしは季節の移り変わりを知る。

「言葉というのはそれひとつにさまざまな意味が込められている。それこそ、言葉には表せないような意味まで、僕たちは言葉に託してる」

 まるで惑星みたいな人だと思う。いかようにもとれる言葉をぽんと置くだけで、こちらにその意図を知らせてはくれない。

 でもちゃんと、彼は彼の軌道を進んでいる。

「ヒロ」

 だからわたしは彼の名前を呼ぶ。頭がよくて、少しだけ理屈っぽい彼の弱さを確かめるように。

「愛してるよ、ヒロ」

「……うん。僕も愛しているよ、ユカ」

 意味を持たない言葉なんてなくて、だからこそわたしたちの会話には意味がなかった。意味がなくてもいいようにできていた。

 彼の真似をして、ハァっと息を吐く。

 遠く遠く。わたしの透明なコトバは空の紺色に染まっていった。

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