第11話 《妖精薬師》と鏡の中の案内人

 あたしは無知だから。

《妖精図書館》や《金剛大博物館》なんて場所も、どういったものなのかすらも知らないの。耳にしたことすらもなかった。


 今まで知らなかった世界が、《妖精薬師》になってから一変してしまった。目の前で大きく開かれてしまった広くも大きな世界が、段々と恐ろしくもなっていく。息も、唾液すらも飲み込むことすら出来なくなるくらいに。


「なんだって、雁首揃えて行くんだって感じなんだが?」


 雁首というのは。

 他に一緒に行く人がいるから。


 あたしとゴートさんに髭のロロさんが案内人で、さらには何というか、ジョイさんに、まさかのアララギさんも一緒だなんて。アヌ様も行きたそうだったけど納期に泣く泣くと諦めていた。


「ケチケチすんな。別にいいだろう。私も聞いたことはあったが、行ったことがない場所なんだ。無料タダで入れるアポがあるって聞いたら、行かざるを得ないだろうが。人間様は興味心の塊なんだ。足を踏み入れさせてもらおうじゃないか」


「そうよぉう。アタシも行ったこともないんだもの、ふふふ。こうなると、貴方の心臓をめちゃくちゃにしたジョニイにも、感謝しなきゃいけないのかもしれないわね」


 にこやかにアララギさんがジョイさんに言う言葉に、言われた方が顔面が真っ赤に染まっていて、とても気まずそうな表情を浮かべている。どうしてかしら。首を捻っていたら、絞り出したような掠れた声が強い口調でアララギさんに言い捨てた。


「いい加減。そのネタ、言うの止せよ。デイーニ」


 顔も真っ赤に口留めをするジョイさんにあたしも何かしら、と思ったけど、家庭には家庭の事情があるものよね。

 他人のあたしがツッコむのなんか間違いの元だわ。止しましょう。


 今は薬のことを考えないと。


 ◆


《金剛大博物館》への行き方はとても荒いものだった。一筋縄ではたどり着けない。よくも経由を考えているのね、と悪態も吐きたくなるくらいの。気も吐き気も、眩暈すらも起きて、記憶すらも飛んで忘れてしまうかのような目まぐるしさ。


 最初のバケツから、どうやってここまで来たのかが、今のあたしには思い出せない。他のみんなは至って普通に笑っていて、どうしてと首も傾げたくなる強靭な精神力。見習わなければならないのね。この先も、こんな局面が絶対にないとは言い切れないもの。運動と滋養強壮のドリンク薬を飲んで、あたしも体力をつけないといけないのね。でも、今更なのかもしれない。


「ここまでの道順ルートが分かちゃったわ。これでいつでも来れるわね」

「許可がないと入れないよーデイーニィ~~」

「私も誰かさんと同じで愛されてるから、無断でも怒られたりはしないでしょう。当然、無断で持ち出しなんてしないわよぉう? 天罰は嫌だものね」

「当たり前だ」


 アララギさんと髭のロロさんが言い合っている。

 どうして仲良く出来ないのかしら、こんな場所で言い合いなんかしてみっともないじゃない。いい歳した兄弟じゃない。

 って、間に入りたかったけどあたしは気持ち悪くてそれどころなんかじゃなかった。


「おい。大丈夫か?」

「! ぇ、ええ。だいじょうぶ、ですよ」

「そうには見えねぇが、おぶってやろうか?」

「!? ぃ、いいえっ、いいえ! 結構ですっ!」


 ジョイさんがあたしに気遣ってくれる。嬉しいいけど、ここで甘えてもいられない。自分の足で歩いて中に入らないと駄目だわ。歯を噛みしめて髭のロロさんが案内をしてくれた建物を睨んだ。


 ***


《金剛大博物館》


 ※ あらゆる時代のあらゆるものが貯蔵されている。

 ※ 管理者は時代や世代交代で変わる。

 ※ 入場において条件がある。


 ※ 人間の立ち入り完全禁止


 ***


 建物はあらゆる植物の中に存在感を放ってそびえ建っていた。視たこともない建造物で、大きさなんかすら、とんでもなく想像も出来ない程。

 中も、想像を絶する広さでしょう。


(迷子になったら、お終いじゃないかな)

「…………っつ!」


「1人にしないから安心しな」

「! ジョイさん」

「んな真似なんかしたらかみさんに叱られちまうってもんだわ」


 ジョイさんはアデルさんを思い出して肩を揺らして笑い出した。本当に仲がいい夫婦なんだな。あたしも早く。ドルドゼの元に帰らないといけないわ!


「一緒に回って頂けますか? ジョイさん」


「王太子妃様がお望みと有らば」


 胸元に手を置くとゆっくりとした仕草で会釈をする様子に、アララギさんと髭のロロさんが、なんだなんだとあたしたちの元に駆け寄って来た。


「ジョニィ。あまり女の子を垂らし込むような真似は止しなさいよ、アデルちゃんにも見張るように言われて来ているんですからね、私も告げ口なんかしたくはないわよぉう」

「垂らし込んでなんかいねぇよ、っばぁああアアっかぁああ!」

「どうだか。天然の女たらしは厄介なのよ、神も然りとね」

「一緒にしてくれるんじゃねぇや」


 眉間にしわを寄せて不愉快を露わにする表情を浮かべているジョイさんに髭のロロさんも「あれ? ゴートの奴は??」と言葉を吐いて辺りを見渡した、そういえばとあたしも「ごーと……さん??」と彼の名前を呼んだときだ。


「いますよ」


 何もないところに光が集まって形を成した。

 ゴートさんが腕を組んで口もへの字に怪訝な表情だわ。


「急に姿を消すな。そして、きちんと一言くらい会話に混じろ」

「兄弟の会話にどう交じろと言うんだ? 冗談じゃない。面倒くさいったら。絶対に嫌ですよ。お断りです」

「ごー~~っと!」

「ふんっ」


 どうして、ここも仲良く出来ないのかしら。

 とりあえず、早く中に入りたいのだけど。

「あのぅ、そろそろ中に入りませんか?」

「そうよ。時間がロスし過ぎているじゃない。全く、しっかりして頂戴な。妖精王なんでしょう」

 アララギさんが顔を横に曲げてにやついた表情とからかった口調で言い捨てた。髭のロロさんも面白くない顔を向けた。どいつもこいつもと、そんなぼやきも聞こえてきそうだわ。


 すちゃ、と手に鍵を持った。


「もういい。行こう」


 ***


《書籍倉倉庫》


 ※あらゆる分野や時代における《いろは》本が貯蔵されている。

 ※人類/神属/魔属/妖精魔属とカテゴリーがきちんと整理されている。

 ※案内人がいる


 ***


「私は武器とか、歴史なんかを視たかったのに。書籍倉だけの許可だなんて思いもしなかったわ。来なくてもよかったのかもしれないわね。正直、肩透かしよ。がっかりだわ」


「偉大な展示物である場所で言い放つ言葉ですか? アララギ様」

「嫌味の一つも言わせて頂戴」

「言う場所をわきまえて下さい」

「うっさいわねぇ。小姑ゴートちゃんってば」


 金剛大博物館はいくつもの建物で編成されているみたい。でも、髭のロロさんが許可を得ていたのは、書籍倉だけだったみたいで。そのことにアララギさんがとてもがっくりしている。

 人間お断りな場所なんだもの、観光というか見て回るだけでも楽しいかもしれないでしょうに。


「帰り道を教えてあげようか。デイーニィ」

「……冗談よっ! 全く。少し視て歩くわ。じゃあねぇん」と言いたいことを吐き捨ててアララギさんは我が道を歩いて行ってしまった。自由人の次男。大変なのは、取り残された長男と三男。

 呆れた表情で何も一切と声もかけない。

 ゴートさんも大きく鼻先で一蹴をしている。


「アララギさん、行っちゃいましたね」


「「いつものこった」」


 声も揃えてあたしに応えた。

 いつも、こう。とはどういう意味なのかあたしには分からないけど、兄弟間では、いつもこういう身勝手が許されるというか、好き勝手にされてしまう状況だったのかもしれないわね。


「さぁてと。妖精薬師でもある合法ロリ王太子妃様は、どの書物棚エリアを望まれますかな」


 にっかりと気を取り戻してあたしにジョイさんが聞いてくれた。合法ロリとか、本当にやめて欲しいのだけど。結構、気にしているのよ。これでも年齢差とか。子どもなあたしが恥ずかしいの。ドルドゼの隣にいることなんか見合わないって分かっているもの。


「ぇええ、っと。その」

「人体だろう。茎や睾丸の創造だかんな。すること事態がな」

「そう、ですね」


 あたしは髭のロロさんの言葉に頷くことしか出来ない。何もない《妖)の身体に生やすという行為。まるでそれは――……


「よってだ。あンたが行くべき書籍倉は、と。ああ。案内役の奴にも声をかけておいてやろうじゃないか、久しくここに来るようなのなんかいなくて寂しいだろうしな」

「案内、役の方なんかが。こんな場所にいらっしゃるんですか?」

「そりゃあいるさ。案内役兼番人みたいなもんだかんな。如何なる時も賊から守らなければならないんだよ。それだけ貯蔵されているものは貴重で希少的な、高値で売買されるものばかりだから仕方ないんだ。それだけ、色んな場所に金儲けしか考えない馬鹿野郎が蔓延っているんだ」


 髭のロロさんの言葉を他所に出入り口付近のままのあたしたちを他所に、ジョイさんが何か耳打ちをされたような恰好で頷くと、正面にあった円のカウンターの上の何かを押した。


 ブーブー! と鳴る音にあたしはびっくりしてしまう。


「ジョニィの奴が押したのが《アクションコール》って言って、まぁ、視ていれば分かるわ」


 腕を組むと。


《全く。些かと遅かったようですね。妖精王》


「しょーがねぇじゃんか。何せ大人数だ。ほら、こんなにもいる。視えるだろう? アントニウス」


 アントニウスさん、と髭のロロさんが声をかけた先には、沢山と宙に浮くガラスの中の褐色の男性。服装は一切の乱れもない恰好。金色の眼鏡を指先でずり上げる。目があたしたちを一人一人と見据えていくのが分かる。何か、確認をされているかのよう。


《おや? くだんの二男の方がいらっしゃらないようですが、まさか、まさか、まさか、なのですが……まさかっ》


 青筋が立つ額にあたしは喉を鳴らした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

妖精薬師セシア王太子妃におまかせを! ちさここはる @ahiru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ