第10話《妖精薬師》と大人げない面々
調合をしてみせるわ!
「とは。言ったけど」
あたしは後悔をしているの。だって、本来とあるべきものが、元々と肉体自体にないものを創るだなんて。0は幾ら何をしても0でしかないわ。妖精薬師であるけど、どこまで何が出来るというのかしら。まいっちゃう。安請け合いもほどほどにしないといけないわね。義父様のお願いとあってもしてはいけない領域は必ずあるのだから。あたしは《神》なんかじゃないのだから、思い上がった真似なんかしてはならないわ。
あたしは魔女アヌ様の夫であるアララギさんとお兄さんのジョイさんが速攻と作ってくれた専用の調合室で身を悶えさせていた。誰にも見られたくはないのだけど、こんなみっともない姿は。
「女王。王のようになってはいけませんよ」
「なりませんっ」
「似たような動きをされているようですが」
「してませんっ」
ゴートさんが調合室で薬の在庫状況と掃除と担ってくれていた。有難いけど、とても、助かるのだけど。今は何もしていないのだから、1人にさせてもらいたいんですよねぇ。
でも。妖精魔属であるゴートさんなら卓越した知識がある。あたしなんかが思いもつかないような調合方法なんかも、きっと。
「ゴートさんは色んな調合方法とかは存じていますか」
「そこまでは。調合も少々と齧ったことがある程度ですので。初歩中の初歩しか。趣味も兼ねていたのと。あの
ぎゃふん、と直球の答えにあたしも肩を落として項垂れちゃうしかない。そうよね。普通は知らなくてもいいものね。元々、ない種属なんだもの。疑問とか必要も不必要なんかも持ち合わせたことなんかないわよね。浅はかな期待だったわね。
なら、自力で方法を調べるしかない。
でも、どうやって?
「振り出しに戻るぅうう~~」
「女王。振り出しも何も、進んですらもいないようですが」
ゴートさんが首を傾げる仕種にあたしも言い返しも何も、する気すらも起きなかった。時間を無駄にしている。棒に振っていることには洒落にもならない。
ドルドゼを待たせる時間が長くなってしまう。他の誰かのところに遊びにいってしまうかもしれない、本気になってしまうかも、なってしまったらどうしょう。あたしには貴方だけだというのに。愛しい人。
「図書館に行かれますか? 妖精魔属のみが足を踏み入れることが可能な場所です。女王なら歓迎されることでしょう。
「失礼な奴だなぁ。行ったことくらい俺にもあるんだが? 王である俺がいないと、いつもそぉやって陰口悪口三昧なのか、あンたという側近野郎は」
ぬっ、とどこからか髭のロロさんが腕を組んで現れた。服装もいつもよりはきちんと着込んでいて、だらしない恰好じゃないことにあたしは驚いた。それにしても。いつも、どうしてきちんと入ってこれないのかな、この人って。
突然と来た君主にゴートさんもバツの悪そうな表情を浮かべて、舌打ちを立てた。しかも、はっきりと聞こえた。
「そんなことはありませんよ、王よ。たまにです。それで何か御用ですか? 普段から碌に動きもしないんだからいきなり動き周るのは止してください。天候が荒れたり、地上に悪影響なんかが起きてしまったらどうされるんですか」
「どうもするか。ボケが。舌打ちすんなよな、聞こえるようにするとか性格が破綻し過ぎじゃないのか。若年性適な更年期障害かってんだ。まぁ、いい。図書館に行くのか? アレの調合方法なんかのためにわざわざと」
ふぁあ~~と大欠伸を髭のロロさんが口を大きく開いた。目を擦って調合室にある来客用の大きなソファーに寝そべって足を組んだ。三メートルのある巨体は大きくはみ出してしまっている。もっと大きな人用のソファーも買うべきなのかもしれない。寝そべる失礼な人は、この人ぐらいだとは思うのだけど。検討をしておこう。
「女王は真剣なんです。可笑しな茶々なんかいれたりしないでください。王よ」
「いれてなんかねぇぢゃ~~んンん??」
「いれそうだから先手に言ってんだ。馬鹿野郎」
強い口調でゴートさんが髭のロロさんに言い捨てた。確かに、何しに来たんだろう。まだ、何の用事だとも言っていない。まさか、本当にゴートさんが思うように止めに来た、とかじゃないわよね。
「妖精図書館なんかよか、よっぽどといい場所に連れて行ってやろうと思ったのになぁー~~気がそがれちまったわぁ」
ゆっくりとソファーから起き上がると頭を掻いた。寝ぐせと毛玉まみれのきれいとは言えないとても長い黒髪が揺れ動いた。まさか。行く気だから服装もきっちりとしていたのだとしたら。どうしょう、どうしょうどうしょうっ!
「え」
「あるんだよなぁーあるんだよなぁー~~」
「ぇ、ええ??」
「でもなぁー~~どっかのクソ野郎に茶々をいれるな馬鹿野郎って言われちまったもんなぁー~~なぁー~~!」
髭のロロさんは大人げなくも声を張り上げる。明らかにゴートさんへの嫌がらせと謝罪をさせたがっているのね。
ゴートさんは冷ややかに髭のロロさんを見据えている。無表情というところかしら。何を考えているのかしら。
申し訳ないけど。少し、プライドを曲げて貰って一切の感情もいれなくてもいいから謝ってくれないかしら。あたしのために。調合が前進するチャンスだと思って。腹を割ってくださぃいい!
「王よ」
「なぁーにぃーかーなぁー~~??」
「とっとと言え」
「……口を慎め。我は王ぞっ」
「いいから、言え」
謝罪なんかする性格じゃないわよね。分かってたのに。ゴートさんと髭のロロさんが睨み合う。威嚇というよりも、戦闘態勢。今にも手が出し合いそうな不穏な雰囲気だわ。困ったわ。ここはあたしが仲介をすべきなのかしら。巻き沿いになんかならない、わよね。さすがにそれは困るわ。
狼狽えるしかないあたしに助っ人の救世主が下りて来た。
ぱんぱん! と手を叩いて訪れたのは髭のロロさんのお兄様で、ジョイさんだ。
「おい。貴様ら、妖精が怯えて私のところにまで来たじゃないか。何をおっぱじめようとしてやがる。外でやれ。セシアちゃんが可哀想だろうが。一刻も早く調合がしたいだろうに。なぁ?」
「ぁ、……はい」
にっこりとあたしの顔を見ると頭を優しく撫ぜてくれた。とても大人で優しい男の人。ドルドゼにはない大人の男らしさだ。
「おしおきされんのと、ぶん殴られるのと、どっちがいいぃいい??」
拳が掌を弾く音が鳴った。
同時にゴートさんと髭のロロさんの表情も真っ青に変わる。顔を高速で左右に振られた。
「よしよし。で? なんでこうなったんだよ。セシアちゃん」
「それは、あのぅ――……」
◆
ゴン! バババンンんん! とジョイさんがゴートさんの腹と髭のロロさんの身体を膝の上に尻を往復ビンタをお見舞いした。
「「…………」」
「何だ、何か言いたそうだなぁ? ぅんンん?? お兄ちゃんに言ってみろよ」
無言で2人は顔を横に倍速と振った。
あたしはただただと、状況がどうなるのかと狼狽えることしか出来ない。見守る他なかった。
ようやく終わったというチャンスにあたしも思い切って尻を叩かれてソファーの上にうつ伏せになっている髭のロロさんにお願いをした。
「無礼をしたこと。あたし。《妖精薬師》の王太子妃であるセシアが謝罪を致します。この通りです。ゴートの態度をお許しくださいませ。何卒に!」
ソファーの顔の方であたしはしゃがみ込んで大きく頭を下げた。頭を下げることも、誰かの代わりに謝ることなんか造作もないわ。あたしは馬鹿高いプライドも鼻にかけるような自己なんか持ち合わせていないもの。傷なんかつかないわ。相手の気持ちをよくして、太鼓を持てればそれでいいの。相手の感情と顔が保てれば、それでいいの。
「ほら。合法ロリ王太子妃の妖精薬師様が弁解と土下座をしてくださっているぞ。これでも首を縦に振らないのだというのなら、お兄ちゃんはお兄ちゃんは……どうやって、貴様の目を覚まさせればいいんだろぉうなぁああ??」
目を大きく見開いて髭のロロさんにジョイさんも口沿いをしてくださる。本当にいい人だわ。既婚もされて子どももいると、人間はここまで性格も接し方も変わるものなのかしら。でも、既婚の立ち位置ならアララギさんも大概なんだけど。あまりでしゃばってはこないし。三男の髭のロロさんの立ち位置が
思い上がりも、調子にも乗ってはいけないわ。謙虚にしたたかさを、王太子妃としてドルドゼの横にいても赦されるくらいに大人になるのよ。
大義を果たすの。
「連れて行くよ。行きます。行かせてもらいますよ、っと」
くるりんと、ソファーに身軽にも腰を据えた髭のロロさんが腕を組んであたしに言う。
「面を上げな。《妖精薬師》のセシア合法ロリ王太子妃様」
ぐっとあたしも顔を言われるがままに上げた。
「はぃ」
「調合はし続けたいのだな」
「……はい!」
「薬を完成させたいのだが」
「はい!」
「何がなんでも。確実に」
「はいっ!」
どうして、そこまで聞くのだろう。念入りだ。試されているかのような、心を探られている感覚だわ。いじわるとか、そういう塩梅な物言いなんかじゃない。まるで。そう、ね。
「口を早く割れよ」
苛立ったゴートさんがあたしに変わって言い除けてくれた。また、
「人間の時間は無限ではないっ!」
ゴートさんの怒りの言葉にジョイさんも口沿いをしてくれた。
「私や、ディーニも。最早と人間の類ではない。それは貴様もそうだ。妖精王と成ってしまった存在だ、身体の形成も変化し時間の感覚も虚無だろうが。もう少し、人間側に寄り添った謙虚とまではいかないにしろ。節度と状況を弁えて態度と言葉を示すべきだ。鼻からと突き放した物言いはお兄ちゃんは良くは思わないが、酷ければ制裁を、お仕置きをするだけだ。ほら。刻は金成りだ。諦めて連れて行けよ。グズ男がっ!」
苛立った口調で最後には叱咤する言葉に髭のロロさんの眉間にしわが深く刻まれていくのが見える。
どういう心境なのかな。怖いし、聞けないし。
「仕方がない。人間は脆く、すぐに死んでしまうからな。時間は、……有限なんかじゃないもんな。だがな、セシア。一つだけ、俺と約束をしてくれないか」
「? はい!」
とても他愛もない約束。
でも、それでいてあたしにとっては枷にもなるだろう言葉を、このとき、髭のロロさんに言われたんだ。
「逃げないこと、投げ出さないこと、泣き出さないこと、を」
あたしは馬鹿だから。どうして、こんな当たり前のことを言うのかが不思議で堪らなかったけど「はい!」って何の覚悟もないままに、誓いを立てた。
髭のロロさんも肩を竦めて諦めたように顔を下げると、小さく頷くと顔を上げてあたしを見た。
「《妖精図書館》ではなく。《金剛大博物館》に連れて行く」
あたしはどんなところなのか全くと分からない。聞いたこともない建物のような場所の名前に首を傾げた。それに反して。
「ぉおお。ままま、マジで!? ぁああ、アぁアアア??」
「ふっぎぃっひ、ぉオオオオぉおお??」
語彙力のなくなったかのような2人の言葉にならない言葉が髭のロロさんに吐き出された。言葉にも出来ない場所ということなのね。びっくして、まともに話すことも出来ないくらいに。
どうしよう、どうしょうどうしょう! 早く、行きたいわっ! きっと、そこになら体内の秘密も身体の謎に関する何かが見つかるかもしれない。あたしも語彙力を失くしそうだわ!
「しかも、何と俺は愛されているからな。《書籍倉倉庫》の許可証も、鍵も借りられた。これがそうだ」
髭のロロさんが指先でくるんくるん! と回して見せた。2人が顔面蒼白と口も大きく戦慄きさせて見入るのが分かる。とても大切で大事な鍵で、粗野に扱うなんか真似なんかを絶対にしちゃいけないもの、だ。
「ぁ、ありがとうございます」
あたしのために、どんなことをして貸し出しなんかをしてくれたんだろう。しかも、こんなにも早く。必要なときに。
髭のロロさんは性格破綻していても、尊敬も出来ないけど、やることは真っ当だ。状況を見極めてあたしに与えてくれる。好きになれないのが残念だけど。あたしも見合った成果を残さないといけないのね。髭のロロさんの顔に泥を塗らない為にも確実にやり遂げないといけない。頑張らなきゃいけない。
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