第9話 《妖精薬師》と禁断の調合への一歩

 「患者が望まないのであれば治療なぞしない方がいい。第三者が兎角、首を突っ込む問題じゃねぇだろう。店主が言っている頼みってのはな――余計なお世話っつぅんだ。なぁ、ゴートよ」


 髭のロロさんの言葉にゴートさんからの言い返しはない。面倒なのか、それとも関心がないのか。相手は妖精魔属の隔世遺伝者であって、人間の王だから興味がないのか。ゴートさんの心境なんかあたしには読めないわ。

「なんだよ。無視かよ」

 むくれた髭のロロさんが一気にワインを飲み干す。げっぷと息を勢いよく「セシアはどう思うよ」あたしを真っ直ぐと見据えて聞く。正面どアップの真顔。酔って顔も耳までも赤い、大きな目があたしを見つめているの。


(困ったわ。望む望まないなんて、あたしには分からないもの)


 現・国王は生殖器を――……


「要らないんじゃないのか。声帯はよくなったんだ。それ以上を望むのなんか、……欲張りってもんじゃねぇの?」


 ドルドゼが頬を大きく脹らませて髭のロロさんに反論を返した。養子になってどれだけ傍にいたのか。王太子になって、彼らと寄り添って何も想ってきたんだろうか。お義父様の為だろうか。女装が出来ないこともあったでしょうに。鬱憤も堪らなかったのかな。


「欲張りも何も。人間なのにないのは不自由じゃないのか。在るのとないのでは、性質も心も、何もかもが――空っぽだ。満足感の得られない無気力感なんてのは分からないだろう。女装癖をあるといっても人間の男だからな」


 饒舌な言い返しにドルドゼも押し黙ってしまう。性別のある人間には分かる筈がないなんて言われてしまった場合なんて、どんな言い返しが出来るだろう。


 今の言い合いの問題は相手。

 患者の心。


 どう在りたいかの一点。


 どうなりたいかという希望。


(知る為には)


 対話の席を設けること。

 正直な心境を聞き取ること。

 対等の対価を得ることと引き受ける覚悟を担うこと。


「国王陛下に直にお聞きしましょう」


「なりませんね。女王は《妖精薬師》であって医者ではないのですから。聞き取りなぞ必要なんかありませんし、してもなりません」


 あたしの言葉にゴートさんが叱咤する。

「でもぉ」

 言い返そうとしたあたしを鬼の形相でゴートさんが睨んでくる。迫力にあたしも口をつぐむしかない。

「おい。ゴート。我が妃を苛めないで頂こう」

「イジメてるなんかめっそうもありません。むしろ、注意をしているつもりですが」

「注意だと?」

「はい。女王を護る為です」

「護る、か」

「ええ。そうです」

 ついには二人とも押し黙ってしまった。でも、そこにお義父様が沈黙を無視するように話しを蒸し返してきたの。


「奴には生殖器が必要だ!」


 あたしも髭のロロさん、ゴートさんが無言でお義父様を見る。顔を真っ赤にさせて拳を握って真剣に――国王である弟のことを考えているんだわ。とても美しい兄弟愛だわ。


「この通りだ!」とお義父様は勢いよく床に正座をして額をこすりつけた。ドルドゼも、お義父様の行動に驚いた様子でしたが長く沈黙をしたかと思えば、膝を手で弾いて大きく頷いた。

 嫌な予感というべきか、でしょうねと思うべきのなのか。


「我が妃よ。王からは俺が意思を確認をして来る。もしもの場合、薬の調合を頼めるだろうか」


 美しい顔があたしに微笑みかける。

 うっとりと見惚れてしまった彼にあたしも頬を両手で弾いた。

「セシア?」

 びっくりした表情のドルドゼに、

「調合致しますよ。今回からは、幾らか対価は頂きますが」

 あたしも苦笑交じりに言い返した。

 それにはドルドゼも顔を縦に振る。


「いい値を支払うよ。創る行為の対価は必要だ。成すことやること心身的に根詰めて依頼した人の為だけに作る正解のない手探りでしかない作業に対して、何もないという真似はあってはならないならない!」


 硬い口調と勇ましい表情があたしに向けられる。ここまで言われるのであれば、もしも、万が一にも国王陛下が望むのであれば、あたしは叶えよう。


 病気に合った薬の調合をするしかない。


 キラキラキラ――……と妖精たちがドルドゼと国王陛下とのやりとりを報せてくれる。


「叔父さん。喉の方はどうなんだい」

「よい」

「……そんな声だったんだね」

「兄よりは幾分か低いかもな」


 国王陛下は喉に指先をおいて苦笑を浮かべる。

 2人がいたのは隠し部屋のようね。

 古くて狭い、趣味全快の本や収集したものなんかが溢れていて、国王陛下の収集癖が垣間見れる。


「今日、こんなところで会ってもらったのは手渡した紙にも書いたが、どう在りたいか、ってことなんだ」


「どう在りたい、とは。もう少し、掻い摘んで教えてもらおうか」


 折りたたまれた紙を国王陛下が指先で遊ばれていた。恐らくはドルドゼが手渡した密書の紙だろう。

「結論からでも?」

「ああ。余計な前置きなんかよりもそちらの方が助かるな」

「では。結論から、叔父さんは――


 性器ムスコを必要とされますか? 望みませんか?


 という、お話しなんですが、って。叔父さん」


 ドルドゼが目にしている国王陛下が椅子からずり落ちている。顔面から床にダイブ状態なんて、どうかしたのかしら。

「どういう態度なのか俺が反応に困るんだけど」

 彼の問いかけにも反応をしなくなっってしまう。無言の状態に、次第に「え? 何?? ちょっと、叔父さん!?」状況に慌てたドルドゼが国王陛下の元に駆け寄る。膝をついて身体を仰向けにゆっくりとする。

 顔が両手で覆われている。身体も小刻みに揺れてしまっている。何かの発作か何かのようだわ。少し、心配だわ。


「ムスコを、だと」


 大きく上擦った問いかけがようやく返って来た。

 安堵の息を吐くと「はい。生殖器です」短く、改めて国王陛下に聞く。


「突然。何故、そのような話しになるのだ」


 顔を覆った手を離して国王陛下がドルドゼから離れて立ち上がる。口許に手を覆ってドルドゼを見下ろす。視線も細めて冷酷なものだ。


「貴方の兄上。我が父の望みを我が妃が汲み挑もうとしているのです。ですが、肝心の患者である叔父さんが望まなければ――行えないでしょう」


 国王陛下はドルドゼから視線を離すと椅子に座り直した。膝から下がガクガクと大きく身震いさせている。


「僕に、ちちちち、ン……が」

「ああ」

「! ききき妃のみみみみふぁっ!」

「例外なく王妃様にも薬の調合を」

「…………ききき、期間は??」

「さぁ。初めて調合しますからね」

「金はいい値を――」

「当たり前です。時間は金です。無賃金ではさせられません、かなりの労働なんで。俺とのイチャイチャする新婚家庭の時間も奪う行為なんですからね。本当に勘弁して欲しいんだけど。それで? 返答は?」


 妖精から話しを聞かせてもらっても、そりゃあそうだ、としかあたしも思わなかった。


「どうせ盗み耳していちなとは思ったけどね」

「はい。妖精たちからお聞きしました」

「要るって。ちんちん」

 

 ドルドゼがあたしに素っ気なく言うのはベッドの中で。またしばらく、薬の調合で帰って来られないあたしを優しく激しく抱き締めてくれた。


「憧れでもあったのかね」

「ドルドゼ、下衆な言い方はダメよ。必要も不必要も、選択肢がなかったのだから、国王陛下も王妃様も。大変、辛い目に遭われているのだから」

 あたしは流石にドルドゼの言い方に叱咤をする。言っていい言葉と悪い言葉が、この世には多く、まかり通らないことも多々とあることを在る人間が嘲笑ってはいけないわ。

「はいはい」

 誤魔化す様にあたしの頬にキスを散らす行為をする。手で掃ってあたしは遠くに身体を置く。


「反省は?」


 がば! とドルドゼがベッドの上で正座をすると上半身を曲げて額をベットのシーツに押しつけた。


「調子に乗ってっ! すいませんでっしったぁああ!」


 大きく声を張り上げたドルドゼにあたしも身体を起き上がらせた。


「寂しいの? あたしが調合で籠ってしまうから」


 ぶわ! とドルドゼの両目から大粒の涙が滝のように溢れ出して、顔を何度も大きく頷かせるの。大きな子どもよね。でも、堪らなく愛おしくて可愛らしいあたしの旦那様。


「きて。もっともっと今を語り合いましょう」


 腕を伸ばしてあたしはドルドゼを誘った。

 あたしだって寂しいわ。辛いわ。あなたの傍にいられないだなんて。浮気されても文句を言える立場でもない。嫌味は言うでしょうけど、あなたを信じるしかない。あたしへの愛を。


 絶対に薬の調合を速やかに終わらせるわ。

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