第8話 天使の身体と《妖精薬師》の困惑

 一回目 服用後 起床時 ……体調、気温、共に変化なし。


「ン」

「ぉ、おおお、はよぅ。っみ、みふぁ」


 喉に違和感があったようですが、不快な状態ものではない。

 口を開くも咳込みもなく――つたないながらも国王様は王妃様に、朝の目覚めの挨拶を交わされる。

 ベッドの縁で腰を掛けてミファ王妃様の寝顔を見ていたドソル国王様が手で頬を撫ぜていました。


「どそ、る?」とミファ王妃が愛しい彼の名前が口から出た。咳やくしゃみなんかではない、唾を舞うような、言葉じゃないものなんかではない、正真正銘の自身の声。


「ぁ、あぁああぁおオぁああっ!」


 ベッドの上で顔を両手で覆い大声で啼き叫ぶ様は、涙なしでは語られないようで、周りの方々は泣いておられる次第です。


「夜通しの経過観察。ありがとうございます、ゴートさん」


 ゴートさんは昨日の夜から朝の出来事までを、あたしに報告をしに来てくれた。


「妖精には朝も夜なんかないので、お気になさらないでください。女王」


「一応、朝や夜の観念を持ってくれると助かるな。ゴートさん」


 彼が報告をしに来てくれたのはあたしとドルドゼの寝室で、朝日が差した中で、突如として、寝込みを襲われたような恰好で、王様夫婦の2人の健康状況と起床時からの経過観察の様子を報されたの。眠気の強い、脳すら動きもままならない状況のあたしたちは。大欠伸で頭を掻いたドルドゼがゴートさんに聞いた。


「ロロさんに、行くときに止められなかったのかい?」

「妖精王は寝ていました。ぐっすりと」


「「ぐっすりと」」


 思わずあたしとドルドゼの言葉がハモってしまった。

 居眠りの件はジョイさんに報告をして、叱ってもらわないと。

 ベッドからドルドゼは下着一枚で降り立った。

「それで。叔父さんと叔母さんは慰め合ってから何を?」

「それは」

 床に散らかった服を話しながら着込んでいく。公務はあるから、また、新しい服には着替えるけど、今は一刻も着替えて、


「話しは廊下で聞くとしよう」


 寝室からゴートさんを連れ出そうとしてくれた。けど……


「ボクは女王にも報告をする義務があります」


 ゴートさんはドルドゼの言葉に聞く耳を持たなかった。

「だから! 朝の女王は裸でっ、これから着替えをするのに部屋から出ろって言ってんの!」

 ブチ切れしたドルドゼの声と豹変した表情の色に、ゴートさんは、ぽん! と掌を拳で叩いた。どうやら分かったらしくて、一緒に寝室から出て行く際に「人間は裸で寝るものなんですね」とドルドゼに確認をしているのが聞こえた。


「ゴートさんに人間の常識を、ロロさんから教えてもらわなきゃあ」


 ふぅ、と視線をベッドに落とすと布団の中が、大きく盛り上がって行った。あたしは慌ててベッドから下りて、手早く着替えた。突然のことに叫ぶことも出来ない。声が出せないでいた。


「!」


 布団の中から腕が出た。

「ありゃ。布団の中だな。なんでだ?」

「! ロロさんっっっっ!」

 聞き慣れた声にあたしも布団を床へと引き落とした。

「ゴートの奴は報告に来たか?」

 髭のロロさんが、何事もありませんという真顔で、あたしに確認をする。常識はあるでしょう。貴方は元々、人間なんだから!


「来ましたよ! ええ! 来ましたっ!」


「? 何を怒ってんだよ」

 

 ベッドから下りてあたしを見下ろす。

 からかっているのか、本気なのか。この人は、質が悪いくらいに無邪気だから、中身がないようで怖い。人間なのに人間臭さが、全くと感じられないんだもの。


「怒ってない!」


「怒ってんじゃんか」


 あたしは床に地団太を踏んだ。


「セシア。着替えの――」


 苛立ったあたしのいる寝室にドルドゼが戻って来て、髭のロロさんを見るなり、背中にまわし蹴りをお見舞いした。


「たたた。フツー客人を蹴飛ばすか。王太子様」


 蹴飛ばされた箇所を手先で擦って悪態を吐く。

 されて当たり前のことをしたという常識はないのだろうか。

 無神経で無邪気な妖精王には。


「客人なんかじゃない。そうでしょう」


「ああ。まぁ、そうでもあるが蹴飛ばすなんて真似は二度とは許さん。そのつもりでいろ。いいな?」

「ロロさんも二度と我が妃の寝床から出て来ないでください。俺は、如何なる手段を用いる覚悟はあるんだ。許さない? こちらも同じだ。いいな、《妖精王》よ」


 バチバチと睨み合って不敵な笑みを浮かべる。

 

「《咳止めの薬》の調合は成功。患者にも喜ばれています。3日分の薬で喉の安定はするでしょうが。定期的に薬は必要でしょうね。魔女の薬師もそうですが、人間における薬の販売には金銭の受け取りを。条約ですので。未払いやツケなどは却下。患者における貧富に関係なく調合に時間や希少な薬草の使用時は上乗せでの請求を。温情や無料は論外とお考え下さい。魔女アヌのような二の舞はお止し下さい。法です。法を軽んじる真似は身の破滅を招きますからご用心をなさってください。あくまでも法の下での的確な金銭を受け取りを必ず、なさってください。女王」


 ゴートさんが横からあたしに饒舌に説明をしてくれたけど、あたしにはちんぷんかんぷん。横にいるドルドゼがメモをとっていたから大丈夫なはずだけど。


「確かに法は大事だ。義姉さんは金銭に疎くて、機械的に常連のために薬を調合をし末期な寝不足で目の下のクマも悪化の一途だ。未払いの金銭をデイにぃが甲冑を着て貰いに行ったこともある。人間ってのは口も頭も回れば、自身の利益のために簡単に嘘を吐く生き物だから、気を許す真似はするなよ」


 髭のロロさんが忌々しいと眉間のしわを深くさせた。


「でも、今回の《咳止めの薬》は試験薬みたいな――《妖精薬師》としての腕慣らしのようなものですから、金銭とは受け取りも請求もしたくないです」


 あたしは《咳止めの薬》の件での、今回は無償と思っていることを話した。

 もちろん。ゴートさんや髭のロロさんは怪訝な表情になっている。そして、お互いで見つめ合い、もにょもにょと通信しているかのように身振り手振りをしている。


「っこ、今回だけです。次回の定期薬からは他の魔女の薬の一般金額をお姉さまから聞いて決めます。っま、真面目にです! もう、無料で薬なんか二度と作りませんから! 二度と!」


 ここで決意表明みたいにいっておかないと、とあたしも狼狽えながら拳を握って強い口調で話した。


「我が妃よ。《妖精薬師》として二言はないな?」

「はい」


「だってさ。俺も金額表の協力はする、安心をしてくれていい」


 ドルドゼの言葉にあたしは頼もしさに、抱き着きたくなった。でも、今は我慢、我慢だ。


「女王の言葉と番犬を信用しましょう。とりあえず、国王様と王妃様には《咳止めの薬》を3日分で止めて経過と症状を観察の継続でよろしかったですか? ああ、ここはまではボクの見解です。女王にも何か気になる点やご意見などがあれば、何卒と、この場で、おっしゃってください」

 

《咳止め薬》――継続の有無。


 とても困る問題だわ。

 人間ならよくなるまで処方された日数分の薬を服用をする。途中で良くなれば服用を止めるし、体調も何も変わらないのなら、また薬の処方を必要とする。

 人間ならの話しであれば。


 副作用の恐れ。


 免疫低下の恐れ。


 色々と挙げればキリがないもの。


「《妖精薬師》の失敗はないのだから、薬の処方はもういい。3日もあれば、薬の効果が喉にも馴染む。変に悩むことなんかないぜ、女王。あと、聞きたいのは、この先も《妖精薬師》を生業としていく気でいるのかってところだ。それとも王族専属になるのか」


 朝から驚きと難しい話し合いにあたしは――


「えぇと」


 ぎゅるるるるるぅうう~~と盛大に腹が鳴り響く。


「俺も腹ペコだ。朝飯にしょう」


 ドルドゼが大欠伸に大きく腕を上に伸ばした。

「俺も朝飯にありつけていない。一緒に食わせてもらうかんな! 王族の飯なんかーそうそうと食う機会なんざないしよぉうぅうう!」


 期待に目を輝かせる髭のロロさん。

 両手を握って、目を閉じて、脳内想像の王族の料理を想像して生唾を飲み込んだ。赤い舌が口からだらしなく、はみ出している。


「へい! お待ちどう!」


 ドンドンドンドン! テーブルに置かれていく料理の皿たち。

 

「え。おうぞくのりょうり……」


 魔具を使って行った先はドルドゼのお義父様が経営される料理店。あたしとドルドゼが出会った場所ね。


「親父も王族だった。ある意味の王族料理ってやつだが?」

「いや。もっとオシャレできれいで、静かな場所で……」と髭のロロさんもブツブツと納得がいかないという表情を浮かべているわ。


 ドファン


「開店前からワリぃね」

「可愛い倅だ。お気になさらずに、

「親父まで止してくれ。俺は親父の、女装癖のあるどうしょうもない息子だよ」

 置かれた料理の皿から小皿へと、話しながら取り分けて、あたしの前に置いてくれた。


「冗談だ。気分を悪くしちまったか、すまんすまん。そんで、お嬢ちゃんが調合した《咳止めの薬》ってのは効果が抜群だったのかい?」


 手を腰のエプロンで拭って、近くの席の椅子を引きずって腰を据えて、あたしたちの輪に入った。


「ドソルの奴は、……話せるようになったのかい?」


「片言の断片のような口調ではありましたが、咳き込みもなく、王妃様に話しかけていましたよ。ボクも食べてもいいでしょうか? 《妖精魔属》であるボクたちも、食事は可能なので、お腹は少なからずと空くのです」

「食え食え。好きなだけ食べな」とお義父様がゴートさんにいう。


 軽くお辞儀をするとゴートさんは素手でパンやスープなんかを食べ始めた。あたしは呆気にとられて、見入ってしまう。口も半開きだ。熱くないのだろうか。違う、思うことはそこじゃない。

 

「王妃様も咳が止まり、言葉を発せられていました。ですので、女王の調合は見紛うなく成功をしたということです。この料理、美味しいです」


「そうか」とお義父様は両手で顔を覆い隠した。


「どうして、お前は息子のように得も言えない表情を浮かべるんだ。弟の病気が治ったことを喜べない、といったところか? どうしてだ。教えてもらいたいもんだな」


 髭のロロさんがお父様に聞く。


「ご飯、食べましょう? ね? ロロさん」


「ああ。食いながらでも聞ける質問だ」


 あたしは聞きたくもないの。

 だから、言わなくてもいいのよ。

 ずるりと顔を覆っていた手が膝の上に落っこちた。



 恵比寿顔が吊り上がった表情に切り替わった。

 元国王としての顔だ。威厳すら感じたもの。


「次に弟に、国王様に薬は調合する予定はあるのかな?」


「いいえ。とくには何も、まだ何も白紙の状態ですが。どうかされましたか?」


 首を傾げたあたしの前に立ち上がると、勢いよく床に跪いた。

 あまりに自然に唐突の行為にあたしは声を失ちゃったの。


「お嬢ちゃん。いや、《妖精薬師》のセシア様」


「! っは、ぃ」


 バクバクバクバク! と突然の真剣な眼差しに胸が高鳴ってします。


「親父。先走って変な注文すんなよ」

 あたしと同じように取り皿に盛った料理を頬張って、ドルドゼもけん制をしてくれた。

「お前の親父が何を調合をして欲しいのかわかるのか?」

「だいたいの予測はつくよ。昔からの悩みの種はランキングみないに、数多くあるからね、王様には。もちろん王妃様にもだけどさ」

 

 ご飯を頬張るゴートさんも口を挟んだ。


「ランキングですか。咳は首位なんですか?」

 お義父様がきっぱりと返事をする。

「上位3位中の2位だよ」

「首位は薬で治せそうな問題なのか? そこが問題だな」

 髭のロロさんも取り皿も使わずにフォークを使ってくちゃくちゃと食べて「《妖精薬師》の調合で治らない病気なんざ、存在はしないが。」って顔を傾げて、フォークでお義父様を差した。


「身体的な。ものの再生を」


「再生ですか」

「……それって、まさか」

 ドルドゼが眉間にしわを寄せた。

「遺伝子的な問題でなくなったもの、な場合は細胞や他の手段なんかで、薬の調合でっ、いけるんじゃないのかい!」

「親父。正気か」

「ああ! 儂は正気だっ!」

 お義父様は真剣な表情でドルドゼに言い放った。

 そこまでお義父様に、あたしなんかにして欲しいことがあるのなら、

「どういうことなのか、何が望みなのか。お義父様、あたしに教えて頂きますか」

《妖精薬師》として、出来ることがあれば協力をしたい、と聞いた。

 

「何が望みって、そりゃ《生殖器》じゃないのか。《妖精魔属》の隔世遺伝者である《妖》の男の方は中途半端だと睾丸だけがない場合や、股には何もないからな。王の奴がそうであれば、絶対に嫡子なんか作れやしない。血族断絶になっちまう。違うか? 陛下」


 髭のロロさんも、コップに注がれたワインを飲み干してゲップを吐くように言い捨てる。


「排泄なんかもしなくていい、俗にいうところの《天使》だな。身体の構造が。っふ、はっはっはっ!」

「王も。ご自身も《生殖器》が欲しくなりました?」

 ゴートさんの言葉に髭のロロさんの表情も強張った。

「恐らく。《妖精薬師》である女王なら可能かもしれませんが、……女王。どうされますか」


 生殖器。


 本来は母親のお腹の中で備わるもの。


(どうしょう)


 治すというのか。創造というべき行いじゃないのか。

 病気なのだろうか。障害というべきなのか。


「セシア様」


「女王」


「セシア」


 人間なんかかが治癒してもいい――行いなのか。


「セシアちゃん。《妖精王》である俺が助言をしてやろう」


「ろろ、さん……」


 髭のロロさんが満面の笑顔であたしに助言をしてくれることがなんて心強いことだろうか。

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