第7話 《妖精薬師》と《咳止め薬》の患者たち
あたしは《咳止めの薬》を持ち帰った。
部屋に行ってからドルドゼの顔を見に行こうとしたとき、
「セシア! ああっ、セシア!」
背後から懐かしい、愛しい人の声が、あたしの名前を呼ばれて、あたしの身体が大きくとビクついてしまう。当たり前よね。
あたしが立ち止まって、振り返るよりも早く――
「ああ、セシアっ! 逢いたかったっ!」
ドルドゼがあたしを抱き締める。
腹にすっぽりと埋まる恰好。久しぶりの彼の匂いに、心臓音に、あたしも嬉しくなった。
「どうして帰って来たってことが、わかったの?」
もごもごとあたしはドルドゼに聞いた。
「俺だ」
ひょっこりと大きな身長の髭のロロさんが、口をへの字に見下ろしている。どうしてあたしよりも先に来ているの?
「ふはっ! 遊びに来たついでに教えてみた」
腹から顔を出してあたしは髭のロロさんを睨みつけた。
「へぇ」
「怒るなよ」
「怒ってないよ」
「怒ってるだろ」
「怒ってないってば!」
ドルドゼを引き剥がしてあたしも静かに言い切った。
ふーふー! とするあたしに「止さないか。2人とも」ドルドゼも呆れた口調と苦笑で宥めてくれた。
「それで、《妖精薬師》の調合は終わったのかい?」
「はい!」
こっくりと頷くあたしに、さらににこやかな表情を浮かべた。
「それを
押し殺した言葉があたしに投げかけられた。
「どうして。そんなことを、……症状をよくするためにあたしは、あなたのために調合をしたのよっ。王様と王妃様のためはあなたを自由にするためでもあるのにっ!」
「自由のためか」
「そうよ!」
いまさらと蒸し返される態度と言葉。歯にものが挟まったようなむず痒いような言い回し具合。何が不安なのか、何が嫌なのか。どうして、そんなに協力をしたがらないのか。
健康にしたくないように思えるのよ。
「王様に、なりたくなったの?」
権力が欲しくなってしまったのか。
仕事が楽しくなったのか。
「だから。王様たちを健康になんかしたく、ないの?」
あたしの《妖精薬師》を喜んでくれたのに。
「違うよ」
「ぅ、うう。ぁ、……おァあ。っひ、っひ……ぅうう」
あたしは床に崩れ落ちて泣いてしまう。
「なーかせった!」
髭のロロさんがドルドゼにいう。
でも返事はない。
あたしの前に気配がした。
「本当に渡したいんだな?」
「……はぃ……」
顔を覆った手を離した先の前には、がくりと項垂れたドルドゼの頭があった。
「わかった。ああ、わかったよ」
「どる、どぜ」
「渡そう」
言葉も何もなく、あたしはドルドゼの首に腕を巻いて、抱き着いた。勢いそのままに床から頭から、ドルドゼも倒れ込んでしまう。大きく打つ当たる音が廊下に鈍く響いた。
ドルドゼは『後日、逢いましょう』と、国王宛の手紙を使者に渡した。手紙を書いていたときのドルドゼは何回もため息と、書き直しを繰り返していた。そんな彼を、あたしは横から睨みつけてやったわ。この期に及んで逃げ腰だなんて。
「ぎゃっはっほおアぁっぼぉう!」
来てにこやかに扉を開いた瞬間、ドソル国王の唾液が飛翔してきらきらと舞った。
「ヴぁヴぉびゃっぼっぼっぼ!」
少し、後ろから来たミファ王妃も言葉ではなく咳と唾液をドソル国王と同じように唾液が霧になって舞い浮かんだの。きらきらと妖精の光りではない太陽光に照らされる――《唾液》
(っき!)
あたしの身体が大きく後ろに引く。
さすがに唾液を浴びたくなんかないもの。
「お変わりなはいようですね、ドソル国王。ミファ王妃も、お変わりなくお美しいですね」
にこにことドルドゼが会釈と当たり障りのない会話をした。今日会うということからドルドゼも、いつもの女装の恰好で、美しく化粧とピアスにネックレスに指輪を身につけて女性、そのものだったわ。彼にとっての戦闘服。
相手の気を緩ませるために、弱者を装うための衣装。相手の出方を見る為に。動向を伺うために必要だったみたい。
「ああぁ~っと。今日、お越し頂いたことには、事情がありましてぇ」声がふわふわと言い淀んでいる彼にあたしは脛を蹴飛ばしたてやった。びくっ! と痛みに声を上げずに堪えたことにびっくりしたけど、
「ドルドゼ。あたしが話そうか?」
「いい。俺が話すよ」
ふぅと一呼吸を吐いて、真っ直ぐに2人を見たわ。
「ドソル国王様。ミファ王妃。我が妃のセシアが《妖精薬師》の資格を得ました。そして、心優しき我が妃が、御二方のために《咳止めの薬》を調合を致しました。勿論のこと《妖精魔属》血統でおられるドソル国王にも、魔女なんかの高価な薬なんかよりも、抜群な効果があると確信をしております。我が妃は失敗なぞ致しませんから。物は試しという言葉もありますが。如何でしょうか? 我が妃である《妖精薬師》の《咳止めの薬》を、体感を是非とも、お願い出来ないでしょうか?」
ごきゅ。あたしは息を飲み込んだ。
視界に映る御2人が互いを見つめ合っている。
失敗はしない。間違いなく効果がある。あたしには自信があるのよ。妖精たちの協力も、多方向で得られたのだから。
調合に恐怖なんかない。
2人が手を握る。まるで演劇のような揃った動きの美しさだわ。
「「ばヴぉらっま!」」
2人が同調と咳き込んで唾液がきらきらと舞う。
恐らく。お願いします。か、《咳止めの薬》を飲むわ! の言葉を言ったのだと思うのだけど。
「国王様、王妃様。ごめんなさい。唾がすごいので、もう喋らなくて結構ですよ」
あたしもにこやかに、もういい、と口にする。
「セシア」
苦笑に顔を歪ませたドルドゼがあたしの肩に肘内をする。一体、何がダメだったのか。首を傾げるあたしに「薬をくれるかい」とドルドゼの指先があたしに向けられた。
「ええ。お渡し致しますわ」
二枚の紙包みを差し出した。
「すまない。あとは飲み方なんかを教えてくれるかい」
「はい」
***
《咳止めの薬》 《妖精魔属》専用薬
効能 咳止め 喉痛 頭痛 腹痛 吐き気 歯痛
目安 1日2回 朝・晩 食後 (水、温い湯で摂取)
3日分6包×2人分 調合
***
「食事はお済みになっておられるはずですので、今ここで、お飲みになって頂いた方が、こちらもゴートさんに対応をして頂く手筈ですので、飲んで頂けますか?」
「おい。どうしてそこにっ、あいつが出て来るんだ。俺がいるだろう! この! 妖っっっっ精っっっっ王っっっっがっ!」
あたしの言葉に大きく怒り出した髭のロロさんに、ドルドゼも、まぁまぁと宥めてくれた。その間にゴートさんが姿を現して、喚く髭のロロさんを見て、眉間にしわを寄せていた。
髭のロロさんよりは低いけど、人間離れした容姿の《妖精魔属》のゴートさんを見た2人が目を輝かせた。
こくり。こくこくこくこく! と大きく頷いている。
積年の願いが叶う《咳止めの薬》なのだから、当たり前ね。
ごきゅ! と2人の揺るぎのない決意の前で、あたしも生唾を飲み込んだ。
始めなければならない。結果を見なければならないんだ。《妖精薬師》として調合した薬を服用して様子を。
この先も生業として、多くの患者を《妖精薬師》として調合するために、あたしにも覚悟が必要だ。
「ごー……」
「女王。お水はお出ししますか?」
「……いいえ。ありがとう。場所は一旦、移動します」
この場で女王だなんてっ! もう!
「思うのですが。初めての服用ですし、患者の方たちの自室の方が服用後、安心が出来るのではないでしょうか?」
「ダメさ。国王たちに何か起こった場合、周りが癇癪を起して何をするか分かったものじゃないからね。だから、俺の城に招いたんだよ、ゴートさん」
ゴートさんも掌を拳でぽん、と叩いた。納得したのか表情は変わらない。
「本日は客室にお泊り頂きまして、今日の夜分の1包を。夜間の間、ゴートさんが妖精と様子観察をしてくれます。何かあれば、あたしに。そこから、新たに調合をします。なので、一時は苦しいかもしれません。ですが。何事もなくて朝まで睡眠がとれてから食後に、また1包を服用して頂きます。夜の薬の効き目が朝に喉の違和感を生むとは思いますが、そちらは効いているという証拠になります。違和感がなくとも、薬というのは直後に即効果があるというものではありません。そんなものはまやかしの偽薬でしかありません。服用後は時間と、身体の細胞の相性にもよりますから。絶対に効くなどとは謡いません。ですが、《妖精薬師》としての確信はあります。失敗などしないと」
あたしは饒舌に語った。
「セシア」
ドルドゼも腕を組んで苦笑をあたしに向ける。
「我が妃を信じて。では、客室まで一緒に来ていただきますか?」
「「ジャボぉッザオ!」」
「ですから。口を閉ざしてついて来てくださいませ」
唾を飛ばす2人にあたしは、もう一度という。
「女王よ。なんというか、言葉が足らずではないでしょうか。それはもう、悪態です」
「いったっれ、いったっれ」
「そうなの?」
「セシア。我が妃よ、少しは優しく言葉を選んでくれると助かるかな」
「難しいことは、あたしには出来ません」
「こっども、こっども」
「ロロさんも、ちょっと黙れ?」
「なんだよ。ドルドゼぇ」
「妖精王よ。滑稽ですね、帰ってくださってもよろしいですよ」
「帰らねぇええよぉおおっだぁああ! っばぁああっかぁああ!」
夜の薄暗い城の通路の異様な光景に、兵士やメイドや執事たち、誰もが、ぎょっとあたしたちを見た。
ドソル国王とミファ王妃の前に完全女装変態化しているドルドゼ王太子に、後ろからあたしと、三メートルのある《妖精王》の髭のロロさんと二メートルの《妖精魔属》であるゴートさんが通路天井をすれすれと一緒に歩いているのは異様だったのかもしれない。
何かを起こすのだと。
誰もが――想っていたはずだ。
《奇蹟》か《悪行》か。
城の中がざわついた。
《妖精薬師》の名が轟く一件になるのは時間の問題だった。でも、そうはならなかったのはドルドゼが気をつかせたからだと、後に妖精たちが報せてくれた。
彼の優しさも知らないあたしの胸は大きく弾んだまま、客室について、2人は《咳止めの薬》を服用をしてからベッドに臥床した。
「では、これからはボクと妖精で見ている。妖精王は邪魔なので、失せてください。女王はドルドゼ様と寝てください。何かあれば、邪魔にならない程度に報せます」
力強くも頼もしい言葉だ。
「失せろとは何事か! 王に向かってっ!」
「今は必要なんかないですし。何かする気でしたか?」
「俺も視る。ジョにいにも言われたからな」
腕を組んで顔を横に曲げる髭のロロさんの仕草にゴートさんも手を腰に置いて、深くも大きなため息を吐いたの。
「妖精たちが怯えるんで。妖精王は、……怖がられていらっしゃいます。何故か。一切と何もしない名ばかりの王だったからです。その馬鹿がいきなりと動き出せば、恐ろしく思うのは当然でしょう。まずは距離感から学ぶ、接して、王としての資質を、これからきちんと、妖精たちの言葉に耳を傾け、信頼関係を築いて行ってください。今は、そのときに在らず。以上ですが。何か、ボクに言いたいことは、ありますか?」
ゴートさんの言葉に髭のロロさんもしゅんと、口も前に突き出していた。
「でもぉ、でもさぁージョにいがぁー見て来いってっさぁー~~ゴートにこんなん言われてー追い出されたからー見てませんでしたーなんてぇー言ったらぁー言ったらぁー」
指先を合わせてくるんくるんと子どものように回して、ぼそぼそとゴートさんにいい返していた。
「なんです?」
「ヤバい」
「ヤバい、ですか」
「ヤバい、本っっっっ当に不味い事態になっちまうんだよぉうぅううー」
両手で顔を覆う真似をする、髭のロロさんの声は上擦っている。よほどジョイさんが怖いみたい。
「ぃ、一緒に共同的なことをした方が、お互いを知り合えるチャンスだと思うのですが。ねぇ、ゴートさん」
今までの髭のロロさんが《妖精王》としてどうだったのかなんか、あたしは知らない。でも、彼は変わろうとしているのだ。
一歩と、ドルドゼのように。
あたしのように《自身の世界》を受け入れる覚悟をしたんだよ。
「女王が、そのように言われるでしたら、ボクはもう何も言いませんが」と髭のロロさんを眼を細めて見る。
「では。話し合いも解決をしたようだし。俺たちも帰って寝ようとしょうか、我が妃よ」
にこにことドルドゼが、あたしをひょいっとお姫様抱っこする。
「夜は短い。沢山、知りたいことがあるから、君の小さな唇で話しておくれ」
「かしこまりました。旦那さま」
唇が重ねられる。
「っこ、ここでは。そのっ!」
今いる居室には国王様と王妃様がベッドに臥床中で、聞いているかもしれないと思うと、恥ずかしくてたまらない!
「嫌です!」
「じゃあ。ゴートさん、ロロさん。あとはお願いしますね。それでは、俺と妃と一緒に失礼をさせて頂くね」
腕に抱えたままドルドゼも歩き出した。
「ぉおお降ろしてぇええ!」
「だぁああめぇえええっでっすぅうう!」
あたしたちは仲良くもいい合いをして自室へと向かった。
【ドルドゼの新王戴冠式まで――後365日】
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