第6話 《妖精薬師》の初めての調合と薬の完成

《妖精王》の側近にして右腕のゴートさんは有能だ。彼(?)には妖精たちからの信頼も遙かに厚く、「話せ」と一言いっただけで一斉に語り始めたのだから。

 それを有能といわずになんと呼ぶのか。


「すごぉ」


 わぁ、と顔をするあたしに「俺が《妖精王》ぞ」と髭のロロさんが口先を尖らせている。


「沢山の意見に感謝するよ。素材は女王は待っていてくれいい、ボクたちが取りに向かいお渡しをする。調合方法は女王の手慣れたやり方で構わない。人間では敵わない加工やなんかは手伝う所存。何なりとお申し付けくださいませ」


 白く長い手がゴートさんの胸元に置かれて、深く、あたしに会釈をする。


「ぁ、ありがとう。ゴートさん」

「俺だってっ、手伝うさ! ああ! 手伝うさ! お金はもらうぞっ! 賃金っ! 賃金な! 正当な対価としての一般的な常識的な条件だっ!」


 髭のロロさんの逆ギレのような言い回しの言葉に、あたしもゴートさんも、すんっと冷静だった。


「「まぁ、ソウデスネ」」


 ***


【咳止めの薬】


 材料 (妖精魔属用)1人分


 飛び魚の鱗  1枚

 黄金の林檎  1個と半分

 棘油の葉   100枚


 神猿の尿   400CC

 女郎蜘蛛の糸  少々


 ***


 書き留めた紙をゴートさんが妖精と妖精霊に報せる。

 さらに、協力者として《妖》にも報せるといった。


「《妖》さんたちにも協力なんて、それならっ、あたしが――」


 あたしのしたいことで、多方面に迷惑をかけるくらいならといいかけた言葉に、髭のロロさんが勢いよく立ち上がった。


「はぁああ! 調合をする本人である《妖精薬師》のセシアが行けば、それだけ完成が遅れに遅れることになるぞ。いいのか! 皆があンたのために動き、入手をしているのだ! 聞き分けのない子供のようなことをいい! 妖精全員の協力行為を無碍にし無駄にすることなぞあってはならん! 阿呆が!」


 ガタガタガタガタ――……顔を真っ赤に怒りをあたしに向けた髭のロロさんに、あたしは恐怖に身体が硬直してしまう。


「ぁああ、あたしなんかのするこここ、ことに……」


 ぐしっと声も涙で揺れちゃう。我慢、我慢、ここで泣いたらいけない。ぐっと、こうっ、……ムリぃいい!


「まっまっまままままきききぃいいっこここここむむむっ」


 言葉が詰まって何をいっているのか、伝えたいのかが、分からないと思う。あたしが分かっても、みんなにはきっと……


「ロロの奴がいいてぇのはさ? いいかい? 女王閣下」


「ぇ」

 蜘蛛の巣からすすす、と姿を現したのは髭のロロさんのお兄さんであるジョイさん。鼻の魔石のピアスも光る。

「ジョにぃ」

「貴様はいい方が下手過ぎだ。ド阿呆が。言葉で相手に直接のいい方はな」と蜘蛛の巣からあたしの前に降り立つと、膝を床につけて、あたしの手を両手で掴み口づけをする。


「! っぴゃ!」


 あたしの目の中いっぱいに、ジョイさんが映る。


「女王閣下には危険な真似なぞ言語道断。あってはならぬことです。この小さな手は必要な方のために薬を調合するためにご使用をお願い致します。女王閣下……《妖精薬師》とはこの世では貴女のみなのでございます。今後、貴女様にお子が生まれても成れるかどうかも不明確。貴女様は、この世においてのたった一つの《宝石》でも在られるのです。ですから、お願いでございます。材料なぞ集めな我らを信じ、命じ、指示を。何卒に」


 くすぐったい言葉だ。あたしには重い。

 この世に《妖精薬師あたし》は1人しかいないんだ。

 多くの救える命もあるのに、万が一にもママにように事故に遭えば。命を落としてしまえば。


 あたしは馬鹿だ。

 おのぼりさんだった。


「わかりました。薬に必要な薬草なんかの調達の全てをお願い致します! あたしは調合に神経の全てを注ぎます!」


 真っ直ぐにあたしは応えた。

 するとあたしの手からジョイさんの手がするりと抜ける。


「こうやんだよ、わかった? ロロちゃん? 授業料はもらうかんね? 稼いでくれよな。我が《妖精王》よ」


 ニヤニヤとジョイさんは髭のロロさんにいい放った。

 それには「っち!」聞こえるように舌打ちで返事をしている。

「あとさぁ。ちと疑問なんだけど」

「え。はい! なんでしょうか!」

「薬って試しもなく、出来次第に患者に渡す感じなのか? 貴様が作るから失敗なんかはねぇとは思うけどよぉう」

 はたとあたしも「そりゃあ、そうですよね」なんて、頭が停止した。ママが違法に作っていたにしても相手は人間だった。効いても効かなくても、売れればいいっていうていの人だったから。


「大丈夫だ。セシアに自信がなかろうが《妖精薬師》は調合で一切と失敗なぞない。妖精が力を添えてくれるからだ。心配なら俺が毒見をしてやるが? 給料は倍額は要求するぞっ」

「! 試しに飲んでくれるんですか! ありがとうございますぅ!」

 髭のロロさんの言葉にあたしは胸を撫で下ろした。

 うぐと髭のロロさんの顔が歪む。ニヤニヤとジョイさんが笑うと「じゃあな」と蜘蛛の巣に戻った。


「逃げるなぁ! ジョにぃいい!」


 立ち去ってしまった彼の背中に髭のロロさんも腕を伸ばして、よくわからない言葉で抗議をしている。


「よしっ、がんばるぞぉう!」


 キラキラと妖精たちは常にあたしや、他の誰かの傍にいる生き物。もちろん。ドルドゼの傍にも。


「我が妃は、まぁだ。戻らないのかぁ~~はぁー~~あーいーたぁああぃーいぃいい」


 目を通す書類の合間の合間と、あたしの名前を呼んでいるらしかったの。


「やっぱり。小さくとも薬師用の建物を用意するべき……いやいや! 安全第一! 安全第一! ……でもなぁあー~~はぁああ~~」


 あたしに会いたいと嘆くドルドゼに、

「《妖精薬師》なんぞにしたからだろうが。あンたもきちんと説得をするべきだったんじゃないのか? あと少しで、王や妃のための薬の調合も終盤だ。安心しろ。セシアは有能だ」

 どうしてかいる髭のロロさんがいう。遊びかなんなのか、ドルドゼの公務執に横に椅子を置いて、髭のロロさんがあたしの状況を説明をしていたようだった。


「いい女を伴侶として選んだな」

「まだ子どもだよ。中身は純粋そのものだ」

「合法ろ――」といいかけた髭のロロさんに「違う! もっと美味いものを食わせれば容姿も歳相応になるんだ! 本当にやめろよな! 結構、その言葉は効くから!」顔を赤と青に染めたドルドゼが悲鳴のような声を上げた。


「民草がそういって結束をしてるんだ。否定なぞ烏滸がましい。受け入れてしまえばよいのだ。あれもいい女性に成長が見込めよう。飽きられて見限られ、見放されないように、ご馳走さん。気をつけるこったな、王太子様も」


「君にいわれるまでもないけどな!」


 多分、鬱憤晴らしに行ったんだと思う。

 あたしとジョイさんやゴートさんに勝てないから。

 この状況を妖精たちはあたしが調合の終盤の終盤に教えてくれたのだけど。

 どうでもいい話し合い程度にしか思えなかった。

 でも。ドルドゼに会いたい気持ちが増したあたしも、超特急で頑張ったのはいうまでもないよね!


「で、き……た!」


《妖精薬師》として第一作目の《咳止めの薬》が完成の陽の目を浴びた。

 製作期間は薬草の調達時間を含めて。


 約60日間に及んだ。


 その間、あたしはほとんどの時間と日数を、アヌさんの薬局で過ごした。お姉さまの目の下のくまが出来る理由が分かるわ。

 全ては患者のため。顧客の為に血肉を寝る間も惜しんで調合をする。それが生業を《薬師》とする者の運命と熱の炎。病気のような、使命感からの行いだ。身を削るような調合と薬草集めなんかを人間なんかが出来る訳がないよね。


 がくん! とあたしの頭が落ちそうになったのを「おっと」とゴートさんが支えてくれた。


「やり遂げたね。女王、おめでとうございます」

 返事を返さなきゃと思ったけど、あたしはもう眠いの。でも、一刻も早く、王様と王妃様に届けたいなぁ。


「ぃ、かなきゃ……」


 起き上がろうとするあたしの額に大きな指先が弾いた。

「きゃん!」

「寝てろ。薬師が身を崩すのは、一刻も早く手渡したいって気持ちが大きいぞ。アヌの義姉さんを見ればわかるだろう。あの人は不眠症な上に、目の下のクマがヤバい。ああなる前に一線は大事だ。今、あンたがすべきことはアヌの義姉さんが出来なくなったこと。つまるところ、睡眠をとることだ、何時間でもいい。調合が終わった薬が消え去ることも、なくなることはない。安心をして眠るがいい。寝不足の顔を視たら、相手がどう思うか、少しは考えたらどうだ」


 髭のロロさんが、眉間に深いしわを刻んで、あたしにしかめっ面をして怒った。


「ドルドゼの奴も、青白い顔のあンたに会ったらどう思うか。《妖精薬師》なんか辞めろとかいうかもしれないな」


 ギク! とあたしの身体がゴートさんの腕の中で、大きく揺らいだ。動揺をした、ドルドゼがそんなことをいうはずがないとは知っていても、自分の健康管理も出来ないようで、何が、《妖精薬師》だ!


「妖精王。女王は偉大なる初調合行いの後で気がふわふわと酔っているのです。あまり、強い言葉は感心しませんね」


「何だよっ。ゴートは俺の配下だろう。どうして、そんなにセシアの肩を持つっ!」


 髭のロロさんがゴートさんを見下ろしていい放つ様子に、ゴートさんも「はぁ」とため息を吐いた。


「仕事をする方に肩入れをして当然でしょうに。ボクは王が仕事をするならば喜んでお手伝いをします。当然です。こんなにも他の妖精たちと働けたことに感謝しかありません。それに引き換え、……はぁ、情けないったらない。王も、女王のように働けば、ボクは貴方の為に尽くしますよ。当然ながら」


 一切の揺るぎもなく恐怖もない、突き刺さる言葉が髭のロロさんに飛ばされる。無数の現状の刃が突き刺さるのが視えた。


「っく」

 髭のロロさんの身体が大きくよろめいた。

「口が達者になったもんだな。《妖精魔属》」

「おかげさまで」

「嫌味だ。間に受け止めるな」

 髭のロロさんが妖精を使ってあたしを浮かせた。

「ベッドに放り込んで来る」

「お願い致します」

 ゴートさんも深々とお辞儀をした。

 そこであたしの視界は真っ暗と、夢すらも見ずに、泥のように眠った。


「おはようございます」


 どれくらい寝たのか、あたしの頭が軽くなり、身体にも疲れが残ってなんかいなかった。

 起きて真っ先に向かったのは食事スペース。


「セシア。おはよう」

「おはよう。アデルさん」

「ごはんは食べますか? お口に合うかは分かりませんが」

「頂きます。お腹がペコペコなんです」

「では。残りで申し訳ないんですが、ご用意を致しますね」

「あ。あたしも――……」というとアデルさんは顔を横に振って台所へと行ってしまった。

「ふぅ」

 あたしは椅子に座った。


 アデルさんはジョイさんの奥さん。お人形のような表情で大人しい人。赤い髪を左右で髪を縛っていて、華奢な身体だ。アヌさんの養女で、人間の女性。アヌさんの結婚後、アララギさんと一緒に暮らし始めてから、その後にジョイさんと髭のロロさんが住み込みを始めて、そこからジョイさんとアデルさんが恋に落ちて結婚をした。10歳差。あたしとドルドゼのような若くて早い授かり婚。家は木の横にあるもう一つの木の中にあった。アデルさんは、アヌさんやアララギさんたちの食事や洗濯をしてくれる。日課のように。手際よくテーブルの上に食べ物が置かれ並べられていく。


「どうぞ」


「いただきます!」

 

 勢いよく頬張るあたしの姿にアデルさんも立ち上がったけど、食事に夢中で気づかなかった。


 さらに置かれていく皿の数が増えていく様子にも気にせずに頬張った。


「っはぁー~~」


 大満足のあたしの横でアデルさんも微笑を浮かべていた。


「ごちそうさまでした!」


「おそまつさまです」


 ゆっくりと立ち上がって皿を片付けていく。

「アデルさんは、結婚してよかったって思いますか?」

「? どういう意味?」

 首を捻るアデルさんに、あたしは慌てて両手を被り振った。

「っふ、深い意味なんかないんです! 若くして、ジョイさんとあっという間に結婚したって聞いたからでしてっ」


 もう必死。悪い意味なんかじゃない。


 あたしもドルドゼとあっという間に結婚をして王太子妃になってしまって、身分も何もかもか相違だから。不安で仕方がない。だから他の人の話しも聞きたくて。


「ジョイはバツイチで女遊びもしまくっていたらしいです。でも、前妻の方を引きずってらっしゃって。アデルの顔はお母さまにそっくりな雰囲気で惹かれたそうです。関係は強引でしたが、結婚してからも幸せです」

「……ママの、顔?」

「マザコンですね」

 まさかの裏事実。ジョイさんがマザコンとは。

「ふぁ~~あ。貴様。やっと起きたのか」

 蜘蛛の糸がするすると落ちて来て、そこからジョイさんも下りて来た。肩や頭の上には巨大な蜘蛛が乗っている。あたしと目が合うと蜘蛛たちは一斉に糸を伝って上がって行った。


「3日も寝っぱなしは、流石に寝すぎだ」

「え」

「これからはあんましと、根詰めないで調合をするこった」

 大欠伸をしてアデルさんの傍に寄って抱き着くと額と頬に口づけをした。


「私のごはんは残っているか?」


「家にありますよ。いい加減に、家に帰って着てください。仕事の虫になるのは貴方も同じ。悪い癖。いい加減に、アデルも寂しいよ」


 皿をテーブルに置き戻して、ぎゅうと抱き締める様子はまるで劇の一コマのようだ。


「ああ。今から帰る。仕事も納期に間に合った」

「嬉しいです」


 あたしもドルドゼを抱き締めたい衝動に駆られて、彼の元に急いで帰ることにしたの。



 

 

 

 


 


 


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