第2話 別れ

それから数週間後、私は元カレと会った。

SNSで人気の水族館に行ってみようということになったのだ。

元カレとはこのように月一くらいの頻度で会っていた。

「うわあ、デカい!」

私は水槽の前に行って感嘆の声を漏らした。

「この魚はエイだね」

「これがエイ――名前は聞いたことあるけど実物は初めて見たよ」

「実物見るとけっこうデカくてビビるよね」

「ねえ、エイのお腹の下にいる小さい魚――あれは何?」

「あれはコバンザメだね」

「詳しいんだね」

「まあね。コバンザメはエイの食べ残しを食べたり、エイの後ろを泳ぐことで移動を楽にしていると云われてるみたいだよ」

「そうなんだ」

「それを共生と云って、なかでもコバンザメみたいな一方的に得をするような関係を片利共生と云うらしい」

「片利共生――」

私たちはそんな話をしながら水族館を遊覧した。


「少し休まないか」

カレはそこの売店で買ってきたのか水族館限定のドリンクを手に持ちながらそう言う。

淡い水色のしたそれはとても美味しそうだった。

「ありがとう、そうしよう」

私はそれを受け取りカレに付いていく。

移動した先でドリンクを一口、二口と味わった。

半分程飲み終えたところでのことだった。

「話があるんだ。聞いてほしい」

カレは同じくドリンクを半分程飲み終えたところでそう言った。

「うん、何かな?」

「新しい彼女ができた」

私は唾を飲み込み、"やっぱりな"と心の中で思った。

「そう、なんだ。良かったじゃん」

「だからこうして二人きりで会うのも今日で最後にしたい」

「――そっか。そうだよね。しょうがないよね。新しい彼女さんに迷惑かけるわけにいかないし、何よりあなたに迷惑をかけたくはない」

「迷惑だなんて、そんな・・・」

「ううん、大丈夫だよ。そんなに気を遣ってもらわなくても。私がその新しい彼女さんの立場なら私みたいな元カノが近くにいたら嫌だもん」

私はいつの間にか下を向いていて泣きそうになるのを必死に堪えていた。

「大丈夫・・・大丈夫だよ、ちゃんと理解ってる」

いつかこうなるんじゃないかと思ってた。

逆に3ヶ月以上新しい彼女をつくらず、私と会って遊んでくれたことに感謝した。

「今までありがとね。別れた後も会ってくれてほんとうに嬉しかった」

「こちらこそ、付き合えてほんとうに良かったって心からそう思ってるよ」

私は結局泣いてしまった。

やっぱり私はカレのことが好きだ。

他の子と付き合わないで欲しい、私だけを見て欲しい、また私と付き合って、またこの水族館に一緒に行きたい。

いろんな想いが沸いて出てきて、同時にそれらはもう叶うことがない夢なのだなと悟り、また大粒の涙を流した。

でも私はそれをぐっと自分の中で我慢した。

どうせなら最後まで綺麗なままいたい――と。

「新しい彼女さんと、幸せにね」

「うん」

「私はずっとあなたの友達として陰で応援してるから」

「うん、ありがとう」

「それじゃあ、ね」

私はまだ半分残っているドリンクを片手にその場から離れた。

無駄に居残って言わなくてもいいことを言わないために。


――どんな彼女なのだろう。

やっぱり美人なのかな、それとも性格がいいのかな。

私とはどんな違いがあるのかな。

私はどこが劣っていたのだろう。

悔しい、悔しいと私は一人部屋で布団に包まりながら泣いた。

そんな惨めな私を、元カレと美人な彼女を想像しながら自分の指で慰めた。

それから幾度とない耐えられぬ夜を一人過ごした。

元カレのインスタを時々眺めたが、新しい彼女となのだろう、いろんなところへ旅行に行ったり美味しいものを食べている写真が投稿されていた。

1年前は私とだった写真。

私はそれらを見るたびに声にできない叫びに身を切るような想いをした。


それから数週間程経った頃、友人とまた呑みに出かけた。

元カレに新しい彼女ができたこと、そしてもう二人で会うことはやめようと言われたことを話したら、"呑み行こう"となったのだ。

「まあ、新しい彼女ができたんなら仕方ないよね」

友人はそう言って同情してくれた。

「うん、さすがに私ももう潮時なのかなって思ったよ」

「ショックだと想うけど、でももう十分尽くしきったじゃん! 私からしたらほんとにすごいと思うし、尊敬する」

「そうなのかな・・・」

「そうだよ。そのカレも絶対幸せだと思ってるよ」

「そうなのかな・・・」

「そうに決まってるよ!」

「――じゃあなんで私だめだったのかな?」

思わずハッとした。

「ごめん、今のなしで!」

私は自分が無意識にしてしまった発言をすぐさま取り消した。

なんでそんなことを口走ってしまったのか自己嫌悪した。

考えても考えても答えは出ない。

"どうして私じゃだめだったんだろう"と。

もっと努力すれば良かったのかな? もっとカレが好きそうな服を研究したり、もっとダイエット頑張って痩せたり、お化粧頑張ったり、それでもだめなら整形すれば良かったのかな。

私はまたいつもの深い迷宮にとらわれてしまった。

そこに入ってしまうと何もかもがわからなくなる。

何を信じていいのか、わからなくなる。

だってカレはあの時"絶対幸せにする"って約束してくれた。

絶対ってなんだろう。

幸せってなんだろう。

そう不信になればなるほど、カレの言葉を信じられなくなっている自分が嫌になった。

もうあの頃とは違うことを理解するのが嫌だった。

誰か――助けてほしい。

私はまたひとりぼっちだった。

「新しい男、つくっちゃいなよ」

隣から声がした。

「恋の傷は恋で癒やすの!」

友人は私を宥めるように続ける。

「私もね、すごく苦しかったけど、新しい彼氏作ったらそういう気持ちはなくなったよ」

友人は少し照れながら話した。

「今は辛いと思うけど、新しい恋、できるように一緒に頑張ろう!」

「・・・うん、そうだね」

たしかにそうかもしれない。

"普通"はそうかもしれない。

失恋の傷は新しい素敵な恋人との思い出でだんだんとふさがっていく。

それは私もよく聞いたことのあるエピソードだ。

実際そういうものなのだと思う。

でも私がそれを認めてしまっていいのだろうか?

新しい素敵なヒトを見つけてしまったら、そのヒトを好きになってしまったら、カレとした素敵な思い出は忘れてしまうかもしれない。

この想いが過去になってしまうかもしれない。

カレを裏切り者にさせてしまうかもしれない。

「ありがとう。私も新しい恋、できるように頑張る!」

私は友人の提案を肯定した。

これ以上、カレとの思い出を汚さないために。

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