第3話 孤独

私はそれから一人でいることが多くなった。

友人とはそれ以降会っていない。

時々ラインで連絡が来てはいた。

最初は私を心配する内容だった。

私は友人を心配させないためにも新しい彼氏ができたと報告した。

友人は彼氏とどこどこに出かけたとかあそこが楽しかったと近況報告をしてくれた。

私もカレと行ったとこのある思い出の場所を友人に話した。

友人とのラインのおかげで私は本当にカレと旅行に行ったような気持ちになれた。

――時々、やっぱり寂しくなって自分を慰めた。


カレは今頃何をしているのだろう。

あれから何年経ったんだっけ。

きっと立派に社会人になって、もしかしたら昇格してチームリーダーみたいになっているかもしれない。

彼女とは何年付き合うことになるのだろうか?

もしかしたら子供も授かっているかもしれない。

そしたら本当におめでとう。

名前はなんてつけるのかな?

男の子かな? 女の子かな?

カレの子だからきっと可愛いんだろうな。

そんなことを考えている時だった。

風の噂でそのカレが結婚するというのを聞いた。

私はその噂を聞いた日にカレに連絡をした。

『久しぶり。結婚するんだってね、おめでとう!』

『結婚式いいなあ~! そういえば、あれから私も新しい彼氏できました笑 少しやんちゃだけど、私を気遣ってくれる優しいヒトです』

『迷惑でなければだけど、私もその結婚式出席しちゃだめかな?』

『嫌だったら全然断ってくれて構わないです。私もさすがにそれは理解してるから』

"返事待ってます"と語尾に追加し、私は送った。

それから数分後にカレから『全然迷惑じゃないよ。もし来てくれるなら歓迎致します』と返信が来た。

私は心からあの時私の全てをぶちまけなくて良かったと安堵した。

だからこそ受け入れてもらえたのだと私はそう思った。

大好きなヒトの晴れ姿なのだ。

絶対に観に行きたいに決まっている。

私は友達としてカレを支え続けるのだ。


結婚式当日になった。

私はご祝儀を用意し、会場に足を運んだ。

知っている人は誰もいなかった。

逆に私以外は知り合い同士なのか、友達同士なのか、グループで固まっていた。

周囲の喧騒がやけに静かに聞こえる。

こんなに周りに人がいるのに自分の息遣いの音がはっきりと聞こえる。

ここにいる人達はみんな私のことを知らない。

そのことを私は改めて強く認識した。


式場へと移る。

席に着いたときに両隣から"誰この人?"と怪訝に訝しむ視線が脳裏から離れなかった。

いや、それはただの私の思いこみなのかもしれない。

私は止まらない手の汗を握りしめた。

そうこうしているうちに新郎入場の時間がきた。

新郎ということはつまりカレのことだ。

木製の細工な模様がついた扉が開かれると白い衣装に包まれ、真っ直ぐに背筋を伸ばしたカレが中央に向かって歩いてくる。

とてもかっこよかった。

結婚式専門のプロの着付けや化粧の効果も相まって、一段とかっこよく見えた。

それはもしかしたら数年ぶりに顔を見たせいもあったのかもしれない。

カレは中央まで辿り着くと、その場に立ち止まった。

その後まもなくして、新婦入場の時間となった。

私はとても複雑な気持ちになったが、それ以上にどんな人が私のカレを奪って行ったのかが気になっていた。

扉が開かれた。

私は扉の奥を凝視した。

一言で表すと、とても美人だった。

人目見た雰囲気から物腰の柔らかさや気品のある感じを伺えた。

私は胸が締め付けられて息ができない感覚を覚えた。

私はこの場にふさわしくない思考が浮かんでは振り消すのに邁進した。

"あの人とカレは毎晩SEXしてるのだろう"

"お互いの性器を舐め回し、卑しく光ったそれらを突き合わせて獣のような声を夜通しあげているのだろう"

"そして最後に彼女の中にありったけをぶちまけて二人放心して果てるのだろう。"

私とカレが付き合っていた頃は当然のようにしていた行為が、他人に見せつけられるとどうしてこうも飲み込めないのだろう。

止むことのない思考と止むことのない銃弾のような光景。

目を背けてしまえば良かったのに、真っ白な衣装に包まれた二人から目を離すことができなかった。


程なくして式が始まった。

神父が二人に問いかける辺りから私の意識はもうここにはいなかった。

"これは現実じゃない"と、小さい頃に見たドラマなんだと、必死に自分に言い聞かせた。

ただただ早く終わってくれることだけを神に祈った。

「誓いのキスを――」

神父のその掛け声と共に歩み寄る二人。

"あそこにいるのは誰? いや違う、あれは私だ・・・。そうじゃなきゃおかしい。だって私はこんなにもカレのことが好きで、カレも私を幸せにするって約束した。私はあそこにいなきゃ、だめなんだよ・・・」

そんな願いも、数秒後に気泡となり消えた。

"私じゃ、なかったんだ"

私はわかりきったことを再認識した。

"全部、嘘だったんだ。あの約束も、あの思い出も全部"

”あのキスも、あの告白も、好きだって言ってくれたことも全部――嘘だったんだ"

私は気付いたら泣いていた。

目から溢れる涙はもう隠しきれない程に大粒になっていた。

会場は拍手で包まれていた。

私もそれに合わせて拍手をした。

いつまでもいい子ちゃんをやめられない私。

そんな自分にまた嫌気が差しながらも、やっぱりやめることができなかった。


会場が変わり、披露宴へと移った。

料理はどれも美味しかった。

ここ最近外食することもしなくなったので久しぶりに食べるちゃんとした食事はまさにご馳走だった。

私に用意されたテーブルは会場の一番端だった。

6人用テーブルに3人グループと2人グループと私が座る。

またもや"誰この人?"という視線が痛かった。

私は周囲のテーブルを眺めた。

新郎新婦に一番近いテーブルはご年配の方が多い――おそらく新郎新婦のご親族の方が座られているのだろう。

右側は親戚だろうか? じゃあ左側はどういった関係者の方々なのだろう?

新郎新婦のテーブルには私と同年代くらいの若者達が集まってワイワイと騒いでいた。

カレも新婦も楽しそうな雰囲気だった。

私が知らない人たちと楽しく話をしているカレを見るのは初めてだったかもしれない。

屈託のない笑顔を見たのも久しぶりな気がした。

私はそんな光景を眺めてばかりでこの場から動けなかった。

もちろんカレのところに行くことも挨拶に行くこともできない。

私一人がそこへ行ったら、あの集団の邪魔をしかねない。

たくさんの人の相手をしなければならないのに私が行ったら間違いなく場の空気を白けさせてしまう。

そもそも私なんかが行ったら新婦さんにあらぬ不信を持たせかねない。

だから行ってはいけないのだと私は自分を納得させた。


私は披露宴でも終始来なければ良かったという気持ちでいっぱいだった。

場違い感、除け者にされている感じが会場全体から響いていた。

周りはすごく楽しそうに盛り上がっている。

そんな時だった。

「各テーブルに新郎新婦が廻ります。一言お声がけをして、持っているキャンドルに火を分けてもらってください」

どうやらテーブルラウンドというものがこれから行われるようだった。

新郎新婦は立ち上がり、前のテーブルから順番にキャンドルを持ちながら回っている。

時には立ち止まり、話をし笑顔を浮かべていた。

私は逃げ出すこともできず、その場でじっと待った。

何を言われるのだろうか。

もしかしたら無視されるかもしれない。

だって私は元カノ――仲良くしてはいけない存在なんだ。

今のカレにとって私は禁忌そのもの。

最初からこうなることはわかっていたのに、想像以上にこの賑やかな場は私には堪えた。

「――久しぶり」

私はいつの間にか目線が地面へ吸い込まれていたが、声がした方向へ顔を上げた。

「元気だった? 少し痩せたね」

カレだった。

「う、うん。元気だよ。全然痩せてなんかないよ」

私はオウムのような生返事しかできなかった。

「この方は?」

隣にいた新婦がカレに尋ねた。

「このヒトは、俺の大切な友人だよ」

カレは懐かしい優しい笑顔を私に見せた。

なんでだろう――それはとてもとても暖かい感じがした。

その優しい声と優しい表情で、私はカレとの思い出に触れた。

カレとしたキス――少し背伸びしなきゃ届かなかったこと。

冬空の下手を繋ぎながら歩いたこと――カレの手も凍えるように冷たかったこと。

私がカレーとシチューどっちがいい? と尋ねたとき、カレーのが好きだからとカレーになったこと。

どの思い出も鮮明に覚えていた。

そして暖かかった。

「そうなんだ。いつも主人がお世話になってます。今度良ければ3人でお食事にでも行きましょう」

新婦は曇りのない笑顔を私に見せた。

彼女の温和な発声と物腰の柔らかい雰囲気にそれはお世辞なんかではないことはすぐに察せられた。

「それじゃあ、また」

そう言い残すと、カレと彼女は次のテーブルへ移動していった。


テーブルラウンドが終了し、余興~花嫁のご両親に向けた手紙と進んだ。

私はいつの間にか孤独を感じなくなっていた。

カレは昔と何一つ変わっていなかった。

今も昔も私のことを大切に扱ってくれていて、関係こそ変わってしまったけど決して嫌われたり避けられたりしているわけではないことが理解り、そのことが私を一番安心させた。

"じゃあどうして私じゃいけなかったのだろう?"

その疑問だけはいつまでも解けずにいた。


私たちは披露宴の会場から一度外に出た。

いわゆる庭園みたいなところで写真撮影を行うためだった。

ここでも私は一番大外に居座った。

けれども、最初の頃のような息苦しさはもうなかった。

"ハイチーズ"

カメラマンの掛け声と共にシャッターの切られる音が響く。

みんないい笑顔を浮かべていた。

私も自然と笑えていたと、思う。

「それでは最後にブーケトスに参ります。女性の方はなるべく中央にお集まりください」

ドラマかなんかでよくある光景だ。

花嫁がブーケを後方へ投げ、それをキャッチしたものが次に結婚ができると言われている。

「それじゃあ皆さん、いきますよ――」

天高くブーケが投げられた。

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