第7話 神代の時代のフェンリルとの契約

「……エドワードさん? 魔王種って、魔石を体内に持っていたりしないのかしら」

「わかりません。そもそもどのようにして発生するかもわかっておりませんし。ただ、今回のフェンリルに関して言えば教会の記録では聖獣とされていた時期もあり、必ずしも結界が効くとは……って、まさか?」

「多分だけど、目の前にいるこのワンちゃんがフェンリルの幼体よ」


 そう断言すると、パーテイメンバーの間に緊張が走った。しかし私たちの緊張をよそに、フェンリルの幼体は食事に集中している。


「ローラの言うことが正しいなら、ここでそいつをぶっ殺したら万事解決なんじゃねぇか?」

「だ、駄目よ! こんな小さな子を相手に何を言っているの!?」

「いやいやいや、だってそいつのせいで大勢の人が危険に晒されるって言っていたのはローラ自身じゃねえか」

「だからこそ、こうして仲良くなりに来たんじゃない!」


 私はヴォルフから庇うようにして食事が終わったフェンリルちゃんを抱き上げると、そのモフモフしい毛並みを堪能するようになでなでする。フェンリルちゃんも気持ちよさそうに目を細めて私の手を甘噛みすると、やがて満腹感から私の腕の中で眠りについた。

 その緊張感のないやり取りに、みんなも気が抜けたのかテーブルに戻って蜂蜜の紅茶で喉を潤す。


「まあ、なんだい。これで緊急クエストは達成ってことでいいのかい?」

「マジかよ。ていうか、あのワン公を連れ帰って逆に問題が発生することはないのか?」

「それは大丈夫みたいだ。さっきローラに甘噛みをした時に、急に内在するエネルギーが安定したのを感じた。多分、何か儀式的なものでもしたんじゃないかな」


 メイガスにそう言われてあらためて左手を見ると、左手の薬指に雪の結晶を模したような赤いアザが浮かんでいるのが見えた。噛まれて少し傷でも負ったのかと、エドワードさんに法術で回復をかけてもらったけれど治る様子は見られない。


「そうだ! この紋章、どこかで見覚えがあると思ったら千年以上前のフェリクス王国金貨の裏側に掘られていた模様じゃない!」


 例の魔獣分布が変わらなかった時代の王国金貨の表がフェンリルの像で裏の模様が私の左手の模様と一致しているところを見ると、もしかしてこれはフェンリルとの契約の印だったりするのかしら。


「ローラ。今気がついたんだけど……君の魔力、おかしな強さになっていないか?」

「え? そんなことあるわけないでしょう。ほら、ライトニング」


 ズドーォオオンン!


 メイガスの指摘に試しにもっとも簡単とされる初級魔法を放ってみたところ、以前ワイバーン討伐をした時に使った上級魔法ジオ・ライトニングを超えるような威力の雷が百メートル先の天と地を繋いだ。

 私はしばらく呆気に取られたように大口を開けていたけど、事態を飲み込み独白するようにつぶやく。


「……そんなことあるみたいね」

「おそらく契約によりフェンリルの魔力がローラさんにも流れ込んでいるのでしょう。教会の古い書物にも似たような記述を見たことがあります」


 つまりフェンリルちゃんの膨大な魔力を私に分けることで器が大きくなったから、周辺の魔獣や魔物に影響を及ぼさない程度に安定したと見るべきなのかしら。それなら過去に一度、周期的変化が起こらなかった説明がつく。

 あらためて自分やフェンリルちゃんに内在する力を感知魔法で探ってみると、私の推測は正しいようだった。


「えーと、ラッキー? ということで帰りましょう!」

「ちょっと待ってくれ。なんだか疲れちまった……ぜ?」


 急に口を閉じたと思ったら、ヴォルフをはじめとしてパメラさんやメイガス、それにエドワードさんも目を見開いて私の後ろに視線を向けた。また何か出現したのかと思い振り返ってみると、そこには霊体のように後ろが透けて見えるフェンリルの成体の姿があった。


(新たな人間の契約者よ。古き契約に従い冬の終わりを告げ、春を呼び込もう)


 頭の中で言葉が浮かんだあと、遠吠えと共にあたり一面になんらかの力の拡散していくのが感じられた。すぐに影響が出るものではないようだけど、何をしたのか恐る恐る目の前のフェンリルに聞いてみる。


「あの……古き契約とは? あと今のは一体何をしたんですか?」

(神代の時代、我らフェンリルは冬の終わりを告げる使者として精霊界から召喚された。以来、定期的に訪れては、人間たちの供物の奉納を対価に春を呼び込む儀式をしている)


 さらに詳しく聞いていったところ、昔の人たちは氷河期の訪れを回避するために定期的にフェンリルに来てもらって天候の制御をお願いしていたらしい。

 なんだかずいぶんと神話じみた話だと呆然と聞いていたら、後ろでエドワードさんがものすごい勢いで手記に書き留めていることに気が付く。やっぱり神話そのものだったみたいね。


「えっと、この子はどう扱ったら良いのでしょうか?」

(……仲良くしてやって欲しい。成体になり精霊界へと帰還する五十年後まで、我が子の面倒を頼んだぞ)


 そう頭の中に言葉が届いたかと思うと、旋風と共にフェンリルの成体はその場から忽然と姿を消した。


「そっか……だから五十年で魔獣の分布が元に戻っていたのね」


 おそらく、今までも人が捧げる供物を五十年の間は待っていたのだ。それで誰も来ないまま成獣になると精霊界へと戻っていき、魔獣の分布が元に戻る歴史を繰り返していたんだわ。長期記憶媒体もないこの世界では、一度失われた伝承は簡単には取り戻すことはできないのね。


 こうしてすべての謎が解けた私はあらためてパーティのみんなにクエスト達成を告げ、ライカンス領の冒険者ギルド支部へと無事に帰ることができたのだった。


 ◇


 緊急クエストを終えたあとしばらくすると異常な魔獣分布は元に戻り、冒険者ギルドに以前と変わらぬ日常が戻ってきた。フェンリルちゃんもライカンス領の冒険者ギルド支部のマスコットとしてみんなに可愛がられており、すべては平和に解決したかに思えた。

 ……ただ一つの問題を除いては!


「ローラちゃん、ずいぶんと強くなってしまったのね。これじゃあライカンス領の冒険者ギルドに所属する魔法使いは、永遠にAランク昇格試験を合格できそうにないわ」


 ギルドの試技場で初級の雷撃魔法を当てられ失神する魔法使いを見て、お母さんは頬に手を当てて溜息をつく。


「言わないで……これでも精一杯手加減をした結果なの」


 そう。私の魔力が上がり過ぎてちょっとやそっとの威力では私の魔法結界は破れないし、逆にどれほど弱い魔法でも相手の防御を紙の様に抜いてしまう。この圧倒的なまでの力を野心のある人物が持ったら、それは国の一つや二つは建つだろうと言うほどのものだった。


「もうギルドの職員はやめて、Sランク冒険者として活躍しても安全安心なんじゃないかしら。そうだわ、得意の確率を計算してみたら安心できるんじゃない?」


 そんな分析はすでに済ませており、帰ってきてから百パーセントしか出なくなっていた。歩いて自動迎撃するだけで大型の魔獣も含めて瞬殺なのだから、無人の野をいくようなものだ。かつてヴォルフに話したSランクへの一線を超えまくっている。

 それでも言わせてほしい、私の胸に宿るこの熱い想いを!


「私はギルドの職員を辞めたりなんか絶対にしない! 戦闘とは無縁の平和な毎日を過ごすんだから!」


 そう言って拳をギュッと握って空に突き上げる私をフェンリルちゃんが不思議そうな表情で小首を傾げて見つめる中、春の訪れを告げる風が私の頬を撫でていった――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

真因を見抜く鋭い目、ギルド受付嬢が明かすクエスト発生の真実 夜想庭園 @kakubell_triumph

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ