第6話 エーブリーズ高原への旅路
先日パメラさんと調査に来たカストール湖がある森を抜けてさらに北へと向かう途中で、私たちは激しい戦闘の最中にいた。
「右前方百メートルノースホワイトベアー二体、左七十五メートルにアイスゴーレム三体、後方二百メートルからシャドゥアイスフォッグ八体! 左三体のゴーレムに突っ込んで全員で倒したあとに、右からくるベアーを剣で仕留めて最後の後方の敵は私とメイガスの中級魔法で迎え撃つわよ!」
「「「「了解」」」」
半径一キローメートルにいる敵の位置を完全に把握した行動予測により、一度に相対する敵をできる限り少なくして時間差をつけて各個撃破する。言葉にすれば簡単だが、それは普通の冒険者パーティにはできない行動戦術であった。
遠くの敵まで感知することができない冒険者たちは基本的に立ち止まって敵を迎え撃つのが通常の戦闘行動となる。そのため時には同時に多くの敵と相対して捌き切れずに大きな怪我を負うものだが、私が管制塔のような役割をすることでパーティのメンバーは非常に安定した戦闘を続けることができていた。
「サンダーレイン!」
「ファイアーヴォルテックス!」
そして、ガス生命体の魔物については二人の魔法使いの広範囲魔法にかかれば何体来てもまとめて屠ることができるため、前衛の継戦能力を最大限に維持したまま最果ての地へと向かうことができる。
そんなかつてないパーティ戦闘を体験することで、まだ伸び盛りのヴォルフとメイガスは全能感のようなものを感じているようだった。
「信じられねぇくらい楽だぜ。今だけで十三体を相手にしたっていうのに、剣を二振りしかしてねえ」
「僕も初級のファイアーランスと中級のファイアーヴォルテックスしか使っていない。あれだけいたら、大魔法の一つは使うはずなのに」
そう言って二人が感嘆の声を上げる様子に、パメラさんは快活に笑いながらかつての経験を語る。
「ははは、あたしはギルマスが現役の時にパーティに入れてもらったことがあるから初めてじゃないけど、凄いもんだろう? 敵の数が多ければ多いほど、雷帝譲りのローラちゃんの力は生きてくるのさ」
「まったく宝の持ち腐れだぜ。やっぱりローラはギルド職員なんか辞めて、この俺とパーティを組むべきだ」
「もう。そんな寝言を吐いていないで、合間に水を飲むことを忘れないでね。ウェールズ高原で言ったこと、忘れていないでしょうね?」
「高山病にかかったら百パーセントから九十九パーセントに成功率が落ちるって話だろ。ちゃんと覚えているって!」
私が渡した水筒を手に取りグビグビと喉を鳴らして水を飲むヴォルフの様子に、居合わせたメンバーも思い出したように水を口に含む。過去の記録をもとにわずかの失敗の原因も見逃さないローラの忠告は冒険者の間では絶対だ。大雑把な性格をしているヴォルフであっても、高ランク冒険者がほんの少しの油断で命を落としかねないことを自覚している。
「ところで、肝心のフェンリルは見つかりそうですか? だいぶエーブリーズ高原に近づいてきましたが」
「ここまで魔物分布と密度を感知するうちに、真空地帯となっている場所の候補がいくつか浮かんできました」
エドワードさんの指摘に私は地図を取り出して該当する箇所にバツ印をつけていく。その中で、もっとも大きい空白地帯と思しき場所に丸をつける。
「もっとも確率の高い場所は……ここになります」
「北北西に二キロメートル先ですか、ずいぶんと近い場所ですね。ここは一旦結界を張って休みを入れましょう」
「昼間から結界を張って大丈夫ですか? 夜に疲れが残ると大変では……」
「ははは、大丈夫です。ここまで誰もかすり傷一つ負っていないのですから、私の法力はまったく消耗していません」
それなら、とエドワードさんに法術による結界を張ってもらい、私はディメンションボックスからパンと一緒に鳥の唐揚げやオニオンのスープや新鮮な野菜の氷漬けを取り出しメイガスに頼んで瞬間解凍してもらう。あたりに漂い出した食事の匂いにパメラさんが歓喜の声を上げる。
「くはぁ! やっぱり四大属性魔法は偉大だねぇ。一家に一台は欲しいくらいだ!」
「なんですかそれ。僕は魔道具じゃないんですよ」
幼い頃からの学習効果により細胞組織を痛めない瞬間冷凍の原理を理解したメイガスの魔法は、味を落とさないで保存食を実現した。これと私のディメンションボックスを組み合わせることで、クエストの最中に出来立てほやほやのような食事を摂取することができる。安全な結界内ということもあり、さらにテーブルと椅子を用意すれば気分はオープンランチだ。
「じゃあ、昼食にしましょう。温まるように蜂蜜入りの紅茶も用意したから、冷めないうちに召し上がれ」
食器を並べて私が手を広げて合図をすると、皆一斉に用意した食事に手をつけた。なんだかギルドの食堂にいるかのようでほっこりとした気分になり、私も唐揚げをパクリと口に入れて頬を緩める。
「それにしても結界は便利ですね。僕は魔法使いだからよくわからないけど、どういう原理で魔獣や魔物の接近を防いでいるんですか?」
「神の御力です……と申し上げたいところですが、原理としては魔石が魔素に還元されるほどに結界内の魔素濃度を下げることで、体内に魔石をもつ者が長時間侵入できない空間を形成するという仕組みです」
「え? それではひょっとして魔法も発動しないのでは……」
「大丈夫です。体内の魔素は維持されたままですから、魔力切れでも起こしていない限りは問題ありません」
メイガスとエドワードさんが話す内容に、ふと気になる点があって私も疑問をぶつけてみることにした。
「その原理だと、魔石を体内に持たない普通の動物などは結界に入ってこられるんでしょうか」
「そうですね。犬や猫は普通に入ってこられますし、荷車を引かせる馬や牛なども結界に阻まれることはありません」
「なるほどなぁ、だからそこにいるようなワン公も結界内に入ってこられるってわけだ」
ヴォルフが指差す先を目で追ったところ、白い毛並みにつぶらな青い瞳をした子犬が私の後ろにちょこんとお座りをしていた。その可愛らしい目線の先に二度揚げした狐色の唐揚げがあることに気がついた私は、ディメンションボックスから小皿を取り出していくつか唐揚げを乗せて子犬の前に差し出す。
「これが欲しいのかしら? よかったら食べてみてね」
「ワフゥ! ウォーン!」
まるで私の言葉を理解しているかのようにそれぞれに返事を返したその子犬はガフガフと小皿に乗せた鶏肉にかぶりつき、あっという間に用意した唐揚げを平らげた。ペロリと口元を舐めながら私を見つめるその瞳は、もうなくなっちゃったと悲しげな光を灯しているようで胸が締め付けられる。
「あらら、そんなにお腹が減っていたのね。はい、パンとスープもあるからお肉と合わせてどんどん食べてね」
「ワォ!」
一鳴きしたあと再びガフガフと音を立てて食べ始めた子犬を見て、ヴォルフが呆れたような声を上げる。
「おいおい、そんなに食べさせて食料は大丈夫なのか?」
「問題ないわよ。ディメンションボックスに一ヶ月分以上は入っているから」
「マジかよ。遠征軍じゃあるまいし、どんだけエーブリーズ高原に居座るつもりでいたんだ?」
「それはもちろん、フェンリルの幼体が見つかるまでよ」
そう答えながら私は再びテーブルに戻ると、蜂蜜入りの紅茶を飲んで一息つく。逆に言えば、それを過ぎればもうフェンリルを最果ての地から遠ざけても魔獣の分布が固定化してしまう可能性が高い。
「ところでローラちゃん。そこにいる子犬がフェンリルってことはないのかい?」
「あはは。パメラさん、そんなことあるはずが……」
そこではたと笑いを止めて、グルンと音がするような勢いで再び後ろの子犬の方に目を向けて感知魔法で内在する魔力を推し量る。するとそこには見た目の可愛らしさとは相反するような、莫大な力を持った何かが存在していた――
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