魔王種フェンリルの謎

第5話 周期的な魔獣分布の変化に対する打開策

 カストール湖の調査を終えて戻った私は、魔王種であるフェンリルが誕生した可能性についてあらためて最近のクエスト記録のすべてを確認した。その結果、やはり私が危惧したことに間違いはないことが判明した。

 そう、今までのクエストはすべて一つに繋がっていたのだ。エーブリーズ高原のワイバーンは各地に四散し生態系を乱し、ハスラ砂漠に限らず各地で普段は見られない魔獣が現れて冒険者が駆り出されていた。カストール湖はエーブリーズ高原から直接的に押し出されたから数が多く影響も大きいけど、他の地域も生態系の上から順に押し出されるようにして分布が変化している。


「まずいわ……三百年から四百年に一度の魔獣の大移動が始まっている」


 事態は緊急を要すると判断した私は、最低限の確認が取れた段階で今回のクエストと合わせて報告をするためにパメラさんとギルド長であるお父さんの執務室を訪れた。ノックの後で扉を開けると、私の姿を見たお父さんが書類を放り出して歩み寄ってくる。


「おお、ローラじゃないか。カストール湖の調査からもう戻ったのか?」

「はい。つきましてはギルド長に急ぎ報告しないといけないことが……」

「おいおい、ギルド長なんて堅苦しい呼び方はやめてくれ。いつものように、お父さん……なんなら昔のようにパパと呼んでくれても構わないんだぞ」

「かぁー! 聞いちゃいられないね! 剣帝ガルフがずいぶんと丸くなったもんだよ!」


 続けて扉から入ってきたパメラさんにお父さんはゴホンと咳払いをすると、改めて威厳のある態度で挨拶をし出した。


「ローラ、無事で何よりだ。それで急ぎ報告しないとならないこととはなんだね?」

「カストール湖に出現した氷結の魔物についてパメラさんに同行して調べたら、エーブリーズ高原から押し寄せていることが判明したの。それをきっかけに各地の最近のクエスト発生状況を調べたら、ある一つの可能性に繋がっていることがわかりました」

「ほう……なんだね、それは」


 そこで私はお父さんのそばに近寄って声をひそめるようにして告げた。


「魔王種の出現、災厄級の魔獣フェンリルの誕生です」

「なっ! それは本当なのか!?」


 私は事前に用意した資料を広げ、平均して約三百五十年周期で繰り返されてきた魔獣の大移動について説明する。


「これから五十年の間、エーブリーズ高原から押し出された魔獣や魔物の影響で各地の魔獣の分布が変化します。カストール湖のように推奨ランクがBランクだった場所がAランク相当に変わったり逆に下がったりする場所が出ますが、全体的に難易度が上昇します」


 そこでウェールズ高原でのワイバーン討伐やハスラ砂漠でのデスサンドクローラーなど、最近同行したクエストも引き合いに出して常ならぬ対策をしないと冒険者たちが被害に遭うことを話して聞かせた。それを聞いていたパメラさんも大きく頷きながら補足を入れる。


「あたしもローラちゃんの随伴無しなら、一人でカストール湖に行くのは躊躇われるくらいさ。話を聞いて回るとギルドの仲間も似たような異変を感じているようだね」

「そうか……最近妙に怪我人が多いとは思っていたんだが、そんなことが起きていたとはな」


 お父さんはしばらく顔を伏せて黙考したあと、当面の対策を決めたのかいつものように力強い声で指示を出した。


「とりあえずローラは過去の資料から各地の適正ランクの再評価をして職員に共有してくれ。それと二人とも魔王種の発生の可能性については伏せたままで頼む」

「あいよ、お安い御用だ」

「わかりました、お父さん」


 こうして当面の対策は済んだとホッと息をついたところで、私は一つだけ過去の資料で気になることがあり追加で報告することにした。


「それと……これは確かな情報ではないのだけど、約三百五十年周期の魔獣の大移動の記録で一度だけそれがなかった時代が存在しているの。もしかしたら、何かの原因で今回の大移動を防げる手立てがあるのかもしれないわ」


 討伐した記録がないことから何かしらの原因でフェンリルが誕生しなかったり病死したりしたかもしれない。でも私が気になったのは、ちょうど時期を同じくして建国した古い国の紋章がフェンリルを模したものであることだ。もしかすると前世の動物園のライオンのように、人間が懐柔できる可能性もあるのかもしれない。

 そうした考えを伝えると、パメラさんは驚いた表情をして声を上げた。


「フェンリルを飼い慣らそうってのかい! そりゃまた大胆なことを考えるねぇ」

「でも王宮にいるワイバーン騎兵隊も、子供の頃から飼い慣らして使役するんでしょう? ワイバーンの卵は高く売れます」

「なるほど。魔物の移動が始まって間もない以上、フェンリルは生まれたばかりの子供の可能性が高い。それなら懐柔も可能というわけかね」

「多分……そうでもなければ国旗にフェンリルの絵を描かせたり金貨に像を彫らせたりしないでしょう?」


 おそらくは幸運の上に幸運が重なったに違いない。広い最果ての地の高原でフェンリルの子供と出会える可能性はとても低いはず。ガス生命体のような魔物が群をなして出没する以上、人間の中でもAランク以上の冒険者がパーティを組んで赴く必要がある。

 それでも、今後の人的被害の大きさを考えれば挑戦する価値はありそうだ。


「ふーむ。話は分かったが難しいな。エーブリーズ高原には私やマリアが現役のころに四人パーティで行ったことがあるが、司祭の結界やマリアの自動迎撃がなくては厳しい場所だ。そんなところに行って無事に帰ってこられる冒険者など……」


 そこで言葉を区切って、一瞬ハッとした表情で私を見つめるお父さん。しかし、すぐに何もなかったように言葉を重ねる。


「……いないな」

「お父さん。放置したら幾つかの大きな街が次のスタンピードで壊滅するわ。想定被害は死傷者二十万人……おそらく警告を出しても、裕福な家じゃないと住む街を変えたりなんかできない」

「ローラ。だからと言って、お前が犠牲になったらお父さんは生きていけない」

「お父さん……」


 かつてスタンピードを迎え撃とうと出陣する前にしたように、私を力強く抱きしめたお父さんに思わず言葉を無くした。おそらく、エーブリーズ高原はそれほどの難所なのだ。


「ギルマス、そんなに心配するな。あたしもついて行ってやるよ。それにヴォルフィードやメイガスなら、事情を話さなくてもローラが行くと言えば二つ返事でついてくるだろうさ」

「すまないがローラを頼む。戦い続けられるよう、できる限りの中級ポーションを提供しよう。司祭の手配はこちらでする」

「ああ、任せときな! 駆け出しの頃にアンタとマリアさんに鍛えてもらった恩をようやく返せるってもんさ!」


 安心させるように努めて明るく振る舞うパメラさんにお父さんは私を離し、自由になった手で信頼を表すように固く握手を交わした。


 ◇


 あれから一週間後、緊急クエストの発動によりギルドマスター権限で召集されたヴォルフィード、メイガス、それにパメラさんが集まる中で、お父さんが神殿に依頼したという司祭のエドワードさんと顔を合わせていた。


「はじめまして、フィルアーデ大神殿で司祭をしているエドワードと申します。エーブリーズ高原で休息を取る際の結界や、魔獣との戦闘で負った傷の回復はおまかせください」


 エドワードさんの名乗りが終わると、お父さんに促されて各々が簡単に自分の名前とクラスを話す。


「俺はヴォルフィード、風系統の魔法剣士だ。よろしくな」

「僕はメイガス、四大属性魔法を得意とする魔法使いです」

「あたしはパメラ。見ての通り小難しい技は使わない大剣使いさ」


 そうして三人の自己紹介が終わると、室内に居た五人の目が一斉に私の方に向けられた。私は本来は冒険者ではないので、こうしたクエスト前の自己紹介は慣れていなかったので考えながら自分の名前と特技を告げる。


「私はローラ。えっと、空間魔法を応用した剣と雷系統の魔法を使い、通常時は周囲一キロ圏内の敵を察知して……」


 しかし、そんな私の苦労はヴォルフの一言で無駄に終わる。


「そんな長ったらしい紹介じゃなくて、神眼のローラで十分だろ」

「ああ。あなたが、かの有名な神眼のローラさんですか。お会いできて光栄です」

「……」


 もはや神眼の二つ名を否定するのも面倒になった私は、無言でエドワードさんが差し出した手を握って握手した。見ればパメラさんやメイガスもようやく受け入れる気になったのかと大きく頷いている。

 開き直った私は、いつも通りクエストの内容について簡単な説明をする。


「今回のクエストの目的はフェンリルの捕獲もしくは懐柔です。食料は事前に大量に用意してディメンションボックスで運びますから、よろしくお願いします!」


 こうして私は幼いフェンリルの懐柔に向けて、最果ての地の奥地にあるエーブリーズ高原へと旅たつこととなった。

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