第4話 水辺に棲まう氷結の魔物の謎

 デスサンドクローラーの脅威を潜り抜けた私たち二人は、飛び散ったビッグサンドクローラーの遺骸から目的である魔石を見つけ出したあとハスラ砂漠から帰還した。今回のクエストの記録を参考にして砂漠地帯でのデスクローラーに対する備えもマニュアル化してギルド職員に周知できたし、今後は無音の刺客サイレントアサシンの被害も低減していくに違いない。

 そうホッと息をついたのも束の間、私はまた新たな無理難題を押し付けられようとしていた。


「頼むよ! ローラちゃんしか原因を究明できる人間が思い当たらないんだ!」


 そう言って水色の綺麗な長髪をバサリとさせて頭を下げるパメラさんは、冒険者ギルドの中でも珍しい女性の前衛職だった。ライカンス領の冒険者ギルドでも姉御肌のAランク冒険者として皆から好かれる有望株であり、私が受付を担当している。

 パメラさんがこうして私に頼み込んでくるなんて珍しいことだから叶えてあげたい気持ちはあるんだけど……


「だからって、なんでギルド職員の私が魔獣の蔓延る北のカストール湖まで同行しなきゃいけないんですか! わかっているんですか? 推奨ランクB以上の難所ですよ!?」

「もちろんわかっているさ。私だってAランク冒険者として何度か立ち入った場所だ。だけど相手が魔物では、普通の調査員を連れて行っても守り切れる自信がないのさ!」


 どういうことかと詳しく聞くと、今までは魚類や爬虫類などの水棲の魔獣しか現れなかったエスコール湖で、最北の地でしか見られなかった氷結の魔物が出現するようになったという。

 魔獣と違って実体を持たないシャドゥアイスフォッグやアイスゴーレムなどの魔物は核となる魔石を狙わなければ倒せないこともあり、剣士では魔石の位置を気配から探れるような達人クラスしか相手ができない。調査員という足手纏いが一緒では、いくらパメラさんでも集中できず共倒れする危険もある。


「そんな状況になっているのなら、推奨ランクもAに格上げになっているはずです。そんなところに私のようなか弱い事務員が同行したら、なおさら駄目じゃないですか!?」


 とても真っ当な意見だと思う私の指摘に目の前のパメラさんはキョトンとした顔をすると、次の瞬間には大笑いしていた。


「プッ……アッハッハ! 笑わせないでおくれよ! 生体磁力を感知して半径五十メートル圏内の敵を自動迎撃できる魔物の天敵のようなローラちゃんがいたら、推奨ランクBどころかCランク冒険者でもピクニックに行くような気軽さでカストール湖の景観を楽しめちまうさ!」

「でもでも、自動迎撃が効かない大型の魔獣が近寄ってきたらどうするんですか!」

「聞いたよ、メイガスの坊やがギルドで見せた幼い頃のローラちゃんの攻防一体の腕前をさ! デカブツが来ても剣帝ガルフ直伝のディメンションスラッシュを使えば、素手でも真っ二つだろ!」


 うっ……メイガスの馬鹿。今まではスタンピードとの戦闘で見せた広域魔法か魔法使いのAランク昇格試験で使う対人魔法しか見せていなかったのに、近接戦闘の実力までおおやけになってしまったじゃない。

 でも、まだ諦めないわよ!


「でもですね、専門の調査員ではない私がついて行っても仕方ないんじゃ……」

「それこそ何を言っているんだい? でも見抜けないなら、誰にも原因なんてわかりゃしないよ」

「だから、神眼って呼ばないでって何度も言っているじゃないですかぁ!」


 こうしてすべての反論を封殺された私は、仕方なくパメラさんとカストール湖調査クエストに同行することとなった。


 ◇


 ピシャーン! ピシャーン! ピシャーン!


 カストール湖が近づいてくると氷結系のガス生命体が次々と襲いかかってくるようになり、静かな森の中で自動迎撃の雷撃が絶え間なく鳴り響いていた。もちろん、もとから棲息している水棲の魔獣も健在であり、大型の魔獣が森に迷い込んだ人間を捕食しようと近づいてくる。


「パメラさん、左斜め後方からビッグフロッグが接近しています」

「あいよぉ、ソリャ!」


 ザンッ!


 しかしそうした魔物も所詮はBランク冒険者が適正であり、Aランク冒険者であるパメラさんのグレートソードの前には一撃で屠られる雑魚でしかなかった。調査メインで来ていることから解体している暇も惜しいので、ディメンションボックスで適当に遺骸と一緒に魔石を回収する私を見てパメラさんは感嘆の声を上げる。


「はぁ、さすがは剣帝ガルフと雷帝マリアの娘だよ。本気でCランク冒険者でも十分だったねぇ……なんで冒険者をやらないんだい?」

「高ランク冒険者は少しでも油断したら帰らぬ人になります。わざわざ危険な場所に進んで行きたくありません」

「ははは、言われてみりゃそうだね! だけど、それならなんでそこまで練磨したんだい? あたしの目は節穴じゃない。いくら才能に恵まれていても、そこまで到達するのは並大抵の努力では届かないだろ」

「……過去の膨大なギルドの記録を見たせいです。もう一本のSランク級の柱が居なければ、対策を講じたとしても数年前のスタンピードで街が樹海に飲み込まれるのがわかっていたからです」


 お父さんとお母さんなら、私を連れてライカンス領から脱出することは難しくはない。でもギルド長とその補佐を務める責任感や両親の優しさを考えれば、街と運命を共にするであろうことは予測モデルを使わなくても容易に想像ができた。ほぼ確実に訪れるであろう両親との別れの未来を避けるためなら、慣れない訓練も苦痛ではなかったのだ。


「ふぅん、でもメイガスの坊やが流した記録では今では考えられないくらいニコニコ笑ってスパスパ丸太を切っていたって話だけどねぇ」

「うっ……人には何をしても楽しい時期というのはあります」


 デスクワークばかりだった私が生まれ変わってやたらと運動神経が良くなったり未知の魔法という新たなものへの知識欲を掻き立てらたりして、若気の至りをしまくったことは否定しない。

 中でも母親から受け継いだ電磁気に関わる魔法の才能は、私の頭脳の中にあるデータ処理と相性が良すぎた。今も調査のためにしているように、電線を張り巡らせれば遠く離れた場所でも魔石を持つ魔物や魔獣の挙動のすべてを把握できてしまう。たとえそれがライカンス領内全体というような広さであってもだ。これこそが、私がの二つ名で呼ばれた最大の理由だった。


「メッシュ・ワイドレンジセンシング……まったくローラちゃんのその能力が国の中枢に知れたら、大騒ぎになりそうだねぇ。雷帝マリアの半径一キロの検知でも桁外れと言われていたのに、距離にほとんど制限がないなんて反則もいいところさ」

「ずっと監視していたら疲れてしまうので、非常時以外は使いたくありません」

「それで、何か異常の原因はわかったのかい?」


 パメラさんの言葉に軽く頭を横に振りながら否定を伝える。魔物の配置から分かることは、最北の地の中でも最も危険と言われるエーブリーズ高原から押し寄せていることだけだった。

 いえ、待って。高原といえば最近ウェールズ高原にも滅多に見られないワイバーンが棲みついて疾風のヴォルフィードのクエストに連れて行かれた記憶があるわ。砂漠地帯でも、デスサンドクローラーのような特異な魔獣が現れたばかりだ。ひょっとして、これらの異常現象はすべて一つにつながっているのではないかしら。


「もしかして、最果ての地にあるエーブリーズ高原にもの凄い強さを持つ何かが誕生したのかも?」

「ちょいと待ちな。そいつは聞き捨てならない地名が出てきちまったね。もしそれが本当なら答えは一つさ。クエストの記録が頭の中に入っているんなら、エーブリーズ高原から何が発生するかわかっているだろう」


 パメラさんの言葉に、頭の中にある膨大なクエストの記録から過去に起きた事象と最近起きた事象の関連性を照らし合わせる。自らの頭の中で出された考えたくない結論に、相関分析やベイジアンネットワークによる感度分析など様々な分析モデルで別の答えが出ないか確認するも否定する答えが出てこない。


「……まさか、魔王種フェンリルの誕生?」


 独白するような私の呟きに、パメラさんは深刻そうな表情を浮かべて重々しく頷いた。

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