第3話 「一滴の真実は、野々宮すみれの手の中に」

 翌日、おれは野々宮に本を返した。


「読んだけどさ、まあ、こんなもんかな。始皇帝や項羽が、まじであんなもんを食っていたとは信じられないけどな」


 もちろん読んでない。けど、目次だけは見た。そして一滴の真実で『完璧な言い訳』能力を発動させれば、人を秒で納得させられる。

 便利な能力だ。神さまサンキュー!



 野々宮はまだ疑わしい顔をしていたが、また別の本を差し出した。


『万葉集 愛するよりも愛されたい』


 なんだこりゃ? まんようしゅう? くえるのかソレ……。



 こうしておれと野々宮の交流が始まった。だが、彼女の眼を見るたびにぞくぞくする。

 あの目は、真実を見抜く目だ。

 おれの言い訳はいつかバラされる。おれの正体がクラスにさらされる。

 また干されてシカトされて、生きてるのか死んでるのかわからないような日々が来る。

 そうなるまえに……野々宮をヤラなきゃ……。

 やるんだ、あれをやるんだ……。



 おれは自宅に帰り、SNSに匿名で打ち込んだ。


『野々宮すみれは、ネットストーカーだ。SNSで被害者が続出。おれも言いたくて言っているわけじゃないけど次の被害者を守るために……』



 5秒後、もう炎上した。


 一滴の真実をいれた『完璧な言い訳』は、完璧に発動した。

 この場合の一滴の真実とは『おれも言いたくて言っているわけじゃない』って部分だ……。


 おれは、野々宮すみれを好きになっていた。

 だからこそ彼女にだけはチート能力を知られたくない。

 知られたくないからこそ、野々宮をつぶしたい。



 おかしいか?

 この流れは、おかしいのか?

 だが流れがゆがんでいてもそうじゃなくても、もう事態は走り出していた。

 おれにも止めようがない。



 翌日から野々宮すみれはクラスにいても、いない存在となった。

 おれが作り出した亡霊だ……。




 一週間後、たまりかねて野々宮に話しかけた。

 匿名で発信したから、噂の出所は分らないはず。だから親切そうなふりができる。


「たいへんなんだってな」

「そうでもないわ」


 野々宮はけろりとしていた。


「学校での付き合いなんて、タイパが悪すぎるでしょ。もっと本に集中したいと思っていたし」

「意外だな、おれもそう思うんだよ……だが、つよがりじゃないか」

「べつに。それより、やった人の方が大変よ」


 ぎょっとした。まさか、ばれてる? 

 野々宮はまっすぐにおれを見た。


「……そのひと、自分がやったことから逃げ出せないから。罪悪感が一生、ついて回るわよ。

 どんなに完璧な言い訳も、自分自身には通用しないもの。

 自分に対して嘘をつくことほど、痛いことはないわね」




 野々宮すみれの眼は、鏡のようにおれを映し出す。

 言い訳ばかりの、ゆがんだ土台の上でゆらゆらと立つおれを。

 ゆらゆらゆら。


 どうしてだろう。野々宮の顔がゆがんでいく。

 両眼だけがまっすぐに光り、おれを射抜く。

 ゆらゆらゆら。


『神さま、あの日おれは『完璧な言い訳』能力なんて、手に入れなきゃよかったのかな。

 どんな人間もだませる能力なんて、結局役に立たなかったのかな……。


 嘘に嘘、言い訳に言い訳をつづけるって、ゆがんだ机を重ねたうえでダンスするみたいなもんなんだな。

 足元がグラグラする。

 もう落っこちそうだ……。


 嘘に嘘。

 完璧な言い訳。


 あれ。なんでみんな、おれを見ているんだろう。

 ん?


 あっ、いまの全部しゃべっちゃったのか!?

 言葉が、とまらない。


『完璧な言い訳』能力はどこへいった?

 まさか……時間切れ? 神さまはあの時、時間制限をつけるって言っていたっけ……。


 もうどうでもいい。

 一滴の真実は、野々宮すみれの手にある……。




 これだけは信じてよ、おれはきみが、スキだったんだ。

 ほんとだよ』




 ゆらゆらゆら……。


【了】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【KAC20237】「『完璧な言い訳』チート能力、発動!」 水ぎわ @matsuko0421

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ