KAC「賀来家の日常」7.ペットのラッキー

凛々サイ

ペットのラッキー

 待ちに待った時間が今日もやってきた。おじいちゃんがリードを握りしめ、今日も僕を外に連れ出してくれる。僕はこれでもかという程に足を跳ねつかせ、尻尾をふってはその喜びを溢れ出させた。でもここ最近ではこの胸の中だけでだった。少し前まではこの真っ白な体で思う存分におじいちゃんへ飛びつき、その溢れる喜びを爆発させていた。だけど今はそれが出来なくなっていた。


 よたよたと進んだ僕の隣でおじいちゃんが玄関のドアを開けると、草花の匂いとふわりと漂う風が僕の体全体を包んだ。いつもこの風が大好きだった。だけど今ではそれさえも気後れした。


 リードを付けられた僕はそのままゆっくりと進み慣れ親しんだ場所へ向かった。集落の中をしばらく歩くと視界が一気に広がる。そこは少し前まで喜びで駆け抜けていた河川敷だった。大興奮して草花を嗅いでいた場所。けれど今となってはそれはなつかしい記憶だった。僕は隣のおじいちゃんをこっそりと見上げた。その顔には深いしわがたくさん刻まれ、少しだけ息切れをしている姿が目に入った。僕と同じだ、そう思った。


 そんな僕をいつも散歩に連れて行ってくれるおじいちゃんも、縁側でお日様に当たりながら隣で柔らかく微笑むおばあちゃんも、お母さんお父さんも辰くんも藍ちゃんも、みんな僕に優しかった。僕はみんなと一緒にもっと飛び跳ねたかったし駆け回りたかったし、みんなの手や顔もたくさん舐めたかった。ご飯ももっと喜んで食べたかった。だけど時間と共に全てが段々と出来なくなった。最近では元々あまり言う事を聞かなかった後ろ脚ももっと動かなくなってきた。家でおもらしまでもするようになった。みんなにたくさん迷惑をかけている。こんな僕でごめんね、そういつも言いたかった。


 ふいに目の前にかがんだおじいちゃんが朗らかに言った。


「いいわけぐらいしてもいいんだぞ」


 優しい風が吹いた気がした。


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