鉄道英雄伝説外伝 ある鉄道事業者の言い訳

葉山 宗次郎

第1話

ある鉄道事業者の言い訳


「どうもマーレエラプセ鉄道の社長ジャンです」


 マーレエラプセ鉄道本社の社長室。

 掘っ立て小屋の中に見栄えの用意家具を置いただけの部屋に、ジャンは帝国の役人を招き入れた。


「ルシニア鉄道局の担当者さんがどのようなご用件で」

「先日申請されましたガソリンかーのことでお話を」

「認可されましたか」

「違います」


 怒気を孕んだ声で担当者は言った。


「どうしてですか。旅客需要が高まっていてガソリンカーが必要なんですよ」


 ガソリンカーは文字通りガソリンエンジンを使った車両だ。

 機動と駆動が蒸気機関車より簡単で、煤煙の恐れがないので旅客には最適だった。

 開業して間もないマーレエラプセ鉄道としては、旅客需要を取り込むために是非ともガソリンカーを導入したかった。


「需要が高いのは認めます。要望が多いことも。ですが貨車からの改造が問題なんです」

「そりゃ元荷物用ですけれど、ちゃんと大工さんに改修してもらって客室つけて動かしますよ。エンジンも自動車のエンジンを流用するので大丈夫です」


「それは別に問題ありませんがブレーキは問題です。手動では、とても止まることはできません」


「エンジンはそのまま積み込むことができるんですけれど、ブレーキの場合パイプとかそのまま取り付けることができないので」


「当たり前です! しかも前輪のみというのがおかしいのです! これでは確実に止まれません。安全性に問題があり認めることはできません」


「それぐらい別にいいじゃないですか」


「よくありません! それどころか他にも問題があります。仕様書を見る限り車体にかなり問題があります」


「仕様書をきちんと直しましたよ」


「当たり前です。あんなデタラメな仕様書なんて認めません。ちゃんと数値を書かなきゃいけないのに『車体は大きいよ』『床板の木目が綺麗だよ』『車体は赤く塗ってあるよ』とかそういう主観的な感想ばかりのものを認めるわけにはいきません」


「ちゃんと数値を書きましたよ」


「開業時に申請された事業免許に記された車両限界をはるかに超えているんですけど。軽便として申請していたのに標準軌のサイズから少なくても三倍を超えています」


「問題なく走れるように設備を改修しているので大丈夫です」


「その設備改修の申請なんて出してないだろ。勝手に設備を改修したんですか!」


「軽便のサイズだとどうしても輸送量が少ないので」


「申請して当局が認可してから設備改修してください!」


「それだと間に合いません。朝ラッシュで大勢のお客さんが乗るんですよ」


「事故を起こさないようにする為、安全が確認されなければ認可できません」


「事故を起こしていませんよ。それに設備の図面はきちんと提出していますよ」


「その設備の図面も問題だらけなんですよ。何ですかこの転車台は」


「残念ながらガソリンカーは運転席は片一方しか作れません。両方に作るとなると手間がかかるので。そこで転車台を使って方向転換を図ります」


「そこは理解できます」


「では何が問題なんですか」


「転車台を作るという申請がありませんでした。これも勝手に設備改修して作ったんですか」


「ガソリンカーを導入してすぐに運転できるようにするためです」


「初めに申請して当局の認可を受けてから作れよ」


「では設備改修の申請今します」


「遅ーよ! というか、先に提出された書類と図面の整合性が取れてないのが問題なんだ。どういうことなんだよ。まさかもう勝手に作って動かしてるんじゃないだろうな」


「問題なく動いているのにケチをつけないでくださいよ」


「認可も審査もすっ飛ばして就くって動かしているのが問題なんだよ。事故起きたらどうするんだ」


「事故は起きていませんよ」


「毎日脱線事故は起きてると聞いてるぞ。そもそもトラックのように作っているからバランス崩れていて脱線しやすい構造じゃないか」


「そんなの鉄道じゃ日常茶飯時でしょう。それに毎回問題なく復旧しております」


「時代が違う! 今は事故を起こさないことが大前提だ。もちろん脱線なんて今は重大事故なんだ。てか、脱線事故が起きたら報告しろ」


「毎日の事務作業が増えるので勘弁してください」


「ダメだよ! てか本当に毎日脱線しているのか! 話半分だと思っていたぞ」


「多くの列車を走らせていますから」


「余計に事故が起こりやすいじゃねえか。事故報告と防止策提出しろよ」


「締め付けや法律の基準が厳しくありませんか」


「安全の為に厳しくしているんだよ。他の鉄道会社は問題なくこなしてるんだよ」


「うちはうちよそはよそです」


「お客様が心配じゃないのか」


「皆さんこぞってご利用してくださっております」


「そいつら死にてえのかっ!」


 担当者は絶叫した後うなだれた。


「……とにかく申請書を修正して持ってきてください」


「せっかく作った書類なのに」


「あんなツッコミどころ満載の書類受付られるわけないでしょ。少なくとも軽便サイズで作ってると訂正して申告してください。それで何とか凌ぎます」


「せっかく標準軌に変えたのに」


「勝手に改修された事が鉄道省本省の方で問題になってるんです。頼むから数値は間違いだったということにしてください。そして改めて設備改修の申請出してください。何とかうちで処理しますから」


「一度言ったことを訂正するのはな」


「お願いですから訂正してください。もうめちゃくちゃです。けれどせめて本省に言い訳が立つように書類を作って下さい」


「じゃあ申請を取り下げますよ」


「もうすでに開業時の書類は本社の方に送っちゃったんです。取り下げたら最初に提出された書類は何なんだっていうことになっちゃいます。本省の方で認可されちゃってるんです。お願いですから訂正の書類と改めて改修の申請をお願いします」


「めんどくさいなあ。いっぱい頑張って書いても提出したら却下されてもっかい頑張って書き直したのに」


「当たり前です事業免許の申請書に『路線長は長いよ』『支線の数たくさんあるよ』『車両の数たくさん持ってるよ』なんて子供の感想文みたいなもので埋め尽くさないでくださいよ。あんなの提出するわけにはいかないでしょ」


「けどああいう書類書くのめんどくさいんですよね」


「きちんと提出してもらわないと困るんです。そもそも勝手に延伸したりしたのも問題になっているんです。しかも、勝手に廃線にしていますよね」


「住民の需要に従ったままですよ。ただ、思ったより需要がなかったので、廃止しただけです」


「延伸するときも、廃線にするときも申請して認可してからにしてください」


「えー」


「文句を言わないでください! 法律で決まったことなんですから! お願いしますからきちんと提出してください。では頼みましたよ」


 担当者は逃げ出すように、胃の痛みを押さえるように片手で腹をさすりながら、ジャンの執務室を出て行き、自分の部署に戻って行った。

 胃薬を飲もうとしたがその前に本省からの作業の進捗状況をいつになったら訂正の書類は送られてくるのか尋ねられて彼の意の状況はさらに悪化した。

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