クラスの彼女と些細な大嘘

神凪

別になんでもない言い訳

「って……」

「あ、ごっめーん、いたんだ」

「ちょっ!」

「いいよ、別に」


 どうでも、と心の中で付け加えた。たかが鞄が思い切り頭に当たっただけで怒るのも馬鹿らしい。


「も、もー! そういうのやめよ? ユキ……明石くん絶対やだよー!」

「いいんだって。ああいうのはあんな感じでやっても怒れねーから」

「……まーた言ってる」


 女子たちの行動に一人だけ不満そうにしていたのは、その中でも一際笑顔が魅力的な神戸栞凪かんべかんなだった。なんでそうやって終わった話を掘り返しちゃうの?

 ちらっとこっちを見た神戸に首を振ってみせると、怒ったような顔をしたが何も言い返したりはしなかった。


「明石、ご飯食べに行こ」

「ん」


 数少ない友人と一緒に昼食を取るために、俺はその居心地の悪い教室を出た。神戸は最後まで不満そうにしていたが、俺が教室を出るとぎこちない笑い声が聞こえてきた。それでいいんだよ。






「なーんーで!」

「うるっせぇ! 耳元で叫ぶなって。怒るぞ」

「えっ、えっ、えっ。えーっ!? わたしには怒るの!? イミわかんないんだけど!」


 放課後の教室。女子たちが散らかしたものやゴミを片付けていた。その女子たちの中心でずっとどこか居心地が悪そうにしていた神戸と一緒に。


「神戸は俺の考えてることくらいわかるだろ」

「えっ? わかんないけど? ユキせんせーいつも難しいこと考えてるじゃん」

「そんなことないけど……」


 ユキせんせー。グループでも若干浮いているという自覚があるのかなんとかしてグループにおいての存在意義を作ろうとした結果、彼女の中でそれは勉強を教えることだということになったらしい。確かに、女子たちの成績は絶望的だ。神戸も大概だったけど。

 担任が俺を神戸に紹介したらしく、今では『ユキせんせー』というあだ名のようなもので呼ばれてしまっている。ひたすら恥ずかしいからやめてくれ。


「それより! なんでああやって流しちゃうの? 怒ればいーじゃん!」

「その方がめんどくさい」

「でも……ユキせんせーが怒らないからってやってるの、すごく嫌」

「俺はあいつらにどう思われてようが興味ないから」

「でも……でもー!」

「でもとかだってとかじゃないの」


 みんながみんな神戸みたいに優しいわけじゃない。先生なんて呼ばれるのだったら、それくらいは言ってもいいはずだ。それはそれとして、あまり神戸の大切にしている存在を悪く言うのは良くないとも思う。そこは後で謝ろう。

 ただ、神戸は俺の友人への言葉よりも友人の俺への行動の方が気に食わないらしく、ずっと不服そうにあれやこれやと耳元で叫んでくる。


「あーもーわからず屋!」

「はどっちだよ」

「だって。ユキせんせーほんとはそんなこと考えてないもん。この前だって、わたしのために怒ってた。わたしが止めてなかったらキレてたじゃん」

「そ、れは……」


 まあ、事実だけど。本当は別に難しいことなんて考えてなくて、ただ俺が怒ったらきっと神戸はその場でも俺の味方をしてしまう。そういう素直な子だ。そんなことを神戸がすれば、ただでさえ浮いているグループから完全に孤立してしまう。

 もちろん俺なんかでよければ神戸の側にいてやるくらいはできるが、神戸にとってそんなものはどうでもいいものだ。


「めんどくさかったんだよ。ほら、俺が怒っても『こいつすぐキレんじゃん』とか言ってきそうだろ?」


 そんな、適当な言い訳。それっぽい理由に聞こえるそれに、神戸は「確かに?」と言ってくれた。あんまり考えてないのか俺が言ったことを結構肯定してくれるので、神戸はわりと言いくるめやすい。


「そういうことだから。神戸もそんなに怒らない」

「……ううん、ほんとは自分に怒ってるだけだから気にしないで」

「近くにいたのに好きに言わせたーって? そんなの神戸の気にすることじゃないだろ」

「うん。やっぱりユキせんせーはすごいね! わたしの考えてること丸わかりじゃん」

「そろそろ俺の考えてることもわかってくれ。俺はそんなこと気にしない。神戸が俺のことを慕ってくれてるから、それで十分だよ」

「……うん! ありがとっ!」


 そう言って吹っ切れたように笑う神戸の笑顔はやっぱり素敵で、そんな些細な、神戸にとっては大嘘になる俺の気持ちなんてどうでもよくなった。

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クラスの彼女と些細な大嘘 神凪 @Hohoemi

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