エージェントは『いいわけ』を聞かない。
白鴉2式
エージェントはいいわけを聞かない。
郊外に建つ別荘。
いかにもセレブ御用達といったその豪邸は、
中も絢爛豪華な装飾で彩られている。
その豪邸内、多くの死体が転がる中での一室。
「ま、待ってくれ!目的はなんだ!?…か、金か!?金が目当てか!?なら…」
悲痛な面持ちで懇願する男。
その男に、私は銃を向けながら、答える。
「表の顔、裏の顔。
それらは組織の管轄外でどうでもいいこと。
しかし…第三の顔」
男の顔が強張る。
そうだ、私は…組織はその情報を掴んでいる。
「いや!ご、誤解だ!違うんだ!聞いてくれ!これには訳が───」
無様にも、この期に及んで弁解をしようとする。
そうだな、
「いいわけは地獄で聞く」
部屋中に銃の乾いた音が鳴り響いた。
国家機関に所属するエージェント。
機関からの指令を受け任務を遂行する。
内容は様々、全て速やかに遂行する。
今回の様に、国家に害をなすターゲットの処分も。
機関への報告を済ませ、街の中心街の賑わう通りの中を車を走らせ家路を急ぐ。
通信機からのコールが入る。
私は車を車道の端に止める。
相手はBOLGON。
その相手と通信を繋げる。
「やあ、ボルゴン。調子はどうかな?」
「おつかれさまです。いま、どこに?」
女性の声。
もちろん、相手はボルゴンだ。
もちろん、偽名だ。
「家に向かっているところだよ」
「そうですか。緊急の会議が入ってしまったのですが、すぐに帰れそうですか?」
『会議』とは『指令』の隠語の事。
彼女の本当の名はミリア。
私の同僚。すなわち、彼女もエージェントだ。
今は一線を退いてはいるが、優秀な彼女は時折機関に出向きエージェントの指導やフォローに勤めている。
なので、彼女の使った『会議』は、正確には本来の『任務』ではなく『依頼』のようなものだ。
普段は私とフランクに話す彼女だが、組織に関する連絡の際は他人行儀な会話になる。
別にそれが組織の規則だからではなく、彼女の習慣のようなものだ。
「一時間と少し…その位で着きそうだな」
私はそう伝える。
「分かりました。それでは」
その後、通信を切るその前に彼女が呟く様に言う。
「残念です。待っていてあげれなくて」
それから45分後。私は家に到着する。
私の家は古ぼけたマンションのその一室。
階段を上り、廊下を進んで扉の前に立つ。
解錠しようと鍵を取り出そうとした…その時。
ガシャーン!
家の中から大きな物音が聞こえた。
私は反射的にドアノブを掴み、ひねる。
とっさにドアノブを掴んだが物音に不信感を抱いたからではない。
物音に対し瞬時に立てた状況の予測と対処する行動シミュレーションから、つい身体が動いてしまった。
『ああ。解錠しなければ…』
そう思った時、扉が僅かに動いた。
玄関の扉の施錠は一般的な防犯対策として当然の行動だが、
私の様なエージェントは皆、職業柄セキュリティに対して過剰なまでに意識を向ける。
なのに、玄関が施錠されていない。
背中に悪寒が走る。
一気に緊張で顔が強ばるのを実感する。
銃を取り出すと、徐々に扉を開ける。
一気に扉を開け、家の中に飛び込みたい衝動を必死に堪える。
任務では常に冷静沈着に徹しているのに、今は心が激しく乱れそうになる。
その感情を無理矢理抑えて、中の様子を伺う。
誰もいない。
扉の周辺に気配は感じられない。
家の中へ滑り込むように入ると、部屋の何処に人の気配がするか意識を集中させる。
人の気配は…1ヶ所。物音がした部屋だけだった。
迷わずその部屋へ駆け込みと、銃を構える!
その部屋…キッチンの光景に、私は絶句する。
銃を構えていた腕を無意識に下ろしてしまったほどに。
そこはあまりにも悲惨な光景だった。
ウォールキャビネットは全て開け放たれ、
シンクの上は幾つもの容器が倒れ、蓋が外れた容器は中身の調味料が散乱し、
テーブルにはケーキ、ドーナツ、開封した菓子袋、エトセトラ…
床は白い液体と、その液体の入っていたガラス瓶が転がっている。
その側で、服から足元にかけて…そして、
顔にミルクがかかった少女…私の娘が突っ立っていた。
娘は私を、目をまんまると見開いて見る。
「は───────っ」と言っていそうな、
大きく口を開いて。
キッチンの悲惨な光景は。
娘にとっては、私…パパと、ミリア…ママのいない、
一人きりのお留守番。
ママから私が家に着く時間を聞いていたのだろう、
この今が絶好のチャンス!と、宴の最中。
…の有り様だった。
「違うの!!」
娘は大きな声で訴えてきた。
─────私は大きくため息をついて。
「いいだろう。いいわけは聞いてやる」
目に付いた、側にあったタオルを取ると。
娘の元へと歩み寄っていく。
最愛の娘の、
ミルクまみれの顔を拭いてあげるために。
エージェントは『いいわけ』を聞かない。 白鴉2式 @hacua
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