第8話

 さあ! いよいよ姫とハヌイが二人きりになった。想いを告げるんだ! ああ、自分のこととなると興味なんて微塵もないくせに、他人事になるとこんなにも胸が高鳴るのはどうしてだろう? 


 しかし、これからというときにモミジは部屋の幕とは反対側を向いてしまい、老婆が消えていった廊下を進み始めた。


「ちょっとモミジ! 何をしているのよ、あなたは聞かないの?」


「直接言葉を聞くのは下世話ってものだろ? それに、念には念を入れておかなければ。あの婆さんが戻ってきたらいけないしな。さあ、聡子も来るんだ」


「ええ、そんなぁ。これのために来たのに……」


「いいから早く!」


 私はあえなく彼女に連れて行かれてしまった。


 それから、モミジがしていったのは、タチの悪いイタズラだった。廊下に置かれているロウソクを一本一本吹き消していく。


「ちょ! なにしてるのよ!」


「こうしたら、婆さんはこれ全部取り替えないといけないだろ?」


「もうちょっと老人を労りなさいよ!」


「だけどハヌイの邪魔をさせるわけにはいかないからな。ここはぜひとも頑張ってもらおう」


「鬼なの?」


「妖だ」


 モミジは私が言うことなんて気にせずにロウソクをどんどん消していく。少しも経たないうちに、廊下からは明かりが全て消え去り、真っ暗になってしまった。


「おやおや、これは困った。早く全部取り替えないと」


 ようやく新しいロウソクを取ってきたっていうのに、老婆はまた奥に行ってしまった。ちょっと可哀想。


「さあて、そろそろ全部済んでる頃じゃないかな?」


「あれ、もうそんな経ったの?」


「ロウソクが全部無くなってしまうくらいには経ったさ、フフフ」


「あなた、性格悪いわね」



 部屋の前まで戻ってくると、中から笑い声が聞こえてきた。


「あれ? なんだか盛り上がってる?」


「どういうことだろうね? 想いを伝えるんじゃなかったのか?」


 幕を少しだけたくし上げて、その隙間から中を覗いた。いくら姿を見られないからと言っても、幕が動いてるのを見られたらさすがに気づかれるので、慎重に慎重に。


「……どうだ、見えるか?」


「見えたのは見えたけど……」


「なんだ? 歯切れが悪いじゃないか」


「いや、これってどういうこと?」


 部屋の中には、もちろん姫とハヌイがいた。だけど、思ってたのとちょっと違う。


「うふふ、あなたやっぱり可愛いわね」


「えへへ、そうですか?」


 どうしてだか分からないけど、ハヌイは蛇の姿に戻っていて、冷夏姫の膝の上にいた。そしてなにやら二人とも楽しそうだ。


 なんだか化かされているみたいで、私は我慢できなくなってしまい部屋の中に入った。


「おい! 聡子!」


 向こうからは突然幕が不自然に動いたように見えただろうから、二人とも驚いていた。妖であるハヌイには、私たちのことを気づかれていたみたいだけど。


「聡子さんモミジさん、いるのでしょう? もう姿を見せてください」


「だってモミジ。もう解いたら?」


「ああ、そうしよう」


 冷夏姫はそこではじめて私たちに気づいた。


「ええ! おふたりとも!」


「ああ、ごめんなさいね。驚かせるつもりじゃなかったんだけどね」


「姫、すべて僕からお話ししましょう」


 ハヌイは今までの経緯と自分の身の上をすべて姫に話した。


「へ、へぇ……」


 姫は途中からどんどん苦笑いになっていく。いまいち信じていないのか、それともピンときていないのか?


「それで、ハヌイちゃんはただの蛇じゃないのよね?」


「霊蛇です!」


「え、ハヌイち・ゃ・ん・?」


「これはどういう状況だよ」


「お二人とも、本当にありがとうございました! おかげさまで姫とこうして一緒に居られることになりましたよ!」


「へ、へえ、それはよかったわね。でも、その姿はなに?」


「はい、僕は今日から姫に飼われることになりました!」


「はあ?」


「意味が分からんぞ? 君は姫と一緒になりたいと言っていたじゃないか、それなのにどうして?」


「ですから、一緒になっているじゃないですか?」


 ハヌイは自信満々に言い切ってしまった。


「え……あなたはそれでいいの?」


「大満足です!」


「いやいやいやいや!」


 清々しい笑顔で何を言ってるのさ! 恋人でも夫でもなくて、飼われるんだよ? しかも妖が。


「ま、まあ、お前がそれでいいのなら構わないけどさ」


 そう言いながらも、モミジの顔は引きつっていた。


「私としても、あの男の子がこんなに可愛い蛇さんだなんて知らなかったですから驚きましたけど、私のところに居てくれるっていうのだから、申し分ないですよ。だって可愛いもの」


 冷夏姫ってもしや変な人?


「お二人とも、ありがとうございました!」


 二人とも、なんだか幸せそうだからもうなんでもいいか……。


「聡子、もう私たちはジャマみたいだから、帰ろう」


「そうね」




 源家の屋敷を出てから、家に帰る途中でもう月は西に沈みかけていた。かわりにもうすぐ朝日が東から顔を出すでしょうね。


「早く家に帰らないと、夜に出歩いていたのがバレてしまうよ」


「そうね、急がないと」


「ところでどうだった? こういう外出は?」


「疲れたわよ。明日はずっと寝てるわ。……でも」


「でも?」


「面白かったわ。たまになら悪くないわね」

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