第7話【炭】後

「ほんとうにこんな物でいいんですか?」


それは薪を作るさいに幹から切り落とされた枝だった。

大小さまざまだが薪に比べればやはり細いし小さい。火の焚き付けには便利だろうと集められて乾燥こそされていたが使い道が少ないので大量に余っていたものだ。


「それにしても炭ってそんなに簡単に作れるものなんですか?」


エラは首を傾げた。

それを真似するように子ども達も同じく首を傾げる。というか子ども達は炭自体を見た事がないらしい。

それを不思議に思いながら楠木は提案をしたあの日を思い出す。


「炭を作れないかな」

「炭、ですか?」


薪に比べて炭は燃焼温度が高く燃焼時間も長い(炭にする木材の種類、炭の種類にもよるが)。火の精霊が熱のある環境を好むというなら、作る間もそこにいて貰えば回復の助けになるかもしれない。


「なら村の薪全部、炭にしたらいいじゃん!」

「じゃん!」


ツグトの説明に対して子ども達の純粋な意見にエラもうんうんと頷く。まあ確かにそれだけを聞かされればそう思うのも無理はない。


「そうも一概には言えないのでは?」


そう異を唱えたのはトフレだった。その言葉に「その通り」とツグトは頷いた。

炭は確かに薪に比べて燃焼温度、時間さらに安定した火力に煙の少なさなど優れた点が多い。しかし暖をとる、光源をとるという点においては薪の方が圧倒的に優れているのだ。


「適材適所ていうやつだな」


そう言ってツグトは木の枝を縦にして円形に並べて行く。太い幹のようになったそれを枯れ葉付きの枝ですっぽりと囲うように覆う。


「それを土に水を加えたこの泥で・・・こうする!」


べちょりと思い切って泥を枝葉に塗りつける。


「そんな事してもいいんですか!?」

「いいのいいの」


驚くエラをそっちのけにどんどん泥で覆っていく。わはは、と子供達は面白がってべちゃべちゃと真似して泥を塗りつけていく。


「あ、天辺てっぺんは開けておいてくれよ。じゃないと空気が入らなくて火が回らないからな」


そうして3つの山型の泥の竈が出来上がった。その根本の四方にも同じように穴を開ける。これは空気穴だ。下から空気が入って全体に火が回っていくようにする。

半日して泥が乾いてから上に火種を落とす。

ぱちぱちと音を上げて火がゆっくりと内側の枯れ枝を焼いていく。


「ほら、どうだ?」


火トカゲを竈に近づけていくと嬉々として火の中に飛び込んでいく。どうやらお気に召したらしい。

しばらくすると火が全体に回ったようで下の空気穴かチロチロと火が見え始める。それを目安に下の空気穴を閉じ、上部の空気穴から上がる煙が白から無色に変わっていくのを目安に天辺の穴もふさぐ。

あとは一昼夜そのまま放置すれば完成となる。

あくまでも理論上の話であるので自信満々に言っておいて全部灰になっていたらどうしようと内心ドキドキな楠木であった。


「これで終わりですか?」

「うんこれで終わり」


エラの頭の上に?が浮かぶ。

こちらの世界の人間相手なら炭作りで大事なのは完全に木材が燃えてしまわないように酸素を遮断する必要があると説明するのだが、酸素や二酸化炭素という概念があるのかどうかも分からないこの世界の人に説明するのは難しいので細かい説明はあえて省く。

ちなみに木材は完全に燃えると炭ではなく灰になってしまう。だからあえて燃焼するのに必要な酸素を遮断する事で不完全に燃焼させて木材の中の揮発性の成分だけを取り除き炭素、つまり炭に変えるのが炭作りである。


次の日。


全部で3つ作った簡易窯をみんなが揃ってから開ける事にした。

こんな作業でも子ども達は新しい事に挑戦する事が楽しいらしく進んで楠木の協力をかって出ていた。

理論的には分かっていても実際にやるのは初めてだったので、成功率を上げる為に穴はふさぐタイミングをそれぞれ少しずつズラしている。


「これは生焼けだなぁ」


一つ目の竈は外側は炭になっていたが内側は生焼け状態だった。

空気穴を閉めるのが早かったのか。それとも天辺の煙突を閉めるタイミングが悪かったのか。はたまたそもそもの知識に間違いがあったのか。

明確な答えを教えてくれる人も教材もない。

こればかりはトライ&エラーで答えを探していくしかない。


「うわぁ・・・!」


次の竈を開くと子供達が歓声を上がった。次に開けたのは火の精霊を入れた竈でもある。

簡易竈を壊して中身を引きずりだすとカラカラと小気味よい、カン高い音を立てて黒く見慣れた物体がごろごろと出てくる。

どうやら2つ目は思いの外うまくいったようだ。


「これが炭ですか!」

「?。炭見たことないの?」

「・・・えっと、その。どのようなものか知ってはいるんですよ?」


おろおろとしながらエラはそう言う。

やはりこの世界に炭はないという訳ではないらしい。でもこんな田舎生活をしている平民が見たことないって言うのはなんだかちぐはぐだなと楠木は思った。

ちょろちょろと炭の間から幾分か元気になった火の精霊が出てくる。精霊は楠木の身体を登って肩で止まった。


「はは、元気になったか」

「良かったな!フレイムガイザー!」

「よかったねー。ひーちゃん!」

「エラ姉のいった通りでしたかね。ボルケイネス」

「・・・いや名前は統一しろや」


やんややんやと子供たちは一向に名前を統一しないのでエラがならツグトさんが決めて下さいと無茶ぶりしてきた。


「・・・なら、サラマンダーはどうかね」


トカゲの形をしていて火を司る精霊と言えばやっはりこれだろう。


「どうかな?」


そう尋ねるとトカゲは嬉しそうにうんうんと頷いた。ぱぁと淡い光がトカゲから発せられる。


「では、これからこの子はサラマンダーという事で。よろしくねサラ」


ちゃっかり愛称を考えている辺り、エラもこの火の精霊を気に入っていたらしい。


「ツグ兄!これ見て!」


子供達の声で意識をそちらに向ける。

どうやら三つ目の窯は閉めるのが遅すぎたようで半分以上は灰になってしまっていた。3つのうち2つは半分は使い物にならないがそれでも総量はそれなりのものになった。

試しに薪の数本に火をつけて火が強くなってからその中に炭を入れてみた。しばらくするとキンキンと音を立てて炭に火が灯る。

それにしても薪の炎ってどうしてこうぼんやりと見てられるんだろうな、と楠木はぼんやりと思う。妙に落ち着くというかなんか。キャンプに夢中になる人の気持ちがよく分かる。

トカゲは嬉嬉としてぴょんと飛んで真っ赤に熱を発する炭の隙間にするりと入っていった。


「確かに薪に比べれば暖かくはないですが、これは便利ですね」


煙がほとんど出ないから室内でも使えそうです、とエラは嬉しそうに続けた。

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リターン〜楠木継人の異世界発展記〜 @MINAOANIM

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