第6話【炭】前

「ごらぁ悪ガキども!あたしが居ないときに河には行くなってあれほど言っただろうが!!」

「「「ごめんなさぁい!」」」


びりびりとあたりに響きわたる怒声でタンセの姉トーアは子ども達の頭に拳骨を落としていく。

あのバカでかい貝を倒した楠木は子供たちに支えられながら村へ逃げ帰ってきた。

布切れで傷口をしばる程度でどうにかなるような傷ではなかった為、治癒術という魔術を使えるトーアの元へと連れて来られたのだった。


「はい、まずはこれを飲みな」

「・・・これを?」


ぽんと出されたのはガラス瓶に入ったドス黒い液体だった。もう見た目だけで不味いのが分かる。

あからさまに嫌そうな顔をしているとトーアは眼鏡越しに三白眼をジロリと楠木に向けた。


「すいませんありがたく頂きますので拳骨は許してください」


謝り倒して瓶の蓋をとる。ツン!と鼻をさす刺激臭にごくりと唾を飲む。

楠木は鼻を摘みと、ごくりと一気に飲み干した。


臭いし、苦いし、酸っぱいし、辛い。


もう味をどう表現していいかも分からない。

楠木が味と匂いに悶絶している間にトーアはいつの間にか傷口を縛っていた布を取っていた。

何をするかと思っていたらそこに水をぶっかけられた。


「うひぃぃィ!」

「男がぎゃーぎゃー騒ぐんじゃないよ!」


洗浄された傷口を拭き上げる。

血や砂が取り除かれて傷口がはっきりと見える。グロテスクな傷口にトーアは左手の中指にはまった指輪を添えた。


告げるset巧遅なるcareful癒しをpromoteここにlaunch


呟きと共に暖かい水色の光がトーアの指輪からもれる。

ずきずきと頭の奥まで突き刺すような痛みがじんわりと引いていく。傷口がビデオの巻き戻しのようにゆっくりと治り始める。

カサブタで傷口が完全に覆われ完全に乾き始める。かさぶたをかきむしりたい衝動を我慢しているとトーアはそこで治癒術をやめた。


「・・・え、これで終わり?」

「あん?素人が術師に術の文句つけんのか、こら」

「いえめっそうもございませんができるなら説明していただけるとありがたいのですが!」

「一一はぁ。いいか?治癒術ってのはな、どんな傷もノーリスクで治す便利なもんじゃねぇんだよ」


治癒術はかけられた人間の治癒能力を強化し促進するもの。

だからあくまでも回復を促す代物でしかないのだという。たとえば高齢や病身で治癒能力自体が低下している場合は治りは悪くなるし、手足の欠損など本来の治癒能力ではどうしようもない大きな怪我は治せない。


「だから治癒術ってのは身体への負担がでけぇんだよ。いかに最小、最短に収めるか。その見極めが術師の腕の見せ所なわけよ」


完全に治すまでは使わず、しかし問題が起こらないようにしっかり治す。そのぎりぎりの見極めこそが術師の本領だよ、とトーアは煙草をふかした。

逆に言うと完全に治るまでぐだぐだ術を行使するのは三流だとも。

こうして楠木の腕は無事に治ったのだった。





「ツグ兄~!今日は森にいこうぜぇー!」

「きょうはおままごとするの!」

「いえ今日は一緒に本を読む約束を」


すっかりとわんぱく三人組に懐かれた楠木は毎日毎日子供たちから襲撃を受けていた。

・・・のだが、なぜか一昨日から三人ともなんだかそわそわして楠木を遠ざけ始めた。

今日も今日とて理由をつけて三人はそそくさと森の方に走っていく。毎日襲撃されると疲れるが、されないと何だか寂しくなってしまう。


「どうされました?」


そそくさと逃げるように消えていった三人の背中をぼんやりと眺めていた楠木に声をかけたのは村長の娘のエラだった。


「あ、えっと、ですね。エラ、さん?」

「ふふ、エラでいいですよ」


敬語もなしで、とエラはクスクスと笑った。

楠木は子ども達の様子を話すとエラはふむと少し考えこむ。


「後、付けちゃいましょうか」


そして2人でコソコソと子ども達の後を追い始めた。子ども達はちらちらと後ろを振りかえりながら村はずれの石造りの小屋に入っていく。

簡素な村の小屋に比べてかなり本格的な石造りの小屋だ。


「あれは?」

「もともとここにあった物ですね」


エラが言うにはここには昔、集落があったようで今の村はその跡地に建てられたという。

あれは残されていたかつての村の名残の一つで、集落跡地から少し離れた森の手前に建てられている事から猟師小屋の跡地なのではないかとの事だった。

今は物置として使われているという小屋、その半開きの扉から中をこっそりと覗く。するとちょうど子供達が火打ち石を叩いていた。


「こら!あなた達、何をやってるの!」


止める間もなくエラは勢いよく扉を開けて中に踏み込んでいた。

蜘蛛の巣がはった竈の中に積まれた薪に小さな火がちろちろと見える。エラが急いで水を取りに行こうときびすを返すと子供達は足にしがみついた。


「お願い水をかけないで!」

「かけないでー!」


すると火だけがゆっくりと移動して薪の上に移動してきた。

それは小さなトカゲだった。尻尾の先に小さな火が灯った以外は普通の。


「これは、魔獣・・・?ううん。それにしてはこの感じ」


エラがまじまじとトカゲを見る。

トカゲは元気なさげにしぱしぱとまばたきをするばかりで逃げようともしない。その瞳には知性の光が見える。

子供達は一昨日森で見つけたこのトカゲをこっそりと村に連れ帰っていた。尻尾に灯る火は不思議と触れても熱くなかったが火である限り木造の家には連れ帰れない。

かといって魔獣かもしれないから親にも相談できない。今にも死にそうな生き物を放っておく事も出来ず子どもながらに悩んだ結果、石造りで燃えないかつ村から少し離れたこの小屋でトカゲを飼うことにしたのだった。


「もしかして精霊、かしら・・・。前に書物で読んだ事ある」


精霊とはまたファンタジーな用語が出た物だ。


「たぶん火の精霊ね」

「分かるのか?」

「尻尾に火がついてますし」


がくぅと楠木はずっこける。

それなら俺にも分かるわ・・・。


「でも元気がないわね」

「そうなんだ。なんにも食べないし、体も少し小さくなっちゃった」

「精霊は肉体を持たないから飲食はしないはずだけど・・・」


そう言ってエラはトカゲの頭をおそるおそる撫でた。

精霊は物質と非物質の狭間の存在で主にその属性に根ざした環境に生息する。

水の精霊なら綺麗な水に、土の精霊なら豊かな土に。


「この子は火の精霊だと思うから火の中のような熱い環境が必要だと思うわ。強ければ強いほどがいいと思うのだけれど・・・」


しかし薪は貴重だ。

今から冬備えで薪は各家庭でしっかりとため込まなければいけない。

たとえ少量の薪で起こした火で元気になったとして、継続して火を起こし続けるような薪はないのだ。

それにしゅんとする子供達。

トカゲも心なししゅんとしているように感じる。するとなぜかうるうるとした瞳で楠木を見てくる。


(・・・そんな目でみるなよぉ)


はぁ、とため息をついて考えにくれる。


「ちょっといいか?」


しばらくして楠木はエラにアイディアに必要なモノがあるかどうかを尋ねるのだった。

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