第5話【意力】後

「よーし!今日は川にいくぞー!」

「「おー!」」


元気よく叫ぶ三人の後ろで楠木も一緒に右手を挙げた。

勝負に負けた楠木はすっかり子供騎士団の下っ端、もとい子守としての立場を確率していた。

まあ楠木にほかに働き口がある訳でもなかった。


(ヒモより子守のがましかぁ)


そう思い直して楠木は今日も子供達の後ろ追いかけるのだった。

さて子供達が言う川は村から10分ほど歩いたところにある。ごつごつとした大きな岩、砂利だらけの広い川縁が広がる様を見ると川というより渓流といった感じだ。

子どもたちは手慣れているようで砂浜が広がる一角に近づくとすらりとナイフを取り出した。


「てっ、危ないぞ!?」

「えー、ナイフぐらいだれでも持ってるよ」

「うん」

「そうですね」


さいですか・・・。

ファンタジー世界の子どもは思っていたよりたくましい。子どもたちはナイフで近くの細い木の枝を切るとその枝でざくざくと砂を突いて回り始める。するとすぐにコツンと堅いモノに当たった音が鳴る。

声をかけられてその場所を掘ると馬鹿でかい二枚貝が顔を出した。普通の貝と違う点でいうと威嚇するように隙間からにょろにょろと触手のようなものが出ている事だ。


「いや、きも!」


これなに?と引き気味に尋ねる。


「おばけ貝だぜ!」

「ぜー」

「正確にはトゥライダクナという貝の魔獣ですね。小さいですが魔石が取れるんです」


魔獣と来ましたか・・・。それに魔石を取りに来たとは。

お約束と言えばお約束なワードが飛び出した事に、子供たちに見せた反応とは裏腹に楠木は内心うきうきしていた。

いきなり化け物に食われそうになって出鼻をくじかれたとは言え、やはり思春期の高校生ちゅうにびょうかんじゃにこの状況で心踊るなという方が無理がある。


「タンセの姉ちゃんに持って行くとおやつと交換してくれるんだぜ」

「トーアさんは村で唯一の魔術師で魔具師でもありますから」

「ほんとはおねえちゃんがいるときにしかきちゃだめなんだー」


・・・子供+ヒモだけで来ている今は怒られる案件なのでは?と思ったが、どうやらちびっ子たちは楠木に良い格好をしたくて仕方ないらしい。

やっと後輩が出来て張り切る先輩のようだ。まあ帰宅部だから先輩後輩とかよく分からんのだが・・・。

そうこうしている内に子供たちが枝で貝殻をつつくと隙間から触手が伸びて枝に巻き付いていく。その隙に石を貝の間に挟むと隙間から貝の本体にナイフを突き立てる。横に滑らすと貝柱が斬れたのかぱくりと貝殻が開いた。


(旨そうだなぁ)


おおぶりで色鮮やかな身にごくりと喉がなる。

・・・まあ触手が無数に伸びているのがグロいから食うきはないが。

子供たちがナイフでざくざくと身を裂くと 薄水色の水晶が出てきた。といっても小石程度のものだが。


「それが魔石・・・。で、それってどんな使い道があるんだ?」

「んー、分からん!」

「らん!」

「主に魔術の触媒、魔道具の核などですね」

「魔術かぁ。・・・でもやっぱ危なくないか?」


俺だけノー装備なんでせうが?と言うとトフレはくいと眼鏡を上げた。


「トゥライダクナは小虫を主食にしているので大丈夫ですよ」


そうですね、とあたりを見渡すと一際大きなラグビーボールみたいな形の岩に近づいていく。


「こんな形、大きさのトゥライダクナ・ギガスというトゥライダクナの上位種は肉食で人間も食べてしまうらしいので注意が必要ですね」


くいとメガネを上げる。その後ろでばくりと岩が縦に裂けた。


「トフレ!」

「え?」


楠木が叫ぶ。まさにそれはトゥライなにがし、もとい馬鹿でかいシャコ貝だった。

先ほどの二枚貝なんかとは比較にならない勢いで中から触手が伸びてトフレをからめ取る。

トイラもタンセもさっきまでの威勢が嘘のように怯えてあうあうと泣きべそをかいていた。

無理もない。まだ二人とも10歳にも満たない子供なのだ。・・・まあ1人だったなら自分も腰を抜かしているだろうなと楠木は思った。

しかし人間不思議なもので、自分よりテンパっている人間がそばにいると妙に冷静になれるものである。

トフレが落としたナイフを拾い上げてがむしゃらに走り出す。力いっぱいに振り下ろすとよく研がれたナイフはするりと気持ち悪い触手を切り落とした。


Giiiyyaaaaaaaaaa!!


どこから発したのか分からないがつんざくような叫びが貝から上がる。

トフレを放り投げ触手がすかさず楠木のナイフを握る左手に巻き付くと貝の内側へと引きずっていく。何かに掴まりたくても砂地だから掴むものがない。

溺れるものは藁をも掴むとはよく言ったもので。先ほどの子供たちのようにとっさに掴んだ石を貝に挟むのと左腕が挟まれるのはほぼ同時だった。


「一一つぅッ!!」


ばぐんと口が閉じ、ぐずりと左右の貝殻が左腕に食い込んで行く。咄嗟に間に石を入れてなければ腕の一本や二本簡単に持って行かれていただろう。

痛みでチカチカと視界が明滅する。

ごりごりと石が砕ける音が耳に入ってくる。

この調子ではそう遠くないうちに石は砕けるだろう。止めるものがなくなればその次は楠木の腕も石と同じ運命を辿る事になる。


「こなくそぉ!」


傷口が広がるのも構わず手を奥に差し込む。ぐちぐちと傷口が広がっていくが構わず手をさらに押し込むと隙間から中をのぞき込んだ。そこには左右の貝を繋ぐ太い筋肉の柱が見える。


「あと、少し・・・!」


貝柱にざくりと刃を押し込むとバグン!と勢いよく貝が開いた。

力任せにぐいと貝を開くと楠木はそのままナイフを中身に突き立てた。

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