趣味とバジルといいわけ
日諸 畔(ひもろ ほとり)
オーブントースターの力
時間は午前八時。オーブントースターが小気味良い音をたてる。それを聞いた瞬間、キッチンをうろうろしていた彼女の目が輝いた。
「焼けたよ!」
「うん、焼けたね」
彼女は少し背伸びをしてオーブントースターを開いた。焼けたパンとバジルの良い香りが、俺の鼻にも届く。
輪切りにしたフランスパンにバジルソースを塗り、トーストする。我が家では通称『バジルトースト』と呼ばれている。
「んふふー、うまそう」
頬の緩みが止まらない反応からわかる通り、彼女の大好物だ。満足気な表情のまま、大口を開けてパンをかじる。
「うまーい!」
遠方に住む彼女が、春休みを利用して泊まりに来てからもう三週間。ここしばらくは、毎朝この光景を見ている気がする。
発端は俺の思い付きだ。何となく余ったフランスパンと、バジルソース。塗って焼いてみたら美味いはずという提案からだ。
彼女の要望により買った格安のオーブントースターは、実にいい仕事をしてくれている。
「食べる?」
「うん」
かじったままのバジルトーストが、俺の口に突っ込まれる。人によっては嫌がる行為だろう。しかし、俺にとってはこの油断が嬉しかった。
「うまいでしょー?」
「なぜ自慢げ」
「彼氏さんの手作りソースなので」
料理は俺にとって趣味のひとつだ。彼女が鼻歌まじりに塗ったソースも、レパートリーに含まれる。
料理といっても、バジルとニンニクを刻んで調味料と混ぜただけの簡単なものだ。そんなに手間はかかっていない。
「それだけ喜んでもらえたら、彼氏さんも幸せだね」
「んふふー、そうでしょー。彼氏さんに言っておくね」
俺が敢えて他人事のように話すのは、照れているからだ。彼女もそれをわかっているから、合わせた言い方をしてくれる。
「毎日食べて飽きないの?」
既に二枚目を食べ終わった彼女が、俺の質問に首を傾げる。
「うーん、ほら、フランスパン悪くなる前に食べないといけないし」
目を泳がせつつ、三枚目に手を伸ばす。俺の彼女は、とてもわかりやすい性格をしていた。
「いいわけはわかった。本音は?」
「あまりにも美味しくて」
顔を赤くして俯く彼女。照れ屋なのはお互い様だ。
「また作ろうか? フランスパンも買ってきて」
「うん!」
彼女のポニーテールが、声と同じくらいに弾んだ。
艶やかな黒髪を撫でながら、次は大袋のバジルを買おうと思った。
趣味とバジルといいわけ 日諸 畔(ひもろ ほとり) @horihoho
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